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シーズン  作者: 神崎みこ
2/4

彼の場合


「何機嫌の悪い顔してんの?」

「あ、いや、なんでもない……」


行けないと思っていたスキーに来ることができた。なのに、どういうわけだか、気分が浮上しない。

なぜだろう、と考えていたら彼女からメールがきていないせいだと気がついた。

ともかく体を動かす事が好きな自分は、ボディーボード、スキー、野球にサッカーと年がら年中外で動き回っている。そんな生活をしていれば、おのずと彼女と会える日は限られてくる。

そんなめったにない日はとても貴重で、思いきり彼女と濃密な時間を過ごすようにしている。たまに会うからいつも新鮮でいられる、というのも彼女との関係が長続きしている理由かもしれない。最初のうちは彼女も俺に付き合って行動していたけれど、もともとあまり体を動かす事を好きじゃない彼女は、段々と誘っても「うん」とは言わなくなっていった。

最近では、彼女が参加することはほとんどない。試合などは見に来て欲しい気持ちがあるものの、彼女に対する女性陣の冷え冷えとした空気には、俺ですら辟易するのだから無理もない。あいつらがどうしてあんな態度をとるのかが理解できない。閉鎖的な性格の連中が、たまたま集まってしまったのか。一対一で付き合う分には、それなりに気のいいやつがそろっているというのに。

おまけに、男どもが注意したところで平気な顔をして嘘をつく。自分達は裏の顔がばれていない、なんて思っているらしいが、そこまで俺たちは馬鹿じゃない。ただ、彼女のような立場の人間が絡まなければ、付き合いやすい連中だからそのまま放ってあるだけだ。


 会う機会は少ないけれど、いや、だからなのか彼女はマメにメールを送ってくれる。とても短い文だけど“体に気をつけて”とか“寒くない?”とか俺を気遣う言葉に溢れたそれらは、いつも画面を見ながら顔がにやつくことをやめられないぐらい嬉しいものだ。

だけど今日に限ってそのメールが一通もきていない。

おかしい、と思っても仲間の手前なかなか電話をかけることもままならない。

やっと抜け出せたものの、肝心の電話はちっともつながらない。どれだけ掛けなおしても電源が切られているらしく、留守番サービスにつながるだけだ。

こんなことは初めてで急に不安になる。

もっとも、こういう場所からメールはおろか電話をしたこともほとんどないから、比べ様がないのだけれど。


「なにしているの?」

「……いや、なんかケータイがつながらなくて」

「ふーーん、彼女?」


明日もガンガンすべる予定だから、あまり大量には飲んでいない。それでも、ほろ酔い加減になっているメンバーの一人が絡んでくる。一年生の頃からいるメンバーで、もう三年は一緒にスキーをやっている。


「前は来てたよね、彼女」

「あーーー、うん。まあ」


理由もなくこなくなった彼女に、当初は色々詮索をされたけれど、今はこうやってその存在を覚えていることの方が珍しい。

少しだけ違和感を覚える。


「なんか、つきあいの悪い子だったよねぇ」

「そうか?あんなもんじゃね?初めてあったメンバーだし。あんまり運動が好きってわけでもないから」

「そもそも、あの程度の腕前でサークルについてくるっていうのもねーー」

「うちはがっつりした体育会系の部活じゃないんだし、色々なレベルの人がいたっていいだろう?それにお前だって最初はへたくそだっただろうが」

「サークルまで押しかけてきて、そんなに一緒にいたいのかしらって言ってたんだよね」

「俺年中外でてるからそうでもしないと一緒にいられないんすよ」


妙に棘棘しい言葉の羅列に、こちらも険を含んで応えてしまう。

本当に、こうやって彼女が絡むとメンバーの、特に女性達から含みのある言われ方をする。彼女の何が気に入らないのかわからないけれど。

これは俺の彼女だけではなく、他のメンバーの彼女に対しても同じことで、仲間内で固まっては他者を排除しようとする傾向にある。それが全ての原因とは言わないけれど、あっけなく振られてしまった野郎や、サークルそのものを辞めていった連中も多い。


「つーかさ、何が気に入らないのか知らねーけど、仲間の彼女に意地悪すんのはやめてくんねーかな?」

「意地悪って、別にそんなんじゃ」

「だったらいちゃもん?」

「な!!なによそれ。私たちはただサークルの規律を正そうと!」

「てゆーかさ、規律ってなによ。これって誰が入っても出てもいい緩やかーーなサークルっしょ。それにあんたらは俺らの彼女でも母親でもねーんだから、余計な口出ししてんじゃねーよ」


酒の手伝いもあってか思いっきり本音が炸裂している。前前から苦々しくは思っていたけれど、自分が考えている以上に溜まっているものがあったらしい。

絡んできた女は、顔を真っ赤にして怒りを表している。ここまであからさまな反応をみると、かなり図星を指したらしい。ぐちゃぐちゃ言ってきたのも、当然俺が同意するものと思っていたのかもしれない。自分達の方が俺たちのことを良く知っているとでも思っていたのか、思い上がりも甚だしい。もっと早くこうやって言っていれば良かったのかもしれない、小さな不安とともに一瞬後悔とすら思える言葉が浮かんでくる。

色々な思いが混じったまま、子犬のように吠えている女から離れる。彼女以外の女の機嫌をとるほど俺は優しくはない。


もう一度ケータイをつなぐ。

再び聞こえてくるのは伝言サービスの案内。

なんとなくだけど、彼女との縁が切れかかっているようで突然不安になる。

そんなことはない、と。言い聞かせるほどその思いは増していく。

何かが手のひらからすべり落ちていく感触。だけど、俺一人ではここから帰ることもできない。結局明後日にならないと彼女のいる街には帰りつかないのだ。



初めて待つことしかできない辛さに気がついた。

不安は、消えない。





 つながらない携帯は、街へたどり着いてもつながらないまま。固定電話のない彼女には、他に連絡手段がまるでない。不謹慎な時間だけれど、彼女の知り合いに連絡してみれば、彼女の様子がわかるかもしれない。そんな希望を抱いて、アドレスを探そうとする。だけど、彼女と俺の共通の知り合いなどまるでいないという事に気がついてしまった。

彼女の友達は、俺の友達ではない。

また逆に俺の友達は彼女の友達ではない。それは当たり前のことだけど、それでも一人も彼女の友人関係に思い当たることができない、というのは、三年も付き合ってきたにしては不自然なのかもしれない。唯一思い当たることが出来る人間は、常に不機嫌そうな顔をして俺の顔を眺めていた。その彼女にしても、電話番号は愚か、名前すら覚えていない。


「どうしたんだよ……」


呟いた言葉に、返事を返してくれる人はいない。

彼女の家へ押しかけていって、理由を問えばいい。

なのに、いつもなら出来る行動も、今日は躊躇われる。なんとなく、理由を聞いてしまうことが恐いのかもしれない。連絡が取れない不安よりも、理由を突きつけられる恐怖の方が勝っているのだ、きっと。

今更ながらに、彼女が訴えてきた言葉が耳元に蘇る。

もっと一緒にいたいと言ったはじめの年。

せめて月に一度くらいは遊ぼうねと言った二年目。

何かを言いたそうにしては、全ての言葉を飲み込んでしまっていた三年目。

わかっていて全てを見なかったことにしたのは俺自身。

気がついてしまえば、元には戻れないのかもしれない。




 躊躇いながらも授業が終わってから、彼女の姿を探す。

朝一でやろう、昼にはやろう。そうぐずぐずしながらも、今の時間になってしまった。先延ばししたいのかもしれない。

あちこち歩きながら、ようやく探し当てた彼女に、ほっとしたものの、妙な緊張が走る。


「おい!」


訳もなく、びくついた心を隠すため高圧的な態度に出てしまう。彼女とその友人は、一瞬顔を顰め、おまけに友人の方には、あからさまに軽蔑した眼差しを送られてしまう。


「何か用?」

「用って、電話通じないし」

「あら?珍しい。というか初めてじゃない?休日に電話してくるなんて」


抱いていた不安を見透かしたように、彼女の返事には棘が含まれている。今までにも幾度か喧嘩じみたことはしたけれど、こんな風に切って捨てるような言い方を彼女はしたことがない。不安が加速していく。


「そうじゃなくてさ、どうして通じないんだよ」

「別に、話すことないんだからいいじゃない」

「や、だから、そうじゃなくって」

「携帯替えただけよ、ただ単に」


思ったよりも単純な理由に肩透かしをくらった気分を味わう。そう、きっと携帯を風呂場になんか落としたのだろう。だから、俺にも連絡が取れなかったに違いない。先ほどまで渦巻いていた不安を払拭させるべく、なるべくおめでたい方向へと思考を持っていく。それにつられて気分の方も向上していく。


「ああ、壊れたのか?だったら番号を」


その次に、出てくる言葉は温かい肯定の言葉だと思っていた。だけど、彼女から齎されたのは「教えない」というあっけない拒絶の言葉。思わずかっとなって、彼女を無理やり連れ去ろうとする。


頭に血が上った俺は、無茶苦茶なことを口走っていた。そんな俺に彼女はあくまで冷静に、俺たちの関係の終わりを告げる。

あっけなく、彼女は俺の前から去っていく。


何も言えない。


誕生日すら覚えていなかったのかと、そんな言葉を突きつけられて、言い訳を並べられるほど厚顔じゃない。どこかで気がついていたのだ、彼女がこうやって切り出してくることを。

だけど、あまりにも彼女が笑って許してくれるから、俺を甘やかしてくれるから。あまりの居心地のよさとともに、どこかで彼女を見下して高をくくっていた。どんなことをしても、彼女は俺を好きでいてくれる。傲慢にもそんなことを思っていたのだ。

もっとずっと前になんとかしていれば。いや、せめて話を聞いていれば。単純な後悔が頭をよぎる。

皮肉なことに、あんなに精力的に参加していたサークル活動への熱も瞬時にして冷めていった。




失って初めてわかる。

抜け殻になった俺は、人目も気にせずその場に立ち尽くしていた。






「ねえ、私と付き合ってくれない?」


何も言わずサークル活動を停止した俺に、先輩が声を掛けてくる。

この間俺にごちゃごちゃ突っかかってきた女とは違う、一学年上の先輩。

最初、彼女が言っている意味がわからなかった。


付き合いが悪くなった俺に、サークル活動を促すべく話し掛けてきたのだとばかり思っていたから。


「恋人として付き合ってくれって言ってるんだけど」


幾度も交わされる頓珍漢な会話の後、彼女はストレートに告白をしてきた。

そこまで言われて初めて、今自分が言われていることに気がつく。


「ふーーん、で、恋人になったら先輩、サークルから追い出されますけど、それでもいいんですか?」


咄嗟に飛び出した言葉に、自分が一番びっくりしてしまう。彼女も驚いたのか口をあけたままぽかんとしている。


「そうやってきたでしょ?今まで。俺の元カノも追い出したし。っていうか、どうして知ってるんです?俺がフリーだって」

「べ、べつにいいじゃない、そんなの。それに、追い出してなんかいないわよ!人聞きの悪い」


かなり機嫌を損ねてしまったのか、おおよそ告白する女とそれを受ける男の会話とは思えない。


「悪いけど、サークルの女性陣と付き合う気はないから、これ以上アホになりたくないし」


最後の言葉は、呟くように小さく、だけど、目の前の彼女にはしっかりと聞こえてしまったらしい。真っ赤な顔をして捨て台詞を吐いてどこかへと行ってくれた。




結局、恋人とサークルの両方を失う羽目になったらしい。

こんなことになったら、これ以上あそこに執着することはしたくない。もとよりあんなに楽しかった活動も、振られてからは全てが虚しかった。

ぽっかりとあいてしまった休日に時間や気持ちを持て余している。だけど、ずっと置いて行かれていた彼女が、こんな気分を味わっていたかと思うと、ますます俺自身が嫌になる。


何もなくなって初めて、何かがわかったのかもしれない。

まだ、彼女の事をあきらめきれたわけではないけれど。

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