怪盗、深見慎也
閑静な高級住宅街、この辺りに家を建てる事は、成功の証と言われている。
立ち並ぶ家は、その大きさ、豪華さを競って、ひしめいていた。
ようするに、金持ちの住む町である。
そしてここは、さらにその中心部。この辺りまでくると、景色がガラリと変わる。
成金の立ち入る隙はなくなって、古めかしい大きな屋敷が立ち並んでいる。
普通に暮らす庶民には、一生縁のない町だろう。もしあるとしたら、テレビの前で豪邸特集を眺めるくらいだ。
そのとき感じるのは、羨望か、はたまた嫉妬か。
いずれにせよ、CMをはさんで次のコーナーが始まれば忘れてしまう程度の感動だ。
だがしかし、羨望や嫉妬で終わらせる事が出来なかった男がここにいた。
深見 慎也(37)、最近、売り出し中の泥棒である。
小学校の卒業アルバムに書いた、将来の夢がルパン3世だった事は言うまでもない。
深見は、5年前まで平凡なサラリーマンだった。
サラリーマン時代の彼を一言で表そうとするならば、最大限に良く言って、「あまりパッとしない男」になるだろう。
当時の同僚に、彼の印象を聞けば、きっとこう答えるに違いない。
「深見?そんなやつ居たっけ?」
表の世界では欠点でも、裏に回ればそれは才能となることがある、人間なにかしら取り柄があるものだ。
深見はその影の薄さを最大に生かして、裏の世界で成功を収めたのだった。
そんなある日、深見がなんとなくテレビのチャンネルを変えていると、レポーターの大げさな叫びが耳に飛び込んできた。
「すばらし〜ぃ!これはまた品があるというか、豪華というか。お高いんでしょ?」
しばらく、その番組を眺めているうちに、深見の次のターゲットは決まった。
今までの小さな仕事とは、比べ物にならない興奮が彼をつつんだ。
-----それから1ヵ月後----
午後の太陽が、春のやさしい日差しを送っている。最高の洗濯日和だ。
いや、こんな日は、家にいるのはもったいないかもしれない。
お散歩日和でもいいだろう、買い物に出かけてもいいかもしれない。
レジャーには少し遅い時間だし、一人で行くのも、どうかと思う。
パチンコ?それは天気関係ないだろ?
まあ、とにかく、いい天気だった。
深見が忍び込んだ家は、この辺りでも特に大きな屋敷だった。
この日のために彼は、いつもより多くの準備期間をついやした。
張り込みから始めて、人の出入り、家族構成、防犯体制、ゴミを漁って支出状況まで確認済みだ。
この家の家主は、古美術の売買を生業にしているらしい。
買い付けの業者が入っていくのを、何度か目撃している。
何を売っていたのかまでは分からなかったが、相当な額であったのは確かだ。
物々しい警備と、手錠付のアタッシュケースが何よりの証拠だった。
収入は莫大で、支出はほとんどない。
家族は年寄りと中学生の二人で、昨日から出かけている。
今日の夕方までは帰ってこない。
番犬なし、番トラも番ライオンもいない。
調査結果の全ては、この家が最高のカモだと告げていた。
「えぇっ!うそだろ〜、もうかんべんしてくれよ。」
深見は、天を仰いで言った。
視線の先には、地面に置かれた片方の靴。
さきほど、目印にする為に深見が置いたものである。
「くそ、ありえない。たしかに広い敷地だったが、一周するのに20分もかからなかったぞ?ただ広いだけで、防犯カメラもない家だから入ったのに。」
ことさら説明口調でそう言うと、深見はその場に座り込んでしまった。
言わずに居られなかったのである、彼は、自分の正気を疑い始めていたのだった。
深見が異変に気づいたのは、忍び込んでから10分ほど経過した頃であった。
そしていま、12時間が経過しようとしている。
12時間も何をやっていたのかと思うかもしれない、もっともなご意見だ。
しかし深見にそれを言うのは、かわいそうだろう。
彼には、どうしようもなかったのである。
「俺は確かに進んでるよな?夕べから一睡もしないで歩いてるよな?なんで近づくことも、逃げることもできないんだ!さっき置いた靴が、進行方向から現れるなんてどうなってんだよ・・・。」
深見は後悔していた、テレビで自慢していた奴に痛い目を見せるつもりが、欲をかいてしまったのである。
防犯カメラが5メートル置きに配置されている家よりも、こっちの方が安全に思えたのも事実であった。
「神様、仏様!どうか、どうか助けてください。今まで信心なんて全然してこなかったけど、これからはちゃんとします。そうだ!もう悪いことは辞めます。この家業からも足を洗います。だから、おねがい助けて。」
その声に答えたのは、大地を震わせる年老いた神の声ではなく、拍子抜けするほど軽い口調の若い声だった。
「こんにちは、この家にお客さんとは珍しいですね。道にでも迷いましたか?」
突然の声に驚いた深見は、声の主を探して辺りを見回した。
「だ、だれだ?どこにいる?神か、神様なのか?誰でもいいから助けてくれ。」
「困った時の神頼みですか。でも、タダで願いをかなえてもらおうと言うのは、虫が良すぎませんか?まあ、有り金はたけば助けてくれるとは限りませんけどね。」
声はすれども姿は見えず。深見の目に映るのは、もう12時間も歩き続けて見飽きてしまった風景だけだった。
ほんの数メートル先にある、3つの蔵と右手に見える母屋。それは、昨夜から変わらずにそこにあった。
人影はない、そこに居るのは自分だけだった。
不安で身を硬くする深見の視野に、その時、突然人の右手が現れた。
「残念ながら僕は神様じゃありませんよ、神保 一といいます、よろしく。」
差し出された手から反射的に身を離す。深見が見上げる先には忽然と現れた高校生の姿があった。
背が高い、190センチ近いのではないだろうか。その体に無駄な肉はなく、モデルといわれても誰も疑わないだろう。
紺のブレザーの制服に身を包んだ彼は、神が気まぐれに生み出した美を独り占めしたようなオーラを放っていた。
・・といえば大げさだが、それに近い程度に美男子だった。
ハジメは、なおも右手を差し出し、人懐っこい笑顔で握手を求めていた。
「神様じゃないけど、助けてあげますよ。目的は同じみたいですしね、さあ立ってください。」
深見は、あっけに取られたままその手を取った。
手から伝わる暖かい波動が体の中心へと伝わっていく。
理解不能の出来事の中で、思考停止寸前の脳みそが、ゆっくりと活動を再開する。
深見は思った。こいつ、人間じゃない・・・。
それは、思考ではなく直感であった、今まで、幾度となく深見を救った直感がそう告げていたのだ。