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瀬名さん、カッコいいです

瀬名さんとの久しぶりのデート。


場所はホテル。


いつの間にそこまで進展したのか? などと思われるかもしれないけれども、まあ、お聞きいただきたい。


・・・・・


コンコン、とノックの音がする。


僕はむくっ、とベッドから起きあがり、ドアチェーンの隙間から相手を視認した。


「どうぞ」


僕がチェーンを外して声を掛けると、するっ、という感じで瀬名さんが部屋に入ってきた。


「おはよう。よく眠れた?」

「ええ。ぐっすり。ちょっと異音はしましたけど」

「異音?」

「はい。換気扇かなあ? ユニットバスの所からカラカラ、って感じで」

「あ、換気扇調子悪いのかな」

「そうかもしれません」


ホテルの一室での密会。

の割には話がやたら実務的で無味乾燥としてるのはいつもの僕ららしい。


「で、どうしよっか」

「どうするって・・・」

「ベッドがあるねえ」

「ええ、そりゃそうでしょ。ホテルなんですから」

「はー、疲れちゃった。ちょっと横になってもいい?」


そう言って瀬名さんは僕が寝ていた抜け殻のようなシーツの上にぼふっ、と勢いよく寝転がった。


「あ・・・ちょっと」

「ん? 何?」

「いやその。ちょっと汗臭いかも」

「ん? そんなことないよ。気根くんのいい匂いしかしないよ」


そう言って瀬名さんはシーツに顔を押し当て、すーはーすーはーという感じでうつ伏せのまま深呼吸している。


ちょっとだけかわいいと思った。


答えようのない僕は照れ隠しのため背もたれ椅子に腰を下ろして窓の外を眺めやる。


「気根くんもおいでよ。一緒にごろごろしようよ」

「いや・・・それはまずいでしょ」

「恥ずかしいの?」

「いや、そういうことじゃなくって・・・」


僕がもじもじしていると瀬名さんは、よっ、という感じで勢いよくベッドから起きあがり、カーペットの上にとっ、と降り立った。


「わたしもこんなカッコでいちゃつくほど非常識じゃないから安心して」


瀬名さんはきれいにアイロンのかかったワイシャツを着てこれまた折り目正しい黒のパンツにサスペンダー、茶のローファー。


そして、ワイシャツの襟元には黒の蝶ネクタイを締めている。


そう。


彼女が着ているのはこのホテルの制服。


神保町の三省堂の交差点からお茶の水駅に向かって登る坂の途中にあるビジネスホテルの男女共通のスタッフ用制服。


ご両親が自己破産した流れで大学を辞め、このホテルで彼女は働き始めたばかりだ。

スタッフの福利厚生のために閑散期に身内の宿泊割引制度があるのだ。割引の残りの金額は、


「わたし、一応社会人だから」


と、学生の分際の僕のために出してくれた。


ちなみに僕のことは、弟です、と説明してあるらしい。


そういう状況で、夜勤明けの彼女の『職場』でいちゃつくなんてわけにはいかない。

もっとも僕と瀬名さんはいちゃつくどころか手すらつないだことがないので。


「じゃ、モーニング食べに行こうか」


そういう彼女に僕はちょっとだけサービスしてあげようと思った。


「瀬名さん」

「なに」

「その・・・カッコいいです・・・その制服」


ふふっ、と笑って彼女が言う。


「『かわいい』じゃないんだね。気根くんらしい」


・・・・・・


「一応バイキングなんですね」

「まあね」


制服からいつもの何の絵柄かわからない幾何学模様のようなプリントがされたTシャツにボタンを止めないデニムのシャツを羽織りブルージーン。そして実用性のみを追求したスニーカーという見慣れた瀬名さんと並んでビュッフェに並ぶ。

違和感を感じた僕は素直に口に出してしまった。


「・・・スクランブルエッグ、目玉焼き、卵焼き、ゆで卵・・・なんですかこれ?」

「よく見て。ハムもあるでしょ」

「確かにそうですけど・・・」


まあ、サラリーマンの出張旅費に合わせた宿泊料金設定ならばこれが限界なのかもしれない。バターロールとクロワッサンがあるだけまだマシなのかも。


テーブルでひととおりおかずを食べ終えてコーヒーを取って来ようとすると瀬名さんから止められた。


「ちょっと待って」

「え、なんですか?」

「コーヒーは今はやめといて」

「?」

「いい所連れてってあげるから」


なんだろ。


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