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瀬名さん、ごちそうになります

 土曜の朝、瀬名さんからメールが入る。


”ごはん、食べない?”


 当然いつもの経緯から、コンビニ弁当買って、コインランドリーで食べるんだろうと思った。でも、違った。


 彼女の女子寮の前で待っていると、たたっ、と瀬名さんは小走りしてきた。


「あれ、なんか・・・?」

「ん?」

「いつもと感じが違いますね」

「ああ。入学式の時に着て、そのままずっとしまってあったから」


 スーツではない。単なる薄いグリーンの綿のセーターと、グレーのニットのスカート。

 彼女1人がスーツでない恰好で入学写真に写っていた。因みにその翌年の入学式は僕だけがスーツじゃなかった。ユニクロのデニムのシャツにブルージーン。そしてペラペラのハーフコート。その様子を見て面白がって声を掛けてきたのが、瀬名さんと僕との出会いだった。

 その彼女が、”晴れ姿” で今、立っている。


「ちょっと贅沢しようと思って」


 しかも、


「おごるよー」


などと言う。

 ぷらぷらとくっついて歩いて行くと、何のことはない。駅前の暴力団事務所の向かいにあるファミレスだった。


「さ、何でも頼んで」


と、メニューを手渡してくれる瀬名さんの眼は真剣そのものだ。自分のメニュー選びに命が懸かっているかのような空気だ。

 結局、温玉のせベーコン敷きハンバーグセットとドリンクバーにした。確かに贅沢には違いない。

 1名千数百円。普段のコンビニ弁当デート(?)と比べると3倍ほどの金額となる。

 僕はパンを選び、瀬名さんは腹もちがいいからとライスを頼んだ。ドリンクバーではカプチーノをけたたましい音でお代わりし続け、猫舌なのでその傍らにはメロンソーダを随時置いている。


「いいんですか。本当におごってもらって」

「うん」

「どうして?」

「気根くんには世話になってるからね」

「いや、そっちのどうして、じゃなくって、お金、どうしたんですか。普段あんなに貧乏なのに」

「聞きたい?」

「はい」

「じゃ、これ」


 そう言って彼女は10年ほど前のモデルじゃないかと思える細長のウォークマンをイヤフォンをつけたまま、じゃらっ、とテーブルに置く。動作の流れで、僕は耳にイヤフォンを付け、彼女がプレイボタンを押した。

 流れてきたのは、ギター音を模したシンセとドラムマシン、同じくベースもシンセだ。厚みはないが、キーボードらしき音もある。ドラミングがやたらと凝っていて、音の隙間がなく、つい聞き入ってしまった。


「あれ?」


 ヴォーカルが曲に割って入る。


「この声、瀬名さんですか?」

「うん」

「この曲、瀬名さんが?」

「うん。ネットのフリーの作曲ソフト使ってね。無料だから音源は貧弱だけど」


 そんなことない。充分に、ロックしてる。特に瀬名さんの歌も、歌詞もいい。冷めてて、でも芯に熱があるというか。なまあったかい、とか言ったら怒るだろうけれども。


「すごいですね。かっこいいなあ」


 お世辞でもなんでもなく、こんなことができる瀬名さんが、純粋にうらやましいとさえ思った。


「小学校の頃からずっとこういうのやってみたかったんだよね。でも、今みたいにフリーソフトが出回ってなかったから」


 やっぱりお金なんだな、障害は。


「それで?」

「うん。Dutyって知ってるよね」

「はい」


 有名どころのバンドが軒並み契約してるメジャーレーベルだ。


「Dutyのサイトにデモ音源投稿できるんだけど、これをアップロードしたらメールが来てね」

「へえ!」

「写真データを送れって言うんだよね」

「写真?」

「うん。胸から上と全身と。わたし、自分の画像をネットで遣り取りしたくないから、”嫌です”って返信したら、じゃあ一度会社に来て、って」

「ほう!」


 つまり、興味を持たれた、ってことだろう。


「んで、行ったのね。そしたら、担当の人から、立って歩いてみて、とか、ちょっとこっちの角度から顔見せて、とか言われて」

「うん、うん」

「それから、”楽器は何ができる?”って訊かれて。”ソプラノ・アルトリコーダーと、ハーモニカです、って答えた」

「それだけ?」

「うん、それだけ。ごくろうさま、車代です、って5千円札1枚貰って帰って来た」

「・・・」

「それっきり」

「そうですか・・・」


 一応、僕の彼女なので、容姿ルックスの問題とは解釈しないようにした。



 月曜。課題データの手直しがしたかったので、キャンパス2FのPCルームへ行った。


「あれ?」


 瀬名さんだ。おはようございます、と声を掛けると、何やらPCに向かって作業してる。


「何、何?」


と、覗き込むと、縦になった鍵盤とフレーズを位置取るブロックがモニターに映し出されている。僕も見たことがある。これが作曲用のフリーソフトだ。


「学校でやってたんだ?」

「うん。わたし、スマホしか持ってなくて、PCないから」


 いつもながら、何がしか作業する時の瀬名さんは真剣そのもの、というか、命までとられかねないかのような鬼気迫る表情だ。


「瀬名さんはどうなりたいの?」

「ほんとはバンドやりたかったんだよね」

「え」

「でも、わたしの性格上、セルフコントロールしたいというか。曲も詩も自分のやりたいように作りたいんだよね」

「ああ、なんとなく分かります」

「そしたら、これは恰好のツールだよね、やっぱり」

「それは分かりましたけど、またデモ曲投稿するんですか? この間のもいい曲だったとは思いますけど」


 暗にデビューはあり得ない旨、伝えてみる。


「作らずにはいられないんだよね、なんていうか」

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