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雨の丘に咲く花は

作者: 椅子寝

誤字脱字があるかもしれませんが、大目に見てくださいな。

 とある街があった。大きいとも小さいとも言えないような街があった。そして都会でもなければ田舎でもない街なのだ。


 その街に急な雨が降った。この近辺はよく雨が降るところだったので、大して驚くことではない。


 街の大通りには色とりどりの傘が咲き乱れ、ユッサユッサ揺らしながら動いている。そんな中、赤い傘を咲かさず、蕾のままを握って走る少年がいた。しかし街の誰もがその少年に「傘を咲かしてみればどうだろうか?」などとは言わない。


 それどころか少年を見ると誰も彼もが笑い出した。ザーザー降る雨の中、ゲラゲラ笑う人々に少年は目もくれずに走り続けた。握られた傘はリレーのバトンのように、また自動車のシリンダー内部にあるピストンのように往復運動を繰り返す。


 そんな少年を見た隣街の老人が少年を呼び止め、尋ねた。


「少年、なぜその傘を咲かせない?」

「それだと遅いからです」


 少年の即答に老人は不思議な表情を浮かべるも、少年はすぐに街の外れにある小さな丘を目指して走り出す。


「このままじゃ間に合わない。このままじゃ間に合わない」


 少年の顔は雨足が強くなるに連れて険しくなる。そこへ街で綺麗な馬車を操る髭の男が少年の横を並走する。


「少年、急いでいるなら乗っていきなさい」

「ありがとう。ありがとう。是非乗らしてもらいます」


 少年は慌てて馬車の後ろに下がり、走り続ける馬車に飛び乗る。すると中には貴婦人がいた。


「少年、どこへ行くのです?」

「丘まで行くんです」


 濡れ鼠になっていた少年にハンカチを差し出した貴婦人は驚いた表情を浮かべたあと、口元を手で隠し、クスリと笑った。


「それは急がないといけませんね。馬の速度を上げなさいな」

「婦人、速度を上げると揺れますぞ?」

「構うものですか。いいから上げなさい」


 貴婦人の言葉もあり、馬車はガタガタと揺れながら速度を上げていく。するとそれに合わせて雨足がさらに強くなる。少年は今にも泣きそうな顔をするも、貴婦人に渡されたハンカチで顔を拭い、馬車の正面に捉えた丘を凝視した。


「ダメですダメです。門の前が混んでやがる」

「ありがとうございます。ではここで下りて後は走りますとも」

「ではこの傘もあげます。きっと役に立つでしょう」


 髭の男が前方の様子を叫ぶと、少年は貴婦人にハンカチを返し、代わりに貴婦人の綺麗な白い傘を受け取った。


「ありがとうございます」

「いえいえ、頑張ってくださいね」


 馬車を飛び出した少年は必死になって駆けた。前にズラリと並ぶ馬車の横を抜け、門まで辿り着く頃には肩で息をしていた。


「門兵さん門兵さん、どうか僕を先に行かせてください」

「少年、傘も咲かさず、どこへ行くのだ?」

「丘です。丘です。急がないと」

「丘か。ならば通れ。これも持っていくといい。きっと役に立つだろう」


 門で通行証の確認をしていた若い門兵は少年に自分用の黒い傘を渡し、被っていた帽子を「見てないぞ」と言わんばかりに深く被り直す。その隙に少年は傘を3本抱えて門を抜けた。


「おい門兵!俺の馬車が先じゃないのか!」


 次に待っていた馬車に乗るよそ者に門兵はニコリと笑う。


「なんのことだろうか?私は何も見ていない。何もしていない。したことと言えば、街の少年に傘を渡しただけだ」


 門兵は走り続ける小さな背中をチラリと見、また笑った。


「急がなきゃ急がなきゃ」


 少年は道なき丘を駆け上がり、その頂上にある大きな木を目指した。途中、何度も何度も濡れた草に足を滑らし、服は泥に塗れながらも、必死になって上った。そして大きな木の下に来ると、グルリと木の反対側に回り、そこで門兵からもらった黒い傘を咲かせた。


「良かった良かった。どうにか間に合った」


 少年が咲かせ、置いたところには一輪の赤紫色のペチュニアの花があった。雨に弱いその花はなぜか雨の多い街の近くで可憐に咲いている。それは少年が雨の降る度に傘を持って行くからだ。少年が走ってきたのはそのためである。


「良かった良かった」


 少年が満足そうに頷くと、ふとそのペチュニアからちょっと離れた場所にある赤紫色の花に気がついた。それは間違いなくペチュニアだった。少年が来た時はいつも一輪しかなかったペチュニアがもう一輪、花を咲かせたのだ。


「ならば傘を置いてあげねば」


 少年は貴婦人からもらった白い傘を咲かせ、新しいペチュニアを雨から守る。二輪ともとても綺麗な花を咲かせ、丘に吹く風にユラユラと嬉しそうに揺れる。


「良かった良かった。本当に良かった」


 少年は他にペチュニアがないことを確認すると、少年自身の赤い傘を脇に挟み、慣れた手つきで大きな木に登っていく。そして最も高いところのすぐ下からは丈夫な横枝が生えていたので、そこに少年は座る。そこから見えたのは少年たちの暮らす街だった。


 丘の上から見下ろした街は大勢の人々が傘を咲かせたため、まるで小さなお庭に色とりどりの花が咲き乱れるように見えた。それが少年の最もお気に入りの景色だった。


「そうだ。僕も傘を咲かせてみよう」


 少年は大きな緑色の木の上で真っ赤な傘を咲かせた。それは決して本人には見えない光景で、また街の人々にも見えない光景だが、少年が咲かせた真っ赤な傘はペチュニアのように可憐に咲いた。


 ~~~

 とある街があった。大きいとも小さいとも言えないような街があった。そして都会でもなければ田舎でもない街なのだ。


 その街に急な雨が降った。この近辺はよく雨が降るところだったので、大して驚くことではない。


 しかし少年が真っ赤な花を咲かせてから、数十年後、街の老若男女を問わず、大勢の人々が丘に向かって走り出し、その丘に咲き乱れるペチュニアの花の上で別の花を咲かせた。


 晴れの日はペチュニアの鮮やかな色が丘を埋め、雨になると丘には別の色とりどりの花が咲き乱れた。


 今日はその丘にどのような花が咲くのだろうか。

如何でしたか?感想やブックマーク、評価等は随時大歓迎です。


ペチュニアという花について、あまり詳しく書けなかったのですが、ペチュニアは雨が降ると花びら同士がくっついちゃったり、酸性雨なら花びらにシミができるんです。日本ではツクバネアサガオとか言ったかな?


この手の作品は初めて書いたのですが、良かったら他の作品も読んであげてください。ただし、この作品みたいな温かみはありませんが…

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