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瀬名さん、誤解です!

「ただいまー」


帰省した実家の玄関をくぐっても誰の返事もない。

平日昼間、真夏のこういう時間に自宅でくつろげる身分の人間は限られる。完全にリタイアしたご高齢の方々か、夏休みの学生か、ぐらいだろう。


僕の父親はサラリーマン続行中。母親は普段は専業主婦なのだけれども、時々思い出したように突然働く。かつて民間企業の総務畑の敏腕女子社員だった頃を思い出して、期間限定のスーパー助っ人パート社員として。


瀬名さんと同じく僕もばあちゃん子でこの実家で同居していたのだけれども、大学に入る前に亡くなった。

割とドライで泣かない僕が、夜布団の中で泣いてたのを今思い出した。


二階の自部屋に荷物をぽん、と放り込み、台所で昼ご飯を作ってみた。ちょうど冷蔵庫にうどんがひと玉あったので焼うどんにした。


出汁だしを入れると美味しいわよ』


と以前瀬名さんが教えてくれたので、小鍋に使う分だけのお湯を入れて煮干しを5匹浮かべる。瀬名さんの指南通り頭とはらわたを取って。出汁が取れるまでの間にフライパンに、しめじ、ハム、油揚げを適当な大きさに切って入れ、軽く炒める。

続いてうどんをほぐしながら入れ、取れた出汁をじゅわー、と麺の上から流し入れた。

炒め続けて水気がなくなったところではたと迷う。


「醤油とソース。どっちにしようか・・・」


淡白、が瀬名さんと僕のキーワードだ。ならば醤油だろう。


出来上がった焼うどんをお皿に盛り、これは外せないだろうと削り節をふりかけた。


「いただきまーす」


と手を合わせ、一口食べてみる。


「あ。美味しい」


僕が自らを褒められることなどこの程度のささやかさだ。でも、食べ物をおいしい、と言って食べられることってなんだかすごく幸せなことだ。


ヴッ、とスマホにLINEが入った。


シホ :麗人れいと、帰ってんでしょ? いつもの場所に集合!


相変わらず一方的な連絡だ。しかも呼ばれて本人が一番気恥ずかしい僕の名前、『麗人れいと』をわざわざ文章の頭に持ってくる。


実家の同じ町内で幼稚園の頃から高校までずっと一緒だった、シホからだった。


うどんの皿と麦茶を飲んだグラスを洗い、自転車で家を出た。


・・・・・・・・・・・


いつもの場所、というのは僕とシホが通った高校の側にある、かつてはお城があった公園だ。城郭はもはや残っていないけれども、ほりに囲まれた広大なスペースに神社、弓道場、体育館、図書館、イタリアンレストラン、なんかが脈絡なく寄り添って建っている。


「おー、来た来た。おひさー!」

「久し振り」

「なになに、それだけー? せっかく幼馴染が愛情溢れる笑顔を振りまいてあげてるのにー」

「明智は?」

「来ないよ」

「え?」

「麗人とわたしの2人だけ。なにかまずい?」

「いや・・・別にまずくはないけど・・・」


2人とも自転車で図書館の前に乗り着けた。暑いのでとりあえずロビーの中に入る。


「麗人、久しぶりだね。東京に染まっちゃってんじゃないの?」

「そんなことないよ。シホは? 大学の方はどう?」

「まあまあだね。地元の大学ってのもオツなもんだよ。とりあえずどっかに知り合いがいるから寂しくないし」

「そっか・・・で、明智とは?」

「別れた」

「え!?ほんとに!?」

「うん。今、フリー」

「いやいや・・・フリーとかいう問題じゃないでしょ」


明智は高校からの友達だった。僕、明智、シホ、というトリオは3年までずっと同じクラスで、朝は自転車で合流して3人で学校に通い、昼は机を寄せ合って弁当を食べ、帰宅部だった僕らは放課後公園の図書館に寄って勉強やら青春を語り合ったりしながら、最後は1年の時から既に付き合っていた明智とシホの2人、僕、という風に解散して帰路に着いた。

僕と別れた後、明智とシホが毎日どういう経路で帰宅していたのかは僕は知らない。


「シホ。僕にとっては明智との友情も大切だ。ヨリを戻すっていう道はないの?」

「ないー」


こんな時まで明るいヤツだ。

まあ、そういうところに明智も惹かれたはずだったのにな・・・


「ねえねえ麗人。慰めてよ」

「え」

「この際、麗人でもいいよ。っていうか、麗人しか思い浮かばない。無条件の友情を今も持ってくれてるのは」

「まあ・・・シホも大切な友達だからね・・・3人揃って会うことはホントにもう無理か」

「うん。ごめんね」


はあっ、とため息をついて僕は切り出した。


「駅地下でも行こうか」


・・・・・・・・・・


人通りはきわめて少ないけれども、僕の故郷のJRの駅には整備されたばかりのささやかな地下街がある。街おこしの施策もあってややお洒落な店や設備がそれなりに入っている。


商業高校の女の子が商業実習でウェイトレスをやってる街カフェ。

マンガ・ライブラリーの設置された休憩スペース。

オフィスにも受験勉強にも使えるレンタルルーム。


僕とシホは本格的なインドカレーの店に入った。


「辛っ!」

「シホ。辛いもの苦手でおまけに猫舌のくせに、なんでここに入りたがったんだよ」

「辛いもの食べてスカッとしたら明智のこと忘れられるかと思って」

「詳しくは訊かないけど・・・あんなに仲よかったのに」

「過ぎ去った過去は振り返らない。ねえ、写真撮らない?」

「写真?」

「ほら、この店のインドの民芸品? かわいーじゃない。象さんの置物もセンスいいし。これをバックに2人で」

「いいよ。恋人じゃあるまいし」


言ってから思い出した。

そもそも僕は瀬名さんとのツーショットの写真を持っていない。

それどころか唯一僕のデータフォルダにある瀬名さんの写真は、ソフトボール大会の時に打席に立つ瀬名さんを何気なく撮っていた作田に頼み込んでメールしてもらったものだけだ。


だから、シホとはいえ瀬名さん以外の女子とのツーショットなど僕には思いも寄らないことだ。


「ほれ、悩んでないで」

「あ、こら!」


シホが僕の座席に回り込み、スマホを取り上げる。そのまま僕の後ろから肩越しに手を回してツーショットを撮影されてしまった。


その間、わずか3秒。


そしてそのタイミングで、ヴッ、とLINEが入る。


「え、なになに。誰から?」


瀬名:気根くん、お疲れ様。もう実家に着いた頃かしら? 虎屋の一口羊羹、ご両親と召し上がってね。お母さまによろしくね。


「瀬名? 女の文章ね。どういうこと?」


ぱっ、とシホがスマホを宙にかざす。


「い、いいだろ、誰だって。返せよ」

「んーにゃ。誰か言うまで返さない」


無理に取ろうとして騒ぐとお店に迷惑がかかる。僕は諦めて自白した。


「一応、彼女だよ。瀬名さんていうんだ」

「え!? ほんとに彼女なんだ!?」

「ほら、返せよ」

「よしよし。じゃあ、最後にこれだけね。ほいっ、と」


目に見えない指さばきで数回タップするシホ。


「よ。送信完了!」

「なっ!?」


奪い取って画面を見ると、さっき撮った僕とシホのツーショットが既に送信され、既読になっていた。


「何すんだよ!」


大慌てで僕は瀬名さんにコメントする。いやいや、何て書けばいいんだ。


気根:瀬名さん、誤解です!


思考能力ゼロの状態でマンガのような王道の文面を追送した僕。


瀬名さんの返信に僕は戦慄した。


瀬名:なにが?


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