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瀬名さん、オールはつらいです

夜勤を徹夜の一種とすれば僕は瀬名さんには到底かなわない。


けれどもそんな僕も時折徹夜せざるを得ない事態に陥ることがある。


「間に合わない・・・」


アパートで座卓に向かい、キーボードをタッチしてはデリートする動作を何回繰り返しただろう。


社会人として実務知識の習得にも淡々と取り組む瀬名さん。


そんな彼女を見て2年生ながら他大学の倫理学のゼミに参加し始めた僕。

あの『カラマーゾフの兄弟』を課題に出した准教授のゼミだ。


彼の本業の勤務先は御茶ノ水にある私立大学。僕の大学へは非常勤講師として講義しに来ている。


御茶ノ水だから僕のバイト先とも瀬名さんのホテルとも近い。ゼミは週一の夕方からで単位取得の大学間連携適用もあり、なによりも瀬名さんに負けないように頑張らねばという気持ちから履修を決めた。


けれども、これが非常にハードだ。


ゼミ当日の今日、完徹してレポートとパワポの作成をなんとか終えた。

午前は自分の大学の授業に出て午後からは山見書店のバイト。

終わったらその足で私立大学に向かう。


それも終わったら、瀬名さんと老舗ホテルのロビー喫茶店で待ち合わせている。


・・・・・・・・・・


「気根くん。これからゼミの打ち上げやるけど、どうする?」

「あの・・・この後人と待ち合わせてるので」

「もしかして、彼女?」

「え。まあ、そうです」

「わー、見てみたいー。スマホに写真とかないの?」


ゼミが終わり、唯一2年生の僕は3・4年生と大学院生の先輩方から声をかけられた。

2年生で他大学だから物珍しいだけじゃない。

男子学生は僕だけなのだ。


そしてもう一つ気づいたことがある。


よく考えたら僕は瀬名さんの写真を一枚ももっていなかった。


「えー。なんか、すっごい淡白」

「気根くーん。そういうのは男の子の方から切り出さないと。写真撮らせて、って」


准教授もようやく男子仲間が1人できてはしゃいでいるのかこう付け足した。


「気根くん。もしよかったら彼女さんも打ち上げに誘ってあげたら?」

「え。いや・・・それは・・・」

「そうしなよ。見たい見たい」

「彼女さんを取られたりとかって心配なら無用だよ。見ての通り、男が僕と気根くんだけじゃ合コンにもなりようがないから」


・・・・・・・


意外なことに瀬名さんは2つ返事でOKだった。

仕事上がりの瀬名さんが大学のすぐ裏にある居酒屋に合流した。


「瀬名と申します」


簡潔に自己紹介する瀬名さんを先輩方が一斉に囲み取材する。


「へー。社会人なんですかー」

「すっごーい。大人ですねえ」

「気根くんはマメですかあ?」

「どんなところでデートしてるのー?」


際限がなくなりそうになってきているところを准教授 が割って入る。


「こらこら皆さん。いっぺんに質問したら瀬名さんがびっくりしちゃうよ。順番に順番に」


これも何か変な差配だけれども、ちょうどいいタイミングと瀬名さんはバッグからA4の紙を1枚取り出した。


出た! 必殺、レジュメ持参!


と思ったけど違った。


「それ、なんですかー?」

「これは職場の紹介シート・・・わたしの名刺のようなものと思ってください」


そう言って瀬名さんは紙を掲げてテーブルの面々を一覧した。


「わたしのホテルはビジネスマンのお客様だけでなく東京観光、冠婚葬祭等で上京される方のプランも各種揃えております。最近人気なのは『早朝皇居ランツアー』」

「えー。どんなんですか」

「はい。ランニングの経験はないけれども皇居ランをやってみたいというお客様向けに、シューズやウェアをお貸し出しして、手ぶらで来られるようにしています」

「でも、シューズの使い回しってなんか抵抗あります」

「はい。ですので、サイズに合わせたインソールだけはお買い上げいただいてそれを交換して履けるようにはしております」

「なるほど」

「あとはバックパッカーの方のためにツインの相部屋となりますが格安料金プランもあります。ところで皆さん弟さんや妹さんはおられますか?」


そう言って瀬名さんはみんなに挙手を促す。


「いるいる。わたしなんか双子の弟で来年ダブル受験」

「受験生の皆さんの宿泊プランも手厚くさせていただいています。お友達と2人以上で2部屋以上まとめてご予約いただけると、その内のどなたかが当日キャンセルされてもキャンセル料は一切いただかないシステムです・・・」


なるほど。すんなりOKしてくれた理由がわかった。

でも、どちらかというとこういうことが苦手だと思ってたのに、なんともまあ如才なく営業活動をこなしている。


「ちょっと気根くん、彼女さんのプレゼン聞いてる?」

「え。あ・・・はい」

「瞼が落ちかかってるよ。寝てないの?」

「実は、徹夜して課題を・・・」

「うわー。確かに一般授業満載の2年生じゃきついかー」

「無理しないでねー」


ダメだ。なんだかみんなの声が段々遠くなってきた・・・・


・・・・・・・・・


「痛っ!」


顔を上げた瞬間、ガン、とぶつかり、それから頭を落とすと、ぽふっ、という感触が左耳にあった。


「あ、気根くん、大丈夫?」


どういう状況だろう。

天井のLED照明を逆光に瀬名さんの顔が僕の真正面にあるということは・・・


がばっ、と今度こそ飛び起きた。


「あれ? えっと・・・」

「みんなもう帰っちゃったわ。門限とか厳しい子が多いそうよ」

「あ、そうですか・・・それで、僕は今何に頭を乗っけてたんですか?」

「何ってモノみたいに言わないで。わたしの膝だけど」

「うわ・・・すみません!」


よく見ると瀬名さんは珍しくスカートで、おそらく僕の頬は直に肌に触れていたはずだ。


「あ、気根くんが嫌がるだろうと思ってちゃんとハンドタオル敷いてたから」

「あ、そうですか・・・」

「別に膝まくらぐらいでそんな驚かなくても」

「いや、でも・・・」


なにせ公式には僕らのスキンシップはたった一度手を繋いだだけなのだ。

非公式には頭髪ぽんぽんもしたけど。


「気根くんてそういうところがかわいいよね」


かわいい? なんだろ。らしくないなあ・・・

もしかして。


「あの、どのくらい飲みました?」

「うん? ビールを3杯」


なんだ。別に大したことない。


「を5セット」

「え?」

「それからレモンサワーと紹興酒を少々」

「少々、ですよね」

「うん。少々をちゃんぽんで」

「・・・なんでそんなに飲んだんですか?」

「だって、あの子ら気根くんを狙ってるんだもん!」

「へ?」

「あの子ら今時のフリしてすごい真面目でさあ。『気根くんなら結婚相手として無難ですよねえ』だって」

「全然嬉しくない物言いですね」

「とにかく気根くんをマークしてるんだよ! やってらんないわー!」

「あの。嫉妬してくれてるんですよね?」

「あーもう! 根気こんきくん!」

「気根です」

「気根くん! カラオケ行くよ! オールついでにもう一晩完徹だあ!」


その言葉を最後に瀬名さんの意識がぶつっ、と途切れた。


「え? ちょっと、瀬名さん?」


爆睡、してる。


瀬名さんにこういうバリエーションもあったとは。

まあ、ちょっとかわいかったけど。


でも、瀬名さん。


僕はやっぱりオールに向いてないです。


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