くだらない議事録の2ページ目
くだらない議事録の1ページの続編となっています。前の話を読まなくてもまったく問題ありませんが、読んでいただけると、森中が喜びます。
とうとう秋になった。僕らの議論は、くだらない議論でありながらも、それは、未だに定期的に続いている。こんなくだらない同好会がまさか2ヶ月以上も続くことになるとは。誰が想像しただろうか。
「おい、田中。議事録はきちんと取っているか?」
「大丈夫だってば。」
彼は、坂上だ。彼はこのくだらない議論をする同好会の生みの親だが、その代表者ではない。世間様に対する表向きの、この恥ずかしい同好会の代表者は、僕ということになっている。なぜ、こんなことになっているかといえば、僕の幼馴染の坂上が、俺は黒幕になる、などという恥ずかしすぎることを言い出したせいで、僕がこの恥さらしな同好会のリーダーとなってしまっているというわけだ。要するに、彼の自分勝手なわがままである。
ある日の放課後、僕はこの恥さらしな同好会のせいで、大変な面倒を背負いこむことになった。
その日の空は、残暑の気配を色濃く残して、真っ赤に染まっていた。あまりにも赤くて教室が真っ赤に照らされていたものだから、僕は一人教室に残って、ぼんやりと真っ赤な空を眺めていた。
「ねえ…。田中くん。」
一人だと思っていた静まった教室に、僕のクラスの巻き毛の女の子の声が響く。僕にそう問いかけた彼女の顔は、なぜか真っ赤に染まっていた。
「あ!え…。なに?」
僕の顔も真っ赤に染まっていただろう。だって、控えめに僕のことを見る彼女の顔は、恥ずかしさからか、真っ赤に染まっていたし、そして何より、彼女の手には、折りたたまれたピンク色の紙が握られていたのだから。
「田中くんってさ、何か部活やってたっけ?」
「え?あー、うん。そうだねえ。課外活動はやってるけどね。うん…いわゆる自己啓発活動のリーダーをやってるよ。」
「忙しいの?」
「え?うん。まあ…。それなりに?」
きっと、彼女は緊張のあまり、うまく僕宛の恋文のことを切り出せなくて、雑談を交わして緊張をごまかそうとしているのだろう。その話題に選ばれたのが、部活の話題だったということは、お互いにとって不運だったことは否めないが、無趣味かつ帰宅部だよ!と答えるよりはマシだったと思うしかない。僕は、このとき初めてくだらない議論をする同好会 feat暇人に感謝の念を覚えた。
「本当は忙しくないんでしょ?この前、バスケ部の子に忙しい?って聞いたら、自分たちがどんなに忙しいかを小1時間ほど語られて、迷惑したんだよね。」
「え?まあ、バスケ部よりは忙しくないかもだけど…。」
恋文の巻き毛の彼女は、しばらくためらった後、緊張で顔を真っ赤に染めて僕にこう言い放ったのだ。
「じゃあさ、田中くんさ、緑化委員やってみない?やってくれるよね?」
放心状態の僕に何ができただろうか?人生最大の緊張状態にあった僕は、思わず恋文を渡された時に感じた高揚感もそのままに返事をしてしまったのだ。
「あ、ありがとう!ぜひ読ませてもらうね!」
「え!いいの?ありがとう!」
気づいただろうか。僕と、元恋文の彼女との間には、大きな齟齬が生じていたことに。
僕は、図書委員や、保健委員ほど楽な仕事ではないけど、かといって、文化祭実行委員のように、青春できて、クラスからの賞賛を浴びることもない微妙な立ち位置、かつ、面倒臭い緑化委員を自分から引き受けることになってしまったのである。
「…で、俺は、ここだけの話なんだけど…。おい、田中!ちゃんと議事録は取ってるのか?鴨下も、俺の話、ちゃんと聞いてたか?」
「え?じゃあ、田中は緑化委員を引き受けることになったの?うわあ。緑化委員の担当が、菩薩先生から、般若先生に変わるから、今年から緑化委員は厳しくなるって噂だよ?まあ、なんというか、ねばーまいんどだね。」
「Don’t mindだろ?」
「どっちでもいいから!二人ともうざいけど、坂上が一番うざいわ!無駄に流暢な英語で、僕に話しかけないでくんない?」
「そんなのどうでもいいだろ?なんで、俺以外誰も議論に参加してないんだよ!特に鴨下!」
「えー。だって、坂上が、なんか途中で、目を瞑って立ち上がって、ブツブツ話し出したのが悪いんでしょ?」
「はあ。まあ、いいや。初めからやるぞ。田中。今日の議題はなんだ?」
「うわー。わかってるのにあえて聞いてくるところ、腹たつわー。えーっと…ああ。今日の議題は、くだらない議論をする同好会 feat 暇人の有罪性について、だよ。」
「そんなわけないだろ?今日の議題は、恋とチョコレートの関係についてだ。そして、この議論を深めることにより、俺たちは、どのようにして、本命のチョコレートを手に入れて、モテればいいのかを探求することができる。気合い入れるぞ!」
「はーい。黒幕。」
「なんだ?田中書記?」
「その答えは、もうすでにでていると思います。このくだらない議論をする同好会を解散すればいいのではないですか?」
「田中…。よく考えろ。帰宅部だった高1の俺たちはモテていたか?それがお前の提案に対する答えだ。」
「それにしても、今日は涼しいね。」
「ほんとだね。」
僕たちの上には、南国の海のような青空が広がっている。もうすぐ10月になるということもあってか、涼しげな風が僕たちの間を吹き抜ける。ちらっとこちらをみて、生暖かい視線を送ってくる道ゆく人々の格好も、トレンチコートを羽織っていたり、カーディガンを着ていたりと、すっかり秋の様相だ。
「恋とチョコレートって、結構深い関係がありそうだよねー。ちなみにこの中で、家族以外からチョコレートとかもらったことある人いる?」
「そりゃ、みんなあるだろ。義理チョコとか渡してくる女子いるじゃん。」
「義理チョコと、本命チョコの違いってさ、大きさとか値段とか結構違うところがあると思うんだよね。でもさ、大きさと、値段を、溢れ出んばかりの妄想を使って一緒にしちゃえば、僕らは義理チョコをもらうたびに、本命チョコを受け取っていると錯覚することができるんじゃない?」
「鴨下、僕たちは本命チョコをもらったことがないだろ?そういうことだよ。」
今日もくだらない議論をする同好会 feat 本命チョコ無し は無事に矮小な活動を終えた。
青い草がさわさわと揺れ、涼しくなった風は彼らよりもちいさな虫を飛び上がらせて、小さな影を震わせる。薄く色づいた夕暮れ空は、あの夏の日よりも彼らをせきたてて、この公園から追い出すだろう。
「おい、さっきの面白そうな話聞かせろよ。お前、モテたらしいじゃん?」
「腹たつねえ。お前、全部聞いてたんだろ?」
この記録は、ある初秋に行われた、世間の塵芥よりも矮小な不満が溢れ出る、モテない僕らのくだらない議事録である。