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シーズン  作者: 神崎みこ
1/4

彼女の事情

「やっぱり、冬になったらスキーだよな」


という至極軽い言葉を残して、私の愛しの彼氏様はスキー場へと往復するだけの人間になってしまった。これが夏ならボディーボード、春と秋にはバイク、通年でフットサルやバーベキュー大会。お金がかかる趣味なせいか、合わせてバイト活動にも熱心だ。

もちろん、私は放置される。

当初は彼についていって私も楽しもうとしたけれど、そのたびにすでに出来上がった輪の中に入っていくことが面倒としか思えなかった。なにより、古株の女性達の冷たい視線や、端々にひっかかる呟きは、気分を萎えさせるには十分だった。それを超えて参加し続けるほどの魅力を、それらに見出せなかったということかもしれないけれど。

――私の方が彼のことを良く知っているし。

そういったストレートな言動は、いくら気にしないように努めてはみても、気持ちのいいものじゃない。彼と彼女達の間に何かがあった、と、疑ってはいない。けれど、それでも私の知らない彼を、それも休日すら自分と満足に過ごさない彼のことを彼女達の方が知っているのは当然のこと。

それに微妙にコンプレックスを刺激された私は、敵前逃亡のように彼女たちの前から姿を消す方を選んでしまった。

私が参加している時にも、自分と同じ立場の女性はいたのだが、彼女達は程なくして恋人と一緒にその集まりに参加しなくなるか、恋人と破局していったらしい。

そのどちらも選べない私は、ずるずると今の状態に甘んじたまま現在に至る。

全ての土日をそれらに注いでいる彼と、私がいつ会うかと言えば、雨が降って試合や行事が中止になった春と秋、雪のないスキーシーズン、台風でとてもじゃないけれど近寄れない夏の日だったりする。

つまり私は常にセカンド以下なのだ、彼にとっては。

今日は車を出すはずの友達が駄目になったという理由で、セカンドの私のところへ来るはずが、直前のところで彼とは古くから付き合いがある、という女性に掻っ攫われてしまった。もちろん多人数でスキー場へ、だけど。

久しぶりに会う彼氏に期待してはいたけれど、予想以上に落ち着いている自分と、やっぱりと諦めきっている自分が同居してしまっている。寂しい気持ちでいっぱいになっていた今までの自分とは、何かが変わってしまったのかもしれない。肩透かしの行動もたびたび続けば麻痺するものだ、と、自分を納得させる。

実のところ、今日来てもらっても風邪気味で床に伏せっている私は、満足に相手をすることができなかった。

彼に看病してもらうことを期待してはいない。なにせ、寝込んでいる私に対して「俺のごはんは?」というところから始まって、「大丈夫、ごはんは用意したから」と、自分の分の食事だけを用意するように、ゾウガメの方が早く進むのでは?といった進歩しかしなかった彼なのだ。

だからこそ余計にただ側にいて欲しかったのに、そんなささやかな希望も口に出して言えないほど、私たちの関係はよそよそしい物になってしまっている。

きっとあいつは気がついていないだろうけれど。


 他に誰もいない部屋は、主が寝ていれば静かなものだ。その静かな空間が、私に色々な出来事を思い起こさせてくれる。去年の今ごろは何していた?一昨年の今ごろは?いや、それどころか、一ヶ月の間にどれだけ私たちは満足に会話を交わしただろうか。

熱のある頭でつらつら考え事をしていたら、アイツのどこがいいのかわからなくなってきた。

別れようかな、とは何度も思った事だけど、結局つきあっていようが別れていようがあまり状況が変わらないという馬鹿馬鹿しさに、改めて切り出すことも躊躇っていた。古臭い話だけど、海の男が年に数回帰ってくる港のような女になれれば、なんて粋がって包容力のある女を気取っていただけかもしれない。

なんだかもう、緊張の糸が切れてしまったらしい。

ゆるゆるとした動作でベッドの上で半身を起こす。枕もとに放り投げてある鳴らないケータイを無造作に拾い上げる。

やっぱりどこにも着信記録などない、と確認して大きく溜息をつく。

もうどうでもいいや、と、メモリーを全部クリアにする。

ついでに友達の番号も消えてしまうが、それはまた聞きなおせばいい。大して人数もいないことだし。

彼に会うことは当分ない、はずだ。

ひょっとすると大学のキャンパスですれ違うかもしれないけれど、どうせお昼を一緒に、といった間柄ではないのだからこのさいどうでもいい。

このままいけば、この冬のシーズンは彼に会うことはないだろう。

次のシーズンになれば、彼はまた別の何かに夢中になる。

だから、きっと、このまま。


もうやめてしまおう。


ついでに電源を切っておく。

オフになり真っ暗になった画面を見つめていたら、全ての未練まで消えてなくなった気がする。

うん、もう終わりだ。


そのまま私は熱にうなされながら、浅い眠りへと落ちていった。


結局、確認することを恐れて、私は何もかもを忘れたふりをすることに決めた。

ケータイを、風呂に沈めながら。





「スマホに替えたんだけど……」


何度目かわからない会話を友人と交わす。

彼女達は真新しくなった私のスマホをおもしろそうに弄くりながら、手馴れた動作でお互いの番号を入れていく。私が使いこなす前に、彼女たちの方が使い慣れそうな勢いだ。おかげで、一日の授業が終了するころには、アドレスは全て元通りとなった。

ただ一人の例外を除いて。



「そういえば、どうしてかえたわけ?面倒くさがってたよね?」

「あーー、まあ、色々事情がありまして」


確かに、今時ガラケーを使っていたのは、ただ単に面倒くさかっただけだ。通話もあまりせず、メールだけをぼちぼち利用していた自分にとっては、過ぎたる道具だと思っているし思っていた。今でも実は利用状況は以前と変わりがない。


「とうとう別れる決心でもした、とか?」


冗談めかして言った割には、恐ろしく核心を突いてこられた。

一瞬ギクリとした私の反応に、彼女がニヤリとした笑顔を浮かべる。

前々から、この友人は、私があの男との付き合いを続けることに、微かな嫌悪感を示していた。おおっぴらに私に忠告することはしなかったけれど、彼の名前が口に上るたびに、微妙な表情をしていたことには気がついていた。

それほど、私と彼の付き合い方は不自然だったということなのかもしれない。


「いい傾向」

「……ん」


恐ろしいほど素っ気無い会話を交わす。

それだけで分かり合えてしまうほど、私たちはお互いのことを理解しているのだ。私とあの人との関係とは比べ物にならないほどに。


「あのさ、今はそんな気分じゃないかもしれないけど」

「まだ新しく男を作る気はないよ?」

「うん、それはわかっているけど。従兄がさ気に入ってるって話したことあるよね?」

「……話は聞いたことあるけど」


彼との付き合いに最初に行き詰ったとき、彼女が従兄だという人を紹介してくれたことがあった。偶然同じ大学だったその彼が、三年生の頃の話だ。におわされる話によれば、順調に修士課程へと進学したとのこと。当時、彼女を通じてちょくちょく会って話したり、三人で食事を一緒にしたことはある。

うっすらと、そういうつもりなのかもしれない、と、うぬぼれたことはあるものの、それだけだ。

行き詰っている、と言ってはいるものの、私はやっぱり彼のことが好きで、どうしていいかわからないから悩んでいたのだ。他の関係性に救いを求めてはいない。あまりにも気持ちがいっぱいいっぱいで、それ以上考える余裕がなかったせいもある。

そして、気持ちが消えた今も、やっぱり余裕はない。


「だからさ、私と一緒の時だけでもいいから、付き合ってやってくれないかな?まだ諦めてないみたいだし」

「まあ、三人でなら」


彼女がいれば、場は持つ。それに、友人としてなら彼は非常に聞き上手の話し上手で、態度も柔和だから、一緒にいて苦痛ではない。いや、一歩進んで和んでしまう。そのままずるずると二人でいれば、私は簡単に彼に靡いてしまう。一瞬でもそんな予感がよぎったから、彼との接触をできるだけ避けてきたのかもしれない。

今はもう、接触を断つ理由すらないのだから、流されてみるのもいいかもしれない。






「おい!」


彼女の家に晩御飯を食べに行こうと大学内を歩いていたら、突然後ろから肩をつかまれた。驚いて振り返ると、年中遊びまわっている元彼氏が必死の形相で立っていた。


「何か用?」

「用って、電話通じないし」

「あら?珍しい。というか初めてじゃない?休日に電話してくるなんて」


怒鳴り倒そうか、といった勢いでやってきた彼は、出鼻をくじかれたのか少々鼻白んでいる。


「そうじゃなくてさ、どうして通じないんだよ」

「別に、話すことないんだからいいじゃない」

「や、だから、そうじゃなくって」

「携帯替えただけよ、ただ単に」


あっさりとその理由を白状した私に、安心したといった顔を見せる。


「ああ、壊れたのか?だったら番号を」

「教えない」


彼の言葉に被せるようにして拒絶の言葉を吐き出す。

先ほどまでは安定していた心が、ざわざわと騒ぎ出す。だてに三年もこの人と付き合ってはいないのだ。愛情は枯れてしまったのかもしれないけれど、そこにはやはり情が残っている。


「どうして!!」


初めて私から拒否され、数秒は戸惑ったものの、すぐにそれは怒りに変わっていった。

今自分がしていることに自分自身も驚きつつ、冗談だよ、と一言言えば元の関係に戻れるのに、と甘言が頭を掠めていく。

黙ったまま、理由を言おうとしない私の右腕を掴み、乱暴に私を連れ出そうとする。しかも、全く関係のない隣にいる友人に暴言を吐きながら。

あまりな行動に、最後まで残っていた情という名の未練が吹き飛んでいく。


「やめて!!」


人通りが少ないものの、それでも数人が構内の往来を闊歩している。その人たちに聞こえるように大声を出す。

周囲を気にして、彼が手を緩めた瞬間、彼の戒めから自分の体を抜き出す。


「なんだよ!急に」


声のトーンは下がりはしたが、それでも彼は腹立たしげなままである。チラチラと学生達がこちらの方を窺うようにしている。


「あのさ、私の誕生日、知ってる?」


虚を衝かれた質問に、押し黙る。


「知ってる?」


なおも同じ質問を繰り返す。彼は黙ったまま、こちらを睨みつけている。


「知ってる?って聞いてるんだけど。イエスかノーで答えられるでしょ」


地蔵のように黙ったまま固まってしまった彼に畳み掛ける。


「知らないよね、一度も祝ってもらったことないし」

「毎年毎年自己申告してたけど、覚えてないよね。同じ会話を繰り返してたから」


そう、私は彼が知らないということを十分に知っていたから、こんなことを言い募ったのだ。誕生日が近づくにつれ、私はカレンダーにマルをつけたり、わざわざ彼に誕生日だと主張したり、それでも色々と工夫をして覚えてもらおうとしたのだ。だけど、覚える気がないのか彼は毎年毎年、誕生日が過ぎ去った頃に、私の文句に対して「悪い悪い、うっかりしてた。来年からはちゃんとするから」という言葉とともにうやむやにしてきたのだ。そんなものは今思えば三回も繰り返せば沢山である。いや、一度で気がつけ自分。そんな思いがふつふつと湧きあがってきてしまう。


「私に興味ないわけでしょ?」

「そんなわけじゃ……」


やっと口を開いたものの、当初の勢いはどこにもなくなってしまった。


「サークルのメンバーの誕生日は覚えていられるんですもの。私ってそれ以下だったわけよね、やっぱり」


大きな体が小さく感じる。昔ならそんな彼をカワイソウだと思ったかもしれない。だけど、未練も何もかも散ってしまった今の私には、情けない男だとしか写らない。


「そのままサークルのメンバーとくっつけば?うっとうしい。他の子がかわいそうだから、一般人には手を出さないでよね、アホはアホ同士まとまっておけばいいじゃない」


言い捨てたまま、友人に視線を合わせ、そのまま彼を置き去りにする。


彼はもう私を追いかけてくる気力もないらしい。

それとも、元々私たちの関係はその程度のものだったのかもしれない。




「ごめん、嫌な思いさせた」

「んーー、最後のは聞いていて気持ちよかったけど?」


ニヤリと笑った彼女に癒される。

私も最後のセリフには、自画自賛したくなるほどの快感を覚えてしまった。

うっとうしくも積もりに積もっていた鬱屈とした感情が消え去っていく。


三年の月日がたち、私はようやく解放される。

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