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07 その手が求めるものは

「ミティリア!?」



 突然ぽろぽろと大粒の涙をこぼし始めたミティリアに、ライオネルはこれ以上ないほど動揺する。

 周りで二人の様子を見守っていた騎士達も、湖の水に触れたかと思うとふにゃりと眉を下げ声も上げずに泣き出した少女に、ただただ理由が分からず困惑する。



「どうしたんだ?」



 困惑しながらも、弱弱しく震えているミティリアになんとか声をかけるが、その言葉にもちろん返答はない。

 悲しげに下がってしまった眉と、頬を伝う涙があまりに痛々しくて、ライオネルは泣いている理由は分からずとも、せめてその涙だけでも拭ってあげたいとの衝動からミティリアの頬に手を伸ばす。



 その手が滑らかで真っ白な頬に触れる瞬間。

 ミティリアが弾かれたように後ろに下がった。



(あいあんくろー!!!!!まさかここにきて殺しにきやがった!ご飯もくれたし、もしかして当分は殺されないんじゃないかなーと俺が油断しきった瞬間に息の根を止めにくるなんて、悪すぎる。さすが魔王様だ。あんたすげーよ。お腹が空いて絶望しているところをさらなる絶望に突き落とすとは……俺はこんな極悪非道な奴を倒さなきゃいけないのか?……次元が違いすぎる。無理だ……絶対無理だよ)



 そのまま一歩二歩と後退するミティリアに、伸ばした手を避けられる形になったライオネルは、困惑しながらも傷ついていた。

 やはり、ミティリアも自分を避けるのかと。

 この少女だけは他の女とは違うと思っていたのに。



 ミティリアならば恐れることなく受け入れてくれると勝手に期待したのはライオネル自身であるにも関わらず、身勝手にも傷ついている自分がいる。



「ミティリア……」



 未練がましく名前を呼んでしまう。

 なんて女々しいのだろうかと情けなく思う気持ちと、それでもミティリアに離れて行って欲しくないという強い気持ちが溢れてくる。



 じりじりと後退を続けていたミティリアだったが、すぐにこれ以上後ろに下がることが出来なくなる。



(あ、後ろ湖だった……こんな柔らかい貧弱な足じゃ、魔王様から逃げ切れる訳無いよ。もう俺もここまでかな……こうなったら、最後に魔王様に一泡吹かせてやる!こういう追い詰められた時にこそ、魔法の才能が開花するって昔よく読んでた本とかでは常識だったし!起きろ奇跡!起こすぞ奇跡!見てろよ魔王様、俺の長年の訓練の成果を)



 後ずさりをやめたミティリアが、何かを決意したように前を見据えると、突然ライオネルに向かってとたとたと走り寄ってきた。

 手を避けられたかと思えば、今度は躊躇うことなく近づいてくる姿に、ライオネルは状況を理解することが出来ず固まる。



 そして、次の瞬間ミティリアがライオネルにぽすんと抱きつき、信じられない言葉を紡ぐ。



「しゅきー!」


 

 いまこの少女は何を言った?

 あの可愛らしい唇で、何と言ったんだ?


 言われた本人であるライオネルはもちろんのこと、二人のやり取りを心配そうに見守っていたジェイドや他の騎士達も、誰一人として咄嗟にミティリアの言葉の意味を理解できる者はいなかった。



「しゅきー!」



 ライオネルに抱きついたまま、繰り返されるその言葉。

 長年ミティリアの世話をしていた侍女のメイリィが、ろうそくに火を灯す際に口にしていた言葉は、一般的にこの世界の人間が火の魔法を使用する際に必要な、「主よ熱き炎を」というものだったが、その口調があまりに早かったため、上手く聞き取れなかったミティリアは、大変不幸なことにこれが正解だと思い込んでしまっていた。




 間違いだらけの魔法はいつも通り火を生みだすことはもちろん出来なかったが、ライオネルの顔面を炎のように真っ赤に染め上る力は持っていた。




「なっ……ミ、ミティリア!?君は何を……」



「しゅきー!」



「す、好きって、俺のことをか?」



「しゅき!しゅきー!」



 何度も何度も可憐な声で繰り返される「好き」に、先程まで傷ついて女々しさ全開だったことなど記憶の彼方へと飛んで行った。



 ただひたすらつたない口調で送られる好意の言葉は、シンプルだがそれ故に破壊力も抜群だった。




 その言葉が男女の間で交わされる「好き」だとは、思わない。

 それはいくら女性に常日頃避けられているライオネルでも理解できた。


 言葉が分からないせいもあるが、ミティリアの情緒は幼さが目立つ。

 恐らくエルディーダ帝国の成人年齢である15歳は超えていると思われるが、長い間あの暗くじめじめした地下室に閉じ込められていたのだから、男女の関係性さえも知らないかもしれない。


 

 だから、ミティリアのその言葉は、純粋な好意を伝えるための言葉だ。

 それでも、ライオネルは心の底から喜びが湧き上がるのを感じていた。



 腰に抱きついているミティリアのぬくもり。

 送られる純粋な好意の言葉。

 ただただふわふわと暖かいものだけが、ライオネルを包む。



 生まれて初めて感じる幸せなぬくもり。



「……しゅきー」



(おかしいな、全く魔法が発動しない。……魔王様と一緒に自爆しようと思ったのに。こんな極限状態でも魔法が発動しないなんて……どうなってるんだよ)



 ミティリアが一人首を傾げていると、突然背中にライオネルの腕が回り、強く抱きしめられる。



(うぐっ……捕まえたつもりが逆に拘束された。やっぱりここまでか……空腹のまま死ぬなんて、ああ、止まってた涙がまた……)




 幸せに浸っていたライオネルと、目の前で繰り広げられる羨ましすぎる光景に茫然としていた騎士達が、その虚しい涙に気付くことはなかった。







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