Through the Grassland - 03
アリスの小屋の中。
俺たちは肉体を釜戸の前、黒い瓶の陰に置き、今はアリスが木製の台の上に立ち、肉体を腐らせないための魔法薬の調合をしているところだ。
まず初めにガラスの破片、深緑の葉、トカゲの尻尾、それらの溶媒となる大量の水(空気とアストラルを混ぜ合わせることで、アリスは何もない場所から水を発生させていた)、そしてアリスの身体から発されるアストラルを、小屋の中央の巨大な瓶に入れる。本当にこんな材料で、身体の腐敗を止める薬が作れるのか疑問に思ったが、アリスは一応、こう説明していた。
「ガラスの破片には、ミイラを作る際に必要な成分が含まれていて、これが肉体の腐敗を防ぐんですの。さらに生を連想させる深緑の葉と、復活を連想させるトカゲの尻尾。それらを生の薬に転換するイメージとして、アストラルを加えれば、完成するのですわ。まあ、魔法薬なんてほとんどそんな感じに作られますのよ」
ちなみに魔法薬とは普通の薬と違い、アストラルを混入させることにより作られる薬だとアリスは言っていた。
次に内部の溶質を、これまた魔法で起こした火(アストラルを空気と擦り合わせるイメージを思い浮かべるらしい)で熱しながら、白い杖でゆっくりとかき混ぜてゆく。全てが水に溶けると、紫のような、青のような色のどろっとした液体ができた。ヘドロのような見た目とは裏腹に、緑の葉の良い香りが小屋中に漂っていた。
ちなみに、カノンには帰宅途中に、俺の身に起きたことを全て話した。この少女の身体の中には俺の魂と魔女のアリスの魂の二つがあって、行動を起こすのにも、二人の意思がかみ合わないとうまくいかないこと。アリスの魔女としての力は折り紙付きで、きっと俺たちの仲間・身体を見つけるのに貢献してくれることなどなど。
そしてカノンも俺に、目覚めてからのことを話してくれた。気づくと草原の上でカノンが横たわっていたこと。自分が身につけていた服装とは異なった白い衣服を着ていたこと。とりあえず歩き、誰か助けてくれる人を見つけようとしたこと。その途中で、泉を見つけ自分の顔を見たこと。見覚えのある電車を見つけて、それに向かい走り出したが、あの二人の男に捕まったこと。そして突然自分の額に痛みが走り、そこから光を発したこと。アリスを目にしたときは、俺のことが分からなかったということなどなど。
その件に関して、俺は彼女の肉体に本当にもう一つの魂が無いかを尋ねた。アリスは魂の衝撃で並大抵の人間の魂ならば、昏睡状態に陥ると言っていた。だが、魂が眠らなかったのならば、アリスと俺のように行動に支障をきたすことになるだろう。それを聞いておきたかった。
するとカノンは自分の行動は全て自分で、誰にも束縛されずに決定できると言った。やはり、アリスの言うとおり、防衛術を張っていないと、魂が永眠してしまうのだろうか。俺はそう考えた。
「……ボクたち、ちゃんと元の世界に帰れるのかな……?」
魔法薬の精製中、カノンがふと口を開いた。
俺にはそんなこと分からない。だが、そうは信じたかった。
「うん……。分からないけど、もちろん戻りたい……」
その会話を耳にし、アリスは言う。
「少し考えたのですが……どうしてあなた方がこちらの世界にやって来たのか、それを探ればきっと元の世界に戻れるんじゃないでしょうか……? 原因を探り、それと似通った行動を起こしてみる、というのはいかがでしょうか?」
世の中には原因があるから結果がある。因果律というやつだ。確かに、原因が結果を生むとすれば、もし同じ行動を起こせば、もしかすると同じ結果が生まれ、俺たちは元の世界に戻れるのかもしれない。……とはいえ、こちらの世界にやって来たのは、単一の原因が問題というわけではないだろう。おそらく何重にも、複雑に絡まった原因が背後にはあるのだろう。
とりあえず、俺たちは最低限何をすればよいのか、それを考えた。まずは仲間を集め、飛び散った魂を元の身体に戻す。さらにこちらの世界に飛んだ列車を集め、それを修理してもらう。そして……?
沈黙に包まれるアリスの小屋。俺は眼前の液体をかき混ぜ続けた。
「さあ、出来ましたわよっ!」
紫だか、青だか、良く分からなかった色をした液体は、じっくりと加熱され、白い軟膏になっていた。葉の緑色の良い香りがした。
アリスは瓶の軟膏を別の小さな容器へと移し変えた。
「さあ、この軟膏を全身に塗るのですわ! それで死体の腐敗は阻止できるはずですの。……それでは、そのお邪魔なお洋服を全て剥ぎ取りましょうか」
「えっ!?」
「………………」
カノンと俺は顔を紅潮させた。
「どうしたんですの? さあ、早く、早く!」
アリスは木の台から飛び降り、魔法薬を精製していた瓶の後ろに放置してあった、俺たちの肉体の前へと移動する。
すると俺のワイシャツのボタンを丁寧に外してゆく。俺の肌が顕わになった。自分ではあまり意識していなかったが、アリスの絹のような白い肌と比べると黒っぽい皮膚だった。
カノンは自分の肉体の前にはいなかった。その様子を後ろで見ているのだろうか。
「アリス……? やっぱり全部脱がせるのか……? 下着も全部……?」
俺は九十パーセントそうだと確信しつつも、アリスに確認をしておきたかった。
「当然ですわ。全身に確実に塗りこまないと、そこから腐敗する可能性がありますもの。……やっぱり恥じらいとか、そういう感情が芽生えるものなのですか……?」
アリスは上着を脱がし終わり、下半身の衣服に手を掛けるところだった。
俺は首を縦に何回も振った。
「カノンさん。あなたの肉体を私たちの視界から離れたところに置いて、そこで軟膏を全身に、残すところなく塗りつけてくださいまし。……あなたが完了の合図を出すまで、こちらはそちらを振り返りませんから、安心してくださいね」
後ろにいたカノンは頭をアリスへ向かって軽く下げる。
「……ありがとうございます。アリスさん……」
そういうとカノンは俺の肉体の右にある、彼女自身の身体を引きずり、俺とは反対側に位置する、入り口の前にそれを寝かせた。ふと後ろを振り返ると、巨大な瓶が邪魔していてカノンの姿が見えることはなかった。
「それじゃあ、作業再開ですわね」
そういうと、アリスは俺のズボンのベルトを外し、それを一気に脱がした。衣服は全て丁寧にたたまれ、肉体のすぐそばに置かれたが、白のワイシャツは床の埃でかなり汚れてしまっていた。そして俺の肉体を覆うものは、下半身の下着一枚だけになった。
「こちらでは全く見ないような、お洋服で面白いですわね……。さて、最後の一枚ですわっ!」
やけにテンションの高いアリスだった。けどアリスって普通に女の子なんだよな……?彼女が子供とはいえ、俺の全てを晒すのは恥ずかしい……。
「アリスは俺の、男の身体とか見ても大丈夫なのか?」
俺は顔を真っ赤にして、彼女に質問をした。
「私は魔女。それくらい、平気に決まってるじゃないですか!」
魔女であることと、男性の肉体を見ることが平気であるということの繋がりが良く分からないが、俺はこれ以上彼女に突っ込まなかった。
そして、アリスが俺の最後の一枚を払いのけ、俺の全てが顕わになった。視覚の支配権を持つのは俺。俺が目を瞑れば、アリスが俺を見ることを防ぐことができるだろう。だが、それはしなかった。俺はアリスの邪魔をしてはいけない。彼女は腐敗する可能性のある俺の肉体を救おうとしているのだから。
「じゃあ、塗り始めますわよー」
アリスは右手で腐敗を防ぐための軟膏をすくい、俺の身体に塗りたくる。額・頬・胸・腹・腕・足はもちろん、眼から、股まで。
表側を全て、手馴れた手つきで塗り終わると、彼女は力を込め、俺の身体を仰向けから、うつ伏せの状態にさせた。羞恥心が少し引いた。それと同時に何もかもをアリス任せにしてはいけないと冷静になって、考えた。
「……アリス、俺にやらせてくれ。やっぱり自分の身体だし……」
「ふふ、分かりましたわ。では、お願いしますわ。やり方はさっき見たとおりですわ」
アリスが身体の動作を止める。全ては俺に委ねられた。埃が少し立っている床に置いてある容器から軟膏を右手に掬い、それをアリスがしたのと同じように、今度は背中側に塗ってゆく。頭は髪の毛が邪魔で塗りづらかった。
全てを塗り終わるのには十分くらいかかったのだろうか。軟膏の伸びは予想以上に良く、一回でかなりの範囲を塗ることができたのもあるだろう。
「では、肉体保護のため、そこの藁束で包みますわ」
アリスは短い左腕を伸ばし、釜戸の左の藁の束を掴み、こちらへと引っ張る。そして床にそれを平らに敷くと、俺の身体を不思議な力で浮かし、藁の上へと静かに着地させた。最後にアリスは俺の身体を余った藁で包んでゆく。
俺の身体は外部から見えなくなった。脱がされた制服だけが床に整って置いてある。下着は制服の上に重なっていた。カノンに見せるのもちょっと恥ずかしいかなと思い、俺は後ろを見ることなく、下着をシャツとズボンの間に挟みこませた。
「カノンさん? 終わりましたか……?」
アリスは釜戸の方向、つまりカノンが作業をしている方向とは逆の方向を向きながら、カノンに尋ねた。
「……もう少しですよ……、アリスさん。今下半身後ろに軟膏を塗っているところです……」
「順調そうですわね……。じゃあ、もう少しこっちで待ってますわ」
中央の黒い瓶が俺とカノンを隔てる空間で、俺は釜戸の前で、自分の肉体と共にカノンを待っていた。
「ふう……なかなか面白い作業でしたわね」
俺とカノンは入り口から見て瓶の左にある、木でできた椅子と机で、しばしのティーブレイクという愉快な時間を過ごしていた。二人の肉体は藁で包まれ、釜戸の前に、安置されていた。
ちなみにアリスによると、今飲んでいるお茶は西方からの商品で、ここからずっと南にある貿易港で買ったものらしい。
口にすると、今までずっと飲食していなかったせいもあってか、花の香りが口中に広がり、非常に美味だった。喉の潤いも心地よく感じた。一方カノンもお茶を飲むのだが、口にするや、頭を捻り、少し驚いたような表情を見せた。だが、その表情もすぐに笑顔に戻り、お茶を全て飲みほしたのだった。
「面白いのはアリスだけじゃないのか? 俺はそうでもなかったよ……」
「いや、そうでもないよ……。自分の身体の構造を客観的に見ることができて面白かったよ……」
カノンは微笑みのまま首を横に振った。
「そうか?」
「うん……!」
「ふふふ……カノンさんには分かるんですわね。では、休憩がてら、二人にこれからの予定について話させていただきますわ。まず、今日、休息後にこの小屋を出て、ずっと西に進んでゆきますわ。目的地はノルゼニア王国のお隣の大国家、ノノキア王国ですの。あの国の中のアッシア街なら人の行き交いが激しいですから、様々な情報を入手できるでしょうし、多種多様なおいしい食物も購入できますわ。それに私の大親友があの街に住んでますわ。きっとお役に立ってくれるはずですの。ですが、おそらく本日中に街へはたどりつかないので、野宿という形になりますわね」
「今日野宿するのかあ……」
野宿というものは今までしたことがない。日本と言う豊かな国に生まれたのだから、当然といえば当然なのだが。そしてできれば家の中で、外敵に身を晒すことなく、安心して睡眠を取りたいと思った。だが、今回は時間を無駄にできないのだ。早く仲間の肉体を回収しないと、アリスの言う教会の連中に見つかり、死体は火葬されてしまうかもしれないのだ。
目の前の窓から入り込んでくる射光は少しあかねを帯びていた。カップの中のお茶と同じ色をしていた。そして、羊の群れような雲の大群がそのあかね色の光を受け、血のように染まっていた。今は現代で言うと七時ぐらいだろうか。部屋の中には時計がなく、それは不便だった。
それから今日歩いたとしても、四時間くらいが限界だろう。その四時間でどれだけ歩を進めることができるのか。
血のような空を見て、ふと後ろに安置されている身体が頭に浮かんだ。この身体は一体どうするのだろうか。ここに置いておくのは危険があるかもしれないし、持ち運ぶにしても重くて大変だろう。アリスのアストラルにも限界はあるし……。
「真守、準備はもうできていらっしゃいますか?」
俺がカップの中の液体を体内に入れ、喉を潤していると、アリスが言いだした。
「大丈夫。ティーブレイクが終わったら一刻も早く行こう! けどさ、俺たちの身体はどうするつもりだ?」
「……うん。たしかに、どうしたらいいんだろうね……?」
俺は茶を飲み干し、カップを木の台の上に置いた。コトンという音がした。乾いた音だった。
「その件に関しては大丈夫、問題ないですわ。私たちはあなた方の肉体を、この家に置いたままにしておきますの。死体を外に連れ出していると、死臭に反応する教会の方々に眼をつけられる可能性もありますし。それにこの家は特殊な結界を張っていますから、おそらく見つかることは無いと思いますわ」
確かにアリスが小屋の周囲に張り巡らしていた結界は強力なものだった。
「けど、ここに放置しておくと、軟膏を塗ったとはいえ、腐らないか? 長い間留守にするんだろう?」
「それも心配ご無用ですわ。軟膏の効果が切れだすのはおそらく一週間後ですから。私たちはその前にあなた方の仲間の肉体を全て回収し、転送系の魔法を使用可能な魔女の知り合いでも見つけて、肉体を旅先に送ってもらうつもりですの」
転送系……おそらくアリスの言っていた空間系の魔法のことだ。そう簡単に、最上級の魔法を使える魔女が見つかるのだろうか……? けど、肉体を外に運べないんじゃほか仕方がないだろう。
「うーん、うまく行くかわからないけど、とりあえずそのプランで行ってみようか? 死体を人の多い場所に出すのは危険だとしたら、それしかないのかもなあ」
「……うん、アリスさんがそう言うなら、それで良いと思う」
三人の意見が固まった。二人のティーブレイクはもう終わりを告げている。出発ということだろう。
「じゃあ、そろそろ行くか……?」
俺は椅子から立ち上がり、大きく背伸びをする。床にピンと立っている自分は、ちょうど椅子に座っているカノンの高さと同じくらいだった。
やっぱり小さいなあ。今の俺って。きっと歩幅の小ささで、また苦労をするんだろうな。
「あ、ちょっと待ってくださいまし! 実は出発前にカノンさんに言いたいことがあるんですの」
いつもの甲高い舌足らずな子供っぽい声でアリスは突如、カノンに言う。
「え、何ですか……?」
「……カノンさん。私たちはこれから一緒に行動する仲間ですよね……? カノンさんは真守の大切なお友達ですよね……?」
アリスの声のトーンは先ほどのそれよりも下がっていた。俺はその様子に戦慄を覚えた。悪魔になって、人を殺すことをなんとも思わないような、そんなアリスを感じ取った。
「……うん。そうだよ。私たちは……」
カノンも少し怖じ気づいているようだった。
「では、カノンさん……? 何か出発前に言っておくべきことってありますよね……? 隠さないでくださいまし……?」
「隠し事……?」
「ええ、隠し事ですわ。カノンさん、まだ真守に大切なことを説明していないような気がするんですの。真守と私はざっくばらんに全てを話しましたが、カノンさんはどうなんですか」
「………………」
「あなたの口から言い出したくないのは分かりますわ。真守さんは大切な仲間ですものね。ですが、カノンさんのお口からいう気がなければ、私から説明させていただきますわ……」
一体何のことだろうか。アリスとカノンの二人には分かる、暗黒に包まれた真実が俺の目の前に存在している。
アリスは机の下の引き出しを右手であさり、何かを取り出していた。小さな手にすっぽり収まる、少しざらざらした木の触感。そしてそれは窓からの落陽の光を受け、空と同じ色、茜色に輝いていた。それを持ったアリスの右腕はカノンの左胸へと機敏に伸び、先端の金属が胸を守る肋骨を貫通し、そのまま内部に突き刺さった。俺はアリスの突然の行動をただただ目の前で見取っただけで、止めることはできなかった。
カノンの胸に刺さったのは銀色のナイフ。アリスが握る、木の取っ手から生えた金属がカノンの左胸へと繋がっていたのだ。
「アリスっ! 何考えてるんだ、お前!!」
今起きたばかりの出来事を脳内ですぐさま整理し、俺は大声で叫んだ。
「ふふふ……。ごめんなさいませ。けど、大丈夫ですわ。ちょっとしたサプライズですもの……」
「大丈夫って、サプライズってお前……?」
俺は人間の心臓にナイフを突き刺せば、心臓は停止し、死は当然引き起こされると思っていた。だが、確実にアリスが捉えたはずの傷口からは血――生の象徴――が一滴も零れてはこなかった。
視点をアリスの右手から上へと移すといつものカノンがいた。その表情はどこか悲しそうな、憂いを帯びたものだった。だが痛がっている様子など微塵も感じられなかった。
「アリスさん。やっぱりわかっていたんですね……」
「ええ、当然ですわ。私は魔女。これくらいの分別ができて当たり前ですもの。カノンさんから発される独特のオーラを見逃しませんでしたわ。真守を誤魔化すことはできても、私はそうは行きませんわよ」
二人の間で共有される真実。だが、俺には事情が掴めなかった。
「どういうことだ……アリス……? カノン……?」
「真守くん……ごめんね隠してて……」
「……簡単に言うと、カノンさんは死者なんですよ。ですから痛みを感じず、ナイフを胸に突き刺したとしてもどうってことはないんですわ」
「死者……!?」
信じられなかった。俺とずっと子供の頃から仲良くしてきた幼馴染のカノンが死者だと? いや、そんなわけが無い。彼女は今、動いて、俺と一緒にお喋りしているじゃないか。俺はそう信じたかった。
けど、目の前のこいつは生の象徴を流してはいない。痛みをなんとも思っていない。
ふと思い起こせば、不審な点がいくつもあった。アリスの身体よりもわずかながら冷えた身体。おいしいお茶を口に入れた瞬間見せた不審な様子。やはりこいつはこの世界にやってきて死者となってしまったのだろうか。
「じゃあ、なんでカノンは今こうして動いているんだよ……?」
俺の胸は締め付けられるように苦しかった。
「それは……おそらく偶然なんですわ……。魂が入り込む際に、カノンさんの魂が、ちょうど死を迎えたばかりの肉体を選んだ、これなら納得がいくはずですわ……。実際に魂の転移に関する書物にも、そのような実例が載っていましたわ……」
「そうなのか……? そうなのかっ、カノン!?」
座ったままで、虚ろに前を向いているカノンに俺は問いかけた。
「……たぶん、そうだと思う。ボクが目覚めたとき、最初に感じたのはボクを包む悪寒。太陽は力の限りボクに熱を与えているはずなのに、どういうわけか全身が冷たかった。そして運動を停止した心臓。転んで、傷口ができても、出てこない血液。ボクは今この世界でこうして動いているけれども、死んでいるんだって悟ったの」
カノンは俺に秘め事を話し終えると、胸に突き刺さったナイフを抜き、それをそのままの向きで俺に手渡す。ナイフには肉片が少々ついているだけで、血液はどこにも付着していなかった。
「そう、ボクは永遠の命を手に入れたんだ……。けど、真守くんには言い出しづらかった。だって、ボクが死体なんかだったら嫌気がさしてこない……? 死んだ人間が暖かな生を送る人間とくっついちゃダメって思わない……? このことを言い出せば、真守に嫌われちゃうなんて、ボクは思ったりした。…………今、凄い泣きたい気分なんだけど、涙も出てこないよ……。ごめんね……真守くん……、アリスさん……」
「大丈夫……。カノンが何であれ、俺はカノンの仲間だよ……」
涙を流すような仕草をするカノンを俺は抱いた。やはり体温は俺のものより少し低かった。
一人で悩まずに、俺に早く言ってくれれば良かったのに……。
「ふふ、これで仲間としての団結力が増してきましたわね。敵を欺くにはまず味方からなんて言葉がありますが、それは私は間違っていると思います。仲間として、何より大事なのは信頼。信頼がなければ、仲間なんてものはもろく崩れてしまいますわ」
「確かにそうだな、アリス」
信頼できる仲間。この、未だに理解できない不思議な世界で、俺たちが混乱している今、一番求められているものは信頼なのだ。欺きは全てを崩壊させる危険性を孕んでいると感じる。
「さあ、カノンさんも全てを真守に打ち明けたのですから、悲しまずに前に進むべきですわ!」
そうカノンにアリスは言うと、釜戸の上に置いてある果物を数個、小さなポケットの中へと詰め込む。加えて、巨大な瓶の中に入っている、余った軟膏を別の容器へと移し、それを両手で持った。
「準備はこれでよろしくて? では、はるか東へ向けて出発ですわ!」
外へ出ると、太陽はもう沈み終わり、空は桔梗色に染まっていた。故郷を思い出す空だった。
カノンと俺、二人の肉体を小屋の中に安置したまま、アリス、カノンそして俺は結界を超えて、再び背の高い草原の中へと入り込んだ。