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第一話 親不孝者は死んだ

第一話から少し長め?です

薄らに一筋の光が差し込み、深い眠りに着いてる俺を起こしてくれた。


寝起きで最初に感じるのは馴染みのある全身に渡る脱力感、目蓋を開けるとそこには見知らない風景が見える。


『何処だろう此処は?どっかの病院かな?』


俺は左右を見回し、知らない風景だがそこにあるものは此処がどう言う場所なのかを教えてくれる。


どうして此処に俺は居るのか と俺は思考を巡らせ最後の記憶を思い出そうとする。しかし頭も何だか錆付いてるようで上手く回らない感じがした。


『誰か、おい!誰か救急車を呼んでくれ!早く、早く...』


ただ一人の男が思い浮かび、その顔も良く思い出せずにその輪郭すらはっきりしないままただその口から零れ出す言葉が一文一句とはっきり覚えていた。


その事からも此処が病院にある一つの病室であるのが判る、でもそれ以前に気掛りな事がある。


俺は力の入らない体を鞭打ちして、無理やり体を起こし、隣の机の上にあるものを一つずつ手に取り、記憶の中にあるものと照らしあわす。


確認が終ったものを元に戻す余裕もなく手から滑り落ち、ベットの上に転がる。直ぐに次を手に取り、そんな単純で作業を繰り返す。心が段々落ち着いき、気掛りになるものは持って来なかったで言う可能性が少しずつ大きくなって行く中、見えてきた希望も少しずつ大きく成って行った。


しかしだ、何時の世の誰かだろうか、こんな言葉を残していった。


『希望が大きい分失望も大きい。』


と正にその通りだと俺は机にある最後の一つ 俺の持ち物 で確実に俺の身分証明に成り得るもの 生徒手帳 を見詰めながら心底そう思った。


それは今の俺が使えるものではなく、前に通っていた高校のもので、最後にどうしようもない理由で中退した学校のものだった。


終わりを感じた...最初から終わりの確定されてるものだが、最後くらいは俺の望むもので在って欲しいと思った。残り少ない選択肢から一番俺が思う最高の終わり方だ。


しかしながらどうやらこの世界の神様はそんなに優しくしてくれなかったようだ、何故なら俺の最も望まない形の終わりが近付いて来てる事に俺は気付いたからだ。


ガラー


とまるで引出を引き出した音が俺の耳に届き、その元であろうこの病室のドアの方に俺は視線を向ける。


「気が付いたのですね、良かった。」


見知らないスーツを着ている男、しかし聞き覚えのある声ではある。


俺よりは年上でいかにも社会人である彼は何故かほうっとしたように胸口を撫で下ろす。


「あの、どちら様、ですか?」


俺は社会人の男に聞く。


「あぁ、やはり覚えていないようだ。私は...まぁ、名前は控えさせて頂きますが、私が救急車を呼んで、貴方を此処に連れてきた者だとだけお伝えします。」


年上の筈の社会人の男は妙に腰が低く、明らかに年下の俺にも丁寧語を辞めたりはしなかった。


「そうなのですか......すみません記憶が曖昧でして...助けてくれて、有難う御座います。」


俺は起きてきちんと御礼を言いたかったが体が全く言う事を聞かず、仕方なく俺はベットに座ったまま頭を深く下げてお詫びとお礼を口にする。


「気にしなくて大丈夫ですよ、自身に恩を着せるためにやった事ではないのですから。それと失礼ながら私は貴方の身分証明になれるものは無いがと病院側に尋ねられた時に貴方の持ち物を勝手に拝見させて頂きました。」


俺が面を上げて今度は社会人の男が頭を下げた。


「そう、ですか。でも仕方が無い、ですよね、どうか気にしないてください。そのお陰でこうしていられるのですから。」


俺は無理に顔の筋肉を動かして無理やり笑顔を作り出す。別に顔の筋肉まで完全に言う事が聞かない訳じゃないのだが、今の俺はとてもじゃないが笑う事が出来ないからだ。


「有難う御座います。それからご両親にはも連絡を入れましたので、御二人とも直ぐに来られるみたいです。」


俺と違い人当たりの良い笑顔を社会人の男は浮び、その口からは俺にとって最悪の知らせが言い渡された。


「すっ、すぃ、ませ、ん、お手数を、掛け、ました。」


俺は声を上手く発する事が出来ずに、途切れ途切れに言葉を発した。


こ こ こ


ノックの音がした。


その音は今まで以上に俺の心臓を締め付ける。


「入るよ。」


一人の女性の声が これまでに無い程熟知してる声 今までに無いくらい聞きたいと願った声、それと同時に今日と言う日には 今この時には聞こえて欲しくない声が病室内に居る俺の耳元に届いた。


ガラン~


さっき社会人の男が入って来る時と同じ音が響き、また誰かが中に入ってきた。


社会人の男は入って来る人に こちらです と意味を込めたように左手を上げ俺の居る方向を示した。


静かな病室の中、重くて小さい足音が妙にはっきりと響き、二、三秒が経った後に一人そして二人の姿が見えた。


知ってる人物だ、知らない筈も無い俺をこの世界に産み落とした父と母だ。


二人とも俺を見た瞬間その場に固まり、俺はそんな二人を上から下へまるで目の中に焼き付くように見る。


二人は俺の記憶の中に比べてかなり痩せてきて、御歳じゃないのに見慣れない皺が多く増えた。俺の所為だと、考えるまでも無くその答えは俺の心の中に自然と浮かび上がった。


俺が家出をしたからだ、その原因は俺の身勝手でこの結果も俺の促したものだ。でも、それでも何時も何時も 三人で何処かどうでも良い場所に行き特別な事が何も無いままただ平凡に平和に生活を送る 光景を想像してしまう。


ありえない妄想が脳内に過ぎる、しかしそれが叶う筈もないどうしようもない 妄想 だと体が頭が勝手に否定する。


それら全部が全部俺の理性に衝撃を与え、堪えてる筈の涙が勝手に俺の頬から零れ落ちる。


俺の涙に気付いたのだろうか両親はこっちに向うとする、母の目元にも光る物があり、父の両目はまるで涙を必死に堪えているように充血して真っ赤になった。


そんな二人の動きが今この時の俺の目にはまるでスローモーションのように映った。


あぁ、母さんの涙は何時以来だろう、父さんのあんな必死になるのも何時以来だろう、そして俺自身がいつから泣くのを堪えようになったのだろう。


錆付いたと感じた頭は動く、これまで無い程正確に、迅速に、動く。


視界に映る景色が真っ白に成り、全く別のものになった。



一人の四、五歳くらいの男の子が父親と思うらしき成年の男子とキャッチボールをしている。


男の子が投げて男が簡単にそれを捕る、男はわざとらしく力を入れた様で実は凄く手抜きして優しく投げ返し、男の子もそれを簡単そうに捕る。


男がしたように男の子も真似して、でもまだ小さい子供の身である男の子は男のように手抜きが出来ずに全力投球をする。その結果男の子はボールを投げ飛ばした途端にバランスが崩れ転んでしまった。


隣で二人のやり取りを見届けた男の子の母親に思うらしき女性は直ぐい転んだ男の子の側まで来て男の子が転んだときに打った所を具合を確認する。その女性の直ぐ後ろから男も寄ってくる。


打った所は腫れたりも皮が擦れたりもしないがその痛みはまだ幼い男の子を泣かすのには十分のもので、男の子は子供らしく大泣きした。


女性は男の子をあやそうとしたが隣の男はそれを止めて、男の方がしゃがみ男の子に言葉を掛ける。


男の口からはまだ幼い男の子にとって少し難しい言葉だが、賢い男の子は理解が出来て自ら必死に涙を堪え泣き止んだ。


男は男らしさを見せた男の子に良くやったと褒めて、難なく男の子を抱き上げ肩車をした。


男の子も男に褒められて嬉しく笑い、隣で傍観させられた女性も混ざり三人とも幸せいそうな笑顔を見せた。その笑顔が眩しく輝いたように周りの景色をもう一度真っ白に染め上げた。


そう、その男の子は昔の俺でその男は俺の父親でその女性が母親だ。


昔に有った幸せが俺を満たしてる間周りの景色はまだ変わった。



一人の少年が必死に走り、スタートが遅れた少年は前にある他の少年を追い抜き、一人また一人と。最後の一人を追い抜く事が出来る寸前僅かな差で二人ともゴールした。


少年ともう一人の少年は慣性に任せて少しずつ減速を図る。走りから歩きに成り少年は立ち止った。


周りの観衆は騒ぎ出し、器が壊れ溢れ出した水のように競争に参加した少年達の下へ寄り添っていく。


惜しくも二位になった少年は人の群れを上手く掻い潜り、先へと歩く。その顔に二位になった嬉しさが欠片も見えず、その頭の中にはこれまで父親と一緒にやった特訓が思い浮かぶ。


歩く少年は知らずにある人にぶつかってようやくその足を止めた。


礼儀正しいようにしろ と言う教えの元で育った少年は直ぐに謝ろうとして相手の顔を見た。


一人の女性である。


その女性の顔は少年にとっての良く知ってるもので少年が謝る前に微笑みながら優しく少年を抱き締め、少年の耳元で 良くやったね と小さく囁いた。


その一言がトリガーとなり、悔いている少年が我慢して来た涙が一気に漏れ出した。


少年は大泣きした、しかしグランドの雑踏にその声は余りにも小さく、そしてその年の少年として見慣れたとまでは言わずに 珍しいものではなかった。


悔しくて泣き喚く少年を泣き止むまで少年をあやし続けた。


小五の時の運動会の俺と母だ。


少年だった俺の泣き声がどんどん遠くなり、周りの景色はまた変わった。



病院にさっき見た病室とは違う病室のベットに一人の十七歳の男の子 俺が横になっていて、その病室の外から一人の医者が中に入ってきた。


医者は俺に俺自身の体に付いて教えてくれた。


治療する目処が立たない奇病で遠くない内に死を迎える と、まるで地獄から来た使者の死期を告げる言葉のようだった。


その医者の言葉に俺は絶望を感じ、長くて短い時の間で俺は立ち直り医者に死ぬ前の唯一のお願いだと言って、誰にも伝えないように口止めをして病院から出た。


だらだらと勝手に歩く足は自然に俺を家へ連れ帰った。


ドアを開けて、中から母が迎えに出てきて青冷めてる俺の顔を見て心配して質問をして来た。その声に珍しく早帰りした父も出てきて、余程悪いであろう俺の顔色を見て父も心配して眉を皺めた。


そんな二人を見て俺は思わず なんでもない と ただ少し疲れてるだけで て誤魔化し、心の奥底で 二人に知らせない と誓った。


そして二日後に秘かに準備を整えた後に俺は家出した。一通の置手紙を置いて。


家から出た後、最後に家を見て少しずつ離れて行く。


あの日も泣きそうになり、必死に堪えたのが良く覚えている。その後降り出した雨が頬に落ちた感触もな。



土砂降りの雨が景色を洗い消し、最初に見た病室に戻った。


だが世界は依然スローモーションのままでさっきの風景と余り変わらずに両親の位置が少し前まで来てるだけだった。


俺は今の状況を飲み込めた。


走馬灯 だ、慈悲深くと謳われた神様が唯一等しく人に分け与えた慈悲、死に間際に生前の記憶を見る事が出来る権利だ。


だから今の俺はその死と言う終わりを迎えていると言う事が判った。


最初から知ってる事で受け入れざるを得ない真実だ。


受け入れた筈の真実に涙は目に浮び、ゆっくりとしてる今この時にその涙は俺の視界をあやふやにする。しかしさっき目に焼き付いた両親の姿ははっきりしていて、心臓が 心が痛む、太い釘に刺され、力一杯に掻きまわされて滅茶苦茶にされたように正に心を引き裂く痛みだった。


その痛みは俺の顔を歪ませ、だが俺は両親から目を逸らす事が出来なかった。


『父さん、母さん、俺は親不孝者だ。今世はどうやら親孝行が出来ないようだ、だからこんな親不孝者である俺を許して欲しい。もし、もしも、来世があるなら、俺はもう一度二人の子供に成りたい、そして今度こそちゃんと親孝行を出来るようにする、今世の分も含めてね。だから、だから今はただ俺がまた家出をした と思って悲しまないでくれ。』


俺は家出の時に置いた置手紙にも書かれていない言葉を心の中から目の前にある二人に伝えようとする、しかし酷く増していく脱力感がそれをさせてくれない。


そして段々と意識まであやふやになって行き、本当の最後だと俺は思った。


『あぁ、神様。本当に居るのならばどうか二人が悲しまないようにしてください。そして出来るのならば今度生まれ変る俺に親孝行がちゃんと出来る体に...し...てく...れ...』


...


俺の意識は消えた、突如糸が切れたマリオネットのように重力に引かれて俺の体はばったりと活動を辞めて倒れた。




若いし少年が倒れ、周りの世界は元に戻って動き出す。


後から病室に入って来る男女は直ぐに若いし少年の側に寄り添い、少年の魂の抜け殻を抱き女は泣き、男は必死に耐え女を慰める。


そしてそれらは最初から無かった様に消えて行き、かのスーツ姿の社会人の男と真っ黒になった風景だけが残っている。


『最後まで親の身を案ずる親不孝者か?貴方がそこまで願うのならば最後に一度だけの慈悲を与えよう。神の名の元に、汝の願いしかりと聞き届けた。』


社会人の男の姿に変化が起きた。スーツ姿から着物を身に纏う神々しい姿へと変わり、その場から消えて行った。


社会人だった男が消えたと同時に周りの景色が完全に元に戻り、少年だった抜け殻と泣き続ける女と泣く子をあやすように女を慰める男だけがその場に残った。


泣き続ける女の血圧は次第に上がって行き、彼女も倒れていった。


幸い此処が病院であった事から直ぐに的確な処置が施されて女は無事だった。


最愛な家族を二人同時に無くなる事がないと少しほうっとした男に医者から予想外の知らせが届いた。


それは倒れた女は既に身を篭っていたと言う運命すら感じさせるタイミングで届いた知らせであった。


男は直ぐに治療を得て目を覚ましたばかりの女に伝えようとした、しかし医者達はそれを今はしないようにとストップを掛けた。


だが女を信じる男は押して医者の言葉を無視して女に伝えた。


女も男もそれが運命だと、そう強く確信した。


お腹にある新たな命のお陰で男も女もどうにか悲しみからどうにか立ち直り、その十ヶ月後丁度かの少年の誕生日に二人の二人目の子供が産まれた。


その赤子は元気に育ち、二人は時々その子を少年と重なって見えたが、それでもその子と共に幸せに生きていくのであった。

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