第十六話 修羅場、それは大抵男の不用意な一言で引き起こされるものだ
「戻って来ないな、援軍を要請する為に行かせた彼も戦争終結の報告に向かわせた奴も。」
ベリオットの介入で早くも戦争が終結した日から二十日程の時間が経ち、戦後処理は終わったもののまだこのブレニア要塞の職務室にロベルトは机の上の小さな書類の山のその中に欲しがった報告がないと分かっていながらももう一度見直した。
「援軍を要請しに行った彼は別に、戦争終結の報告に向かわせたそいつらはあんたが貴族共に捕まらない様にと態々遠回りさせたのだろう。しかも先に向かった彼がもしもの事があったら救出に向かってくれ何て前代未聞の指示を出して。今頃は帰りと途中かあの指示に悩まされているだろう。」
一部の書類を持ってきてロベルトの机の前で少し離れた所に立っているイザベラは口を開いた。
「そうは言ってもな。」
イザベラの言いたい事はロベルトもちゃんと理解しているから、少し躓いた。
「はいはい、いつまでもその事を引き摺るな、きちんと仕事をしろ。ほら、書類が溜まっているだろ。そうそう、慰霊祭と宴について資料は纏めてその一番上から三枚だ。」
長い付き合い故にロベルトが言わずともその考えを上手く読み取れた、だから態と別の事に集中させようとした。
「宴?あぁ、そう言えばそんなものを開く予定だったな。しかし戦の死傷を問わずに慰霊祭を開き、その後にまた宴とは、随分と変わった習わしを残したものだなこの地の先祖達は。」
ロベルトは 何の事だ と最初は戸惑ったが直ぐに長くこの地に引き継がれた習わしを思い出した。
「端だから見ればそうかもしれないが、なんても 慰霊で死者を弔い、宴で生者を労う だと先祖様達の言い分だからね。中々理に適っているじゃないか。」
イザベラはもちろんロベルトにも知っている事を態々口に出した。
「それは判っているが...まぁ、それよりなんだか量が多くないが?私の代ではこれで初めてだが、流石に多すぎなんじゃ...」
ロベルトは小さく 理解は出来ているのだがな と囁き、イザベラの言う書類の一番上から三枚の紙を手に取り、軽く流すように書類をさっと目を通した。
その書類に書いてあるのは慰霊祭と宴の準備に向けて、町の住民が自主的に提供するものを列挙したもので、ただそれだけで三枚の白紙をみっしりと埋めたのだ。
「あぁ、その書類は私も一様目を通したが、確かに多い いや 多すぎだ。しかし、多すぎと言っても住民達は中々聞き入れずで、これでも何とか本当に必要がないと言ってかなり削った後に纏めた書類なのだ。」
先に一度この書類を見たイザベラはロベルトの気持ちに激しく同意した。
「かなり削った後がこれって、一体どれだけ...どうやら私自ら皆に会いに行って直接説明をしないといけないな。」
ロベルトは書類の内容を詳しくチェックし、大間かに計算を重ねながら事の厳重を思い知らされた。
「待て、それは いや それだけは絶対止めた方がいい。」
訳も無くにイザベラは止めに入った。
「何故だ?それでは町の住民達がっ」
ロベルトは不解に思い、質問をした。
「駄目だ!今あんたが町の皆の前に出てみろ、忽ち皆に囲まれるぞ。皆の話を聞いたが、これ程まで過剰になったのは間違いなくあんたの所為なんだ。だからもし今皆と会えば折角取り下らせたものがまた出して いや それ以上にものが増えるかも知れない。」
ロベルトの言葉の途中でイザベラは、戦場ですらいつも平常心を保っていられる彼女は思わず声を大きくした。
「そこまで言われちゃな...はぁ、判った、行かない事にする。」
イザベラの真剣な表情を見て、本当だとロベルトは理解し、引き下がり、軽く溜息を吐いた。
「理解して貰えて何よりだ。じゃ早速この三枚をと、それからこっちとこれを先に。」
ロベルトの‘理解’を得てイザベラは少しほっとして、直ぐにあの書類の山の真上からまた二枚を取り、ロベルトに渡し、先に処理させようとした。
「こっちとこっちだな、あぁ、これらは問題ない...よし、じゃ、お前に任せた。」
イザベラが選出した書類を早いスピードで読み、問題ないと判断しその下にサインして、イザベラに渡した。
「はい、任された。じゃ、わたしはもう行く、あんたも余計な事を考えずに早く仕事を終わらせて、早いうちにシェリアとベリオットの所に帰れ。」
ロベルトから書類を受け取り、そう言い捨てて職務室から出て行った。
「あぁ、最初からそのつもりだ。」
離れていくイザベラにロベルトは少し声を大きくして返事をした。
思っていた通りの言葉がロベルトの口から聞けて、イザベラは 変わっていないな と思い、笑顔を浮かべながら振り返らずに先へ進んで行った。
ブレニア要塞の職務室から離れたイザベラは町の方に向かい...そうしようとしたが、心機一転で先にロベルトの家へ向かう事にした。
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戦後処理が終った後、俺は これでようやく元の日常に戻れる と思っていた、しかし非常に残念な事に父さんの仕事はそれだけで終わりじゃなく直ぐにまた別のものに替わり、数日前の時と比べれば少し早くなっているが、やはりいつもの日常の時よりは大分遅くなったいたのだ。
当たり前のように今はあの‘遺伝病’の発作はあれきりで、すっかりと‘普通’になれた訳だ。まぁ、本当の意味で普通とは言えないが、何せ別の世界からの生まれ変ったのだからな。
戦争が止み、俺の体も一般人より少し...かなり丈夫である、それ故に今は確りと母さんや父さんから外出の許可を貰ったので、今からでも外に出ようと思ったのだ。
屋敷に仕えている侍女達から 戦の後に慰霊祭や宴が開かれる事となる と言う情報を手に入れた俺は初めての外出(両親の合意の上で)に色んな想像を膨らませ、ワクワクしながら今から部屋を出て、外出をする為に玄関へ向かった。
「あら、誰かと思えば、いらっしゃい、イザベラ。」
階段口に近付いて行く俺の耳元に下から母さんの声が聞えた。どうやらイザベラおばさんが来たらしい。
「シェリア!?なんであんたが出迎いに来てるんだ?わたしは前にも言ったろそう言う事は下のもの達にやらせれば良いって。奥方であるあんたがこんな雑用染みた事してどうする。」
お出迎いが母さんだった事にイザベラおばさんビックリしたようで、妹を叱る姉さんのように声を少し荒くしていた。
「もぅ、大丈夫だって私もいつも言ってたじゃない。この家の皆が皆用事があるし、暇をしている私が出迎いに来るくらい平気だよ。それに来る人達は皆ロベルトの友人でしょう、なんの問題もないわ。」
叱られてるようにも母さんはイザベラおばさんが来た事を嬉しく思ってるようで、その声から嬉しさが伝わってきた。
「全く、あんたってやつは。」
「いらっしゃい!イザベラおばさん!」
母さん達が話してる間に俺は階段から降り、急いで会うのが久し振りになるイザベラおばさんと母さんの居る玄関へ向かい、丁度イザベラおばさんが嬉しく笑顔を見せた母さんを見て 困った妹だ とでも思ってるように笑みを見せている所に俺が割り込み、少し駆け足で二人の下に近付いて行った。
「おぉ、ベリオットか、久し振りになるな。」
俺の声に反応して母さんとイザベラおばさんも俺の方を見た。久し振りなのに直ぐに俺だと気付いたイザベラおばさんは返事した。
...うん、相変わらず美人なのに口調が男っぽいな。
「お久し振り、イザベラおばさん!」
二人の元に着き俺は改めてイザベラおばさんに挨拶した。
「あぁ、本当に久し振りだな。彼此半年くらいになるのか、でか久し振りなのにわたしと会って早々おばさんで呼ぶな。まだ結婚もしてないのに、老いた女みたいに聞えるだろう。」
俺と挨拶を交わし、少し何かを思い返してるように一瞬どっか上の空ようになったが、直ぐに思い出したようで、間も入れずに俺に呼び方を変えるようにと要求してきた。
「大丈夫だよ、イザベラおばさん。おばさんは美人だし、こんな事くらい気にする必要は無いよ。それにそんなに気にしているなら早く相手を捉まえて結婚すれば良いじゃない。」
「び、美人!?」
俺の言葉の中の一つの単語に余り自覚がないようにイザベラおばさんは驚き、声を上げた。
「うんうん、それは私も同意だわ。居るんでしょう意中の人、だったらイザベラも早くその男を捉まえて結婚する方が良いわ!」
俺の話に激しく同意した母さんはイザベラおばさんの肩を掴み、体を乗り出しながらイザベラおばさんに迫った。
「い、意中の人って、そ、そんな人、わ、わたしには居ないわ。」
図星だったようで、イザベラおばさんは取り乱し、口調さいも変わってしまうくらいだ。
「そうそう、その人と早く結婚して、そうすれば俺もおばさんじゃなく、お母さんって呼ぶ事になるだろう。」
イザベラおばさんは完全に取り乱してる、だから俺もそれを機に思ってる事を言い出した。
「えぇ!?」
俺の言葉が止めを刺したように、イザベラおばさんは固まった。
「そうそう、ってあら、ベリオット?」
隣の母さんも俺の言葉に驚いたようだ。
...これって失敗した...よな。
母さんが隣に居たことすっかりと忘れていて、口が滑ってとんでも無い事を言い出して仕舞った!
母さんの一言でまた母さんの存在を気付いた俺は今すぐこの場から消えたいという衝動を抑え、来るかもしれない嵐に備えた。