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瀬名さん、青春ですね

「気根くん、ちょっといい?」


瀬名さんからLINEが入ったのが夕方だった。


今日はいわゆる三交代の「朝晩」というシフトらしい。

早朝から夕方までの勤務が終了し、なぜか待ち合わせ場所として瀬名さんから指定された東京駅八重洲の地下へと向かった。


「ごめんね。気根くんもバイト上がりで疲れてるのに」

「いいえ。どっか入りましょうか」

「うん」


2人で地下街のややはずれまで離れた喫茶店に入る。今時珍しく全席喫煙可能な昔ながらのお店だった。


「ねえ、気根くん。ちょっとアルコール入れてもいいかな?」

「え・・・いいですけど、珍しいですね」

「じゃあ、オーダーするね。すみませーん、ビールをグラスで2つ。それと、ミックスサンド。ピクルスおまけってしてもらえます?」

「いいですよ、かしこまりました」


ウェイターさんがカウンターに向かってオーダーする様子を見ながら、僕は訊いてみた。


「瀬名さん。何かあったんですか?」

「ううん。いえ・・・やっぱり、ううん」

「瀬名さん・・・僕は瀬名さんの心の支えじゃなかったんですか」

「もちろん、気根くんはわたしにとって大事な人。心の支え」

「じゃあ、話してくださいよ」

「あのね・・・」


運ばれてきたビールを2人してカキン、と乾杯してから瀬名さんはゆっくりと語り始めた。


「降格されそうなんだ」

「降格?」

「主任になったって言ってたでしょ」

「ええ。偉くなったんですよね」

「そんなに偉くはないけど、それなりに色々任せてもらえて、仕事も面白かったんだよね。でも、この間辞めた人の後に別のホテルで経験のある人が転職してきてね」

「はい」

「それで、その人がわたしの代わりに主任をやった方がいいんじゃないか、って。まあ確かにわたし自身もその方がいいのかな、って気がするんだけど」

「うーん」

「お客さんへのサービスを第一に考えたらスキルのある人がやった方がいいよね」

「瀬名さんはそれでいいんですか?」

「いいか、って訊かれたらよくはないけど、組織だから・・・」

「瀬名さん、どうして欲しいですか」

「え?」

「今日は瀬名さんのやりたいことにお付き合いしますよ」

「・・・ありがとう。じゃあ」

「はい」

「本屋さん、行っていい?」


・・・・・・・・・


結局喫茶店ではビールを一杯ずつ飲んだだけで店を出て、八重洲ブックセンターに向かった。


「いいんですか、ただ本屋さんに来ただけで」

「うん。ここに来たかったから東京駅集合にしたの」

「へえ。神保町にもいっぱい本屋さんあるのに。瀬名さんはここがお気に入りなんですか?」

「ちょっと電車に乗って自分の街を離れたかったっていうのと・・・あと、子供の頃お墓参りに東京に来る時、必ず寄ってたから」


2人でエスカレーターを登りながらそれぞれのフロアのジャンルを識別する。瀬名さんは、「ここ」と言って文芸のフロアに僕を誘った。


「瀬名さんからマンガはいっぱい借りましたけど、小説なんかも読むんですか?」

「読むよ。青春小説とかすごい好き」

「え。ちょっと意外ですね。じゃあ、何か一冊プレゼントしますよ」

「え、いいよいいよ。学生なんだから気を遣わないで」

「そんなこと言わないで。じゃあ、一緒に選んで、読んだら僕にも貸してください。それならいいでしょう?」

「うーん。じゃあ、ご厚意に甘えるね」

「じゃあ・・・青春小説ですね・・・僕が苦手な分野だなあ」

「気根くんは青春真っ只中じゃない」

「それを言うなら瀬名さんだって」


僕らは文庫本のコーナーをくるくると周った。


「あ、これなんかどう? 『自転車に乗るわたし』だって」

「へえ。全く見たことのない作者ですね」

「えーと・・・」


そう言って瀬名さんは裏表紙の紹介文を読み上げる。


「好きだった人の生まれ変わりかもしれない男の子と『自転車友達』になるわたし・・・恋愛ものみたいだね」

「へえ。確かに表紙のイラストも青春ぽいですね」

「気根くん、これ買って」

「はい。これにしましょう」


僕はレジでブックカバーをかけてもらったその文庫本を瀬名さんに渡した。


「ありがとう」

「いいえ。よく考えたら僕が瀬名さんに初めて上げるプレゼントですよね」

「ふふ。ほんとだね。嬉しい」


にこっ、とする瀬名さん。


「瀬名さん、少しは気分が晴れましたか?」

「うーん・・・曇り・・・ぐらいかな」

「あ。じゃあ、さっきまでは?」

「土砂降り。だから随分と改善したよ。気根くん」

「はい」

「好きだよ」

「・・・僕も、好きです」

「じゃあ、大好きだよ」

「え・・・と・・・その」

「ほら、躊躇しない」

「僕も、大好きです」

「青春だねえ」

「青春ですねえ」

「キスしよっか」

「いえ・・・その・・・まず、手をつないでからにしませんか」

「ぷっ」

「おかしかったですか」

「うん、おかしい。でもわたしたちらしい」


そう言って、瀬名さんのほうからきゅっと手を握ってきた。


「少し歩こうよ」

「はい。少し・・・」


僕と瀬名さんは初めて手をつないだ。


そして、春の香りが漂う東京の夜を、並んで歩いた。


できれば、ずっとこのまま歩いていたい。


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