4:静寂を裂く雨音
少し成長しました。13~14歳くらい、第2部です。
ゆらり、夏の風に白銀の髪が揺れる。
淡い色彩の髪が夏の日差しを吸い込んでキラキラと輝く。
「それでさぁ、竜里ってばひどいんだよ!」
洗濯物を干している真昼は、本条道場の門下生である呼宝の小言に耳を傾けながらも、
手を休めることなく動かし続ける。
真昼の白銀の髪とは対照的な漆黒の髪が、彼女の隣で揺れている。
「それでも呼宝兄は竜里君が好きなんでしょう?
それなら仕方ないじゃない。」
自分よりいくらか幼い真昼のどこか達観したような言葉に、呼宝は不満そうに頬を膨らませる。
そのとき強い風が吹いて、真昼は大きく翻る長い髪を押さえる。
「真昼、こっちも抑えないと飛んでいくよ。」
その言葉に視線を向けるとしっぽのように高い位置で結った黒髪を揺らして、
呼宝が籠に入った洗濯物を押さえていた。
「ありがとう、呼宝兄。」
「どういたしまして。残りも干すんでしょう?手伝うよ。」
籠を持ち上げ近づいてくる呼宝に微笑みかけ、並んで洗濯物を干しはじめる。
背の高い呼宝と並ぶと、小さな真昼は余計に小さく見える。
だけどより小さな真昼はそんなこと気にせず真っ直ぐ背筋を伸ばし、
背丈も体格も申し分のない呼宝は”小さな女の子”である真昼の隣で、
男である自分を少し悲しく思う。
しばらく二人は並んで洗濯物を干していたのだが、
ふと何かに気づいたのか、呼宝は真昼を見たまま、動きを止める。
「どうかした?」
「いや、真昼の髪になんかついてると思って。」
すっと呼宝の手が真昼のほうに伸ばされ、それが真昼に触れようとするその瞬間・・・・・・。
「こらぁーっ!」
本条家の門のほうから大きな声が聞こえ、
真昼は驚いて振り返り、呼宝は真昼に伸ばした手を不自然な位置で止め、視線を向ける。
父親似の男にしては愛らしすぎる顔立ちと成長期前の・・・どちらかと言えば
呼宝よりも真昼に近い背丈、深紅の髪はなぜか大きなりぼんで纏められ、
髪と同色の大きな瞳を不服そうにキッとつりあげこちらを見やる。
「あれ?ヒナじゃん。おはよー。」
いつも通りの適当な調子で挨拶を投げかける呼宝を素通りし、雛菊はつかつかと歩いてくる。
呼宝の横を素通りし、その隣にいた真昼にしがみつく。
そして呼宝を睨みつける雛菊のなんともわかりやすい様子に呼宝は思わず笑いを零す。
威嚇する雛菊、笑いを噛み殺す呼宝。
そんな二人の男の間で真昼は絶対零度の微笑みを浮かべ、自分に抱きつく雛菊の顔面めがけて拳を突き出した。
「うぇっ怖い!」
間一髪でそれを避けた雛菊が自分から離れたことに真昼はぱんぱんと音を立てて手を払う。
自分から一歩離れた位置にいる雛菊のほうに長い白銀の髪を翻して向き直る。
そして暁にそっくりな思わず見とれてしまう美しい笑みで言うのだ。
「お前の家は向かいだ。帰れ。」
「えええっひどいっ!」
大げさに嘆く雛菊に真昼はまったく動じず、空になった洗濯籠を持ち上げ雛菊に背を向ける。
「呼宝兄、干し終わったんだし中に入ろう。ヒナもどうせお稽古抜け出してきたんでしょう。
早く自分の家帰りなよ。」
視線を向けることなく冷たく言い放つ真昼に、雛菊は見えない犬耳をへにゃりとさせて、うなだれる。
そんな二人を見比べて、呼宝は面白そうにクツクツと笑みを零した。
***
薄氷真昼と華瑠街雛菊の両者を知る人間にとって、
後者が前者を好きで好きで仕方がない・・・というのは周知の事実であった。
雛菊は元来天真爛漫という言葉が似合いすぎるほどに素直な性格をしており、
そして尚且つ真昼に対する気持ちを隠そうとしなかったから。
名家の嫡男である雛菊はその明るい性格も相成って近所では有名な存在で、
だけど父親とも母親とも違う色の髪を持つ真昼は雛菊とは相反する理由で有名だった。
だけど幼い頃から一際甘い頬笑みを真昼に向け続ける雛菊の気持ちはみんな知っていて、
雛菊に恋する女の子も快くは思わないながらもそれを見守っていた。
そう、見守っていた。
***
「ヒナ君が、好きなの。」
そう紡いだ声は、私のよく知るもので。
そしてここは本条道場の裏手、人気なんてめったにない場所だった。
その上ここは本条家の敷地内で、ヒナのことを想う女の子が決して少なくなくても、
いつも本条道場にいるわけでもないヒナがここにいるときを見計らってここにいられる女の子なんて、
本当に限られていた。
そう、そんなの私と彼女くらいだった。
紅い髪に紅い瞳、あーちゃんによく似た・・・私ともよく似た、その顔立ち。
「俺は・・・。」
その返事なんて、きっと彼女も私もわかりきっていた。
だけど私は彼女が傷つくのを見たくなくて、慌ててそこから踵を返した。
***
華瑠街雛菊は、薄氷真昼が好き。
それは多くの人が知っている事実であり、
真昼本人も知っている・・・黙認しているような、そんな事実だった。
真昼は雛菊のように大っぴらに行為を示す方ではなく、物静かな少女だった。
雛菊の好意に、積極的に答えることなどなかった。
それは雛菊が決定的な言葉を口にすることがなかったからか、
至って普通の幼馴染・・・友達といった関係だった。
だけど近頃、真昼は雛菊に冷たい。
きつくあたるというわけではないが、すっと雛菊を避ける。
それはよく見てないと気づかない程度で、でも確かに以前とは少し違うものだった。
***
あの紅い色が、同じ色の中でふわふわと揺れる。
ゆっくりと溶けていってしまいそうに感じて、幼い私はふと怖くなる。
いかないで、消えないで。
そんな私の想いが届いたのか、紅い色の主は振り返って笑う。
『大丈夫だよ、ほら・・・手、繋ごう?』