第十五話 あれから時は流れた
あの日、父さんが停戦を知らせて来た日から更に半月程の時間が過ぎた。
その間に我が家の生活が少しずつ正常になって行った。
最初の数日に父さんは戦後処理の為戦が起きる前と比べて少し遅い時間に屋敷へ帰ってくる事となった。戦争が止んだ事のお陰で母さんも少しずつ痩せていった心と体をゆっくりと普段通りに戻っていった。
そして俺の日常の変化はというとあの日以来探検しなくなったという事くらい……あぁ、後、父さんが俺に接する態度が少し変わった、とこの二つだけだ。
父さんの態度は以前のと然程変わっていない、が俺を見る時いつも何か言いたい事が有る様な顔をして、しかし実際に どうしたの、父さん と聞けばいつも 何でもない とか言って誤魔化そうとする。
そんな父さんを見て、勝手にデュランダルを引き抜いて、終いには戦争まで参加した事がバレてるんじゃないと俺は思った。
いや、こんなに長い間もずっとこの様子で、もう確実にバレてると俺は確信した。
確信を持った後何時父さんが聞きに来るのか少しハラハラしていた。幸いそんな事は起きず、母さんにはバレていない様だ。
しかし安心出来ない事にあの戦いで起きた事が色んな噂を呼び、限りなく事実に近い‘憶測’がうちにまで伝わって来た。
そう言った噂話はここ数日、我が家では良く聞こえてくる。父さんが唯一家で食べる夕食の時間に母さんがそして父さんもが良く聞いた噂話を持ち出して、外へ出ない俺に聞かせてくれた。
噂の内容はどれも似ているが所々違ったりもする、そんなものばかりだ。
それらの噂話を一領主として父さんは否定な態度を取らず、それだけでなくむしろ積極的な態度でこの事を見てる。
「真実であるかどうか以前にこれらの噂は先のニ国連合軍の侵攻の所為で不安になって居る民の心を落ちかせてくれる。」
一度これらの噂について どう思うか と聞いた俺に父さんはそう答えた。
だから良く俺自身について噂話を聞かされ、日々を過ごした。
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場所を移し、ローランド王国 その辺境と王都の間にある一つの平原に王国の兵士達と軍国兵士達は野営の準備をしている。
「大使殿、何時になったら自分の申し出を受け入れるおつもりですかな!」
一番先に建てた野営用のキャンプに一人の男 かの軍国が此度の侵攻の為につけた指揮官 かの武人が入って来て、中にいる オルソン と言う老者に呼びかけた。
「おや、准将殿?その件について私は 再侵攻はしない とはっきりとお伝えした筈ですがね。」
老者こと オルソンは武人が何の事を指して言っているのが直ぐに察しが付き、返事をした。
「だから 何故 と自分は聞いているのだ!あの様な小僧との約束を必要は無い!奇妙な魔法を使えるのならその魔法が届かない所から兵士達が援護射撃をし、我々でそいつを倒せば良いでは無いか?」
武人は音量を落さず、声を大きくした。
「准将殿、貴殿はそれくらいでかの者を倒せると本気で思っているのかな?」
オルソンは武人に真っ直ぐ目を向け、武人に聞き返した。
「あぁ、あのような小僧などっ!」
「貴殿もかの者と戦ったのだ。二度だけとは言え、剣を交えたのだ、それでそやつの力が判らない貴殿ではあるまい。」
武人は威張るように肯定な言葉が出る前にオルソンは割り入った。
「もちろん知っている!だからこそこうして対策まで用意したのだ。我々が国から何を任されたか、忘れたとは言わせないぞ、大使殿!」
オルソンが何が言いたいのが理解出来てる武人は反論した。
「それこそ要らぬ心配ですぞ、准将殿。私達が来るべき時の為、我々の邪魔をして来るであろう帝国への武力による交渉をしに来た事など片時も忘れておらぬ。だが、今回ばかりは相手が悪い、貴殿の言う対策が失敗すればその代償は貴殿と私の首だけでは済まぬのだ。」
オルソンは武人を説得しようとした。
「だから自分と貴殿でっ!」
「……はぁ、どうやら貴殿には口で説得出来ない様だ。では、構え、准将殿。貴殿が私に一撃でも入れられたら貴殿の申し出を受け入れよう。」
オルソンは依然と引き下がろうとしない武人を見て、思わず溜め息を吐いてしまい、力づくで押し通す事を決めた。
「一撃でも とは自分も随分と舐められたものだ。大使殿、そちらが提示した条件だ、負けた時は無論自分の申し出を受け入れて貰う。」
武人は実に自分好みの決め方だと思い、笑みを浮かべ、腰を少し落とした。
「……」
武人と反面にオルソンは無表情とも言える顔ですんとその場突っ立ていて、抜け出すつもりが無い様で腰につけてるサーベルの鞘に左手を柄に右手をただ添えただけだ。
「行くぜ!『オリハルコン』!」
武人は叫びながらオルソンの方へ突っ込んで行き、魔法の名称を口にした。その言葉に反応して、武人の体に限りなく銅色に近い金色な輝きを放ち、また一瞬の内にその輝きが消えた。
「オリハルコンとは大それた名だ。『アル・ゲイル』」
それなりの大きさがあるキャンプの中でも互いの位置取りの所為で直ぐそこにいる武人の動きは一武人としても反応しようが無いものだが、オルソンは武人が動き出すその一瞬に反応した。
対象を武人ではなく自身にし、魔法の名称を口にし、それに反応して複数の緑の線を混じった風がオルソンの体の関節に纏った。
攻撃用の魔法だが、それすら上手く制御したオルソンは風に乗って流水のような動きを更に加速させ、武人の攻撃が届く前に力強く握った拳で武人の腹に練りこんだ。
その衝撃を受け武人の体は く の字のように曲り、足に力が入れず、両膝が地に着けた。
「私の勝ちだ、准将殿。だから、再侵攻の念を諦めるのだ。」
オルソンは受けた衝撃を必死に耐えてる武人を見下ろし、ゆっくりと口を開けた。
「......くぅ!」
内臓にまで衝撃が伝わってる所為で武人は口を開けても言葉を発する事が出来ず、その事際も憎らしく思い、オルソンを睨んだ。
「心配するな、今は内臓に衝撃が回っているからまだ話せないだけだ。」
オルソンはそう言って依然として話せない武人を置いといてキャンプから出て行こうとした。
「......!」
離れていくオルソンを武人はその背中を睨んだ。
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場所を移し、エムペラド帝国の帝都から少し離れた一軒の屋敷の中の地下牢に一人の男は鉄の鎖で四肢を縛られていた。
その男はロベルトが戦争の始まる頃に帝都へ向かわせた伝令兵だ。大よそ一週間も前、この地を経過する途中に一人の貴族に捕まれ、出る事も出来ず、今日までずっと軟禁されていた。
「プース様、いつまでそいつをこのままにするおつもりですか?」
牢屋の外から一人の男の声がした。
「馬鹿者!私の名をつけるな、中に居るそいつに聞かれたらどうするつもりだ!」
直ぐにもう一人の男が怒鳴る声が伝わってきた。
「大丈夫です、プース様。いざとなればそいつを殺し、かの知らせを皇帝陛下に知らせる時に これを知らせてきた兵は既に力尽きだ とそう付け加えばいいのです。」
男はプースと言う男に説明する声が聞えた。
「くくく、なるほど、そうであったな。いざとなればそいつを...」
プースと言う男は嬉しそうに笑い声をこぼした。
「はい、それで何時、かの知らせを皇帝陛下にお知らせするのおつもりですか、プース様?」
男はプースに聞いた。
「何時か?...そいつが私に捕まれてもう一週間経つな、かの辺境の地から此処に来るのに掛かる時間を加えて戦が起きて一ヶ月足らずでざっと半月になるな、此処から兵を派遣するのに掛かる時間を考慮して...よし、明朝私自ら皇帝陛下にお会いして、知らせよう。」
プースは男に答えた。
「そうですか、ではそいつの命も...」
男はプースの合意を求めようとした。
「あぁ、私が屋敷から発すると同時に片付けて置け。」
プースはそう言い捨てた。
「はい、判りました。」
男は快諾し、そして徐々に二人の声が遠くなって行った。
「...ロベルト様、どうかご無事で。」
牢屋の中に一人ぽっちで唯一外が見える窓から差し込んだ月を眺めながら捕らわれた男は自分がこうなっている一因とすら言えるロベルトの無事を祈り、天に捧げた。
そして翌朝、プースの言う通りに、朝一に出発し、地下牢に閉じ込められている男もそれと同時に命を失い、動かない屍となった。