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1:ぽたり、ぽたり、

*rewrite(http://lonelylion.nobody.jp/)様よりお題お借りしています。

私は、とても幸せな子供だった。

いつも暖かなお日様に照らされているような心地を味わっていて。

右手を父に、左手を母に繋がれ、その真ん中で二人の笑みを向けられ笑っているような。

そんな経験は、まったくなかった。

だけど私は自分で思うんだ。

私は誰よりも、幸せだったと。


私は、虐待を受けた子供だった。

父と母は物心ついた頃から別の家で暮らしており、そして父と住むその家には父の父でも母の父でもない祖父がいた。

母はとても父が好きだったけど、父は母の存在を視界にも入れたくないようだった。

そして母は、父のもとで暮らす私を昼間預かり、虐待を繰り返した。


私は、おかしな子供だった。

黒い髪と黒い瞳の父にそっくりの顔立ちで、黒の色彩を持つ父とも、深紅の色彩を持つ母とも違う、白銀の髪と青の瞳をしていた。

そしてそれは、父の父でも母の父でもない祖父と同じ色だった。


私は幼い頃、自分を取り巻くものの何もかもを知らなかった。

そう・・・始まりは、私が何も知らない子供でいられたころのこと。


















とある大きなお屋敷の裏手、紅い花の咲き誇る花畑に、幼い少年が一人座り込んでいる。

年の頃は6歳か7歳かそれくらい。

周りに咲いている花と同じ色の髪が、結われることもなく背中に流れる。

せっせせっせと一所懸命に花を摘んでいた彼は、自身の作った花束を目の前に掲げ、満足したように笑みを浮かべる。

懐から白いリボンを取り出して、小さな手で試行錯誤して花の茎に蝶結びを作る。

しばしほどいては結び、ほどいては結びを繰り返していた少年もやっとその出来に満足したのか、ぱっと立ち上がり、パタパタと自分の服をはらう。


そして満面の笑みを浮かべてどこかへと走っていった。















パタパタと、離れの庭に可愛らしい子供の足音が聞こえる。

部屋の襖を開け放ち、縁側の外を見ていた少女が、音のほうを振り返る。

長い白銀(はくぎん)の髪、綺麗な振袖を纏った幼い少女はまるで人形のように愛らしい。


真昼(まひる)っ真昼っ!」


可愛らしい足音の主が、真昼の名前を呼ぶ。

部屋の中から縁側に出て彼に近づいた真昼に、少年は満面に笑みで背中に隠していた花束を差し出した。


「あのね真昼、おはな、いっぱい咲いてたよ?

だから今度、真昼も一緒に見にいこうね?」


目を白黒とさせて少年と目の前の花束に交互に視線をやっていた真昼も、その可愛らしい誘いに小さく笑って頷いた。

そんな真昼の反応に少年は満足そうに笑い、真昼もまた笑みを返す。

だけど・・・・・・。


「・・・雛菊(ひなぎく)?」


ふと呼ばれた自分の名前に、少年・・・雛菊はぱっと視線をあげる。

その視線は真昼の頭上を通り過ぎ、その声に真昼が身を強張らせたことには気づかない。


紅い髪、紅い瞳、雛菊によく似た深い紅の色彩。

美しい小袖を身に纏った、美しい顔立ちの女性。

見知ったその人の姿に、雛菊はぱっと明るい笑みを浮かべる。


紅白(べにしろ)伯母様、こんにちはっ。

今日はおかげんよろしいんですか?」


小さな甥の可愛らしい心配に紅白と呼ばれた彼女は優しげな笑みを浮かべる。

しかしその間に挟まれた真昼は、愛らしくも幼い顔立ちを蒼白に染めたまま、ピクリとも動かない。


「えぇ、今日は比較的調子がいいんですよ。

真昼に贈り物ですか、わたくしからもお礼を言わせていただきますね。

真昼、雛菊にお礼は言ったのですか?」


突如母に声をかけられ、真昼はびくりとその小さな肩を震わす。

そしてゆっくりと、無理やり笑みを形作り、それを雛菊に向けた。


「・・・ありがとう、ヒナ。」


悲しげな笑みの憂いに気づかない雛菊は、その言葉に再び満面の笑みを浮かべる。

見えてない、見えてない。

大事なものに・・・気づかない。

だけどそれでいいと、幼い真昼は本当に思っていたんだ。













薄暗い離れの廊下を、母と娘が歩いている。

母の髪は花のように紅く、そして娘の髪は雪のような白銀の色をしていた。

母の後ろをついて歩いていた娘は、母が足を止めたことにより、自分も止めた。

いつも母とやってくる、離れの片隅にある物置部屋。

手に持っていた鍵でその扉の鍵をあけた母は、にっこりと歪んだ笑みを浮かべ、娘に中へ入るよう促す。

暗く沈んだ表情を浮かべた娘は、幼い顔立ちから表情を一切消し、黙ってその部屋に踏み入った。

娘のあとに続いて部屋に入った母が、内側についている落とし錠をかける。

部屋の真ん中に置いてあった椅子に娘を座らせ、母は幼い娘の袖を捲った。

そしてその幼い柔肌に母は小刀を滑らせたのだ。













紅い色が咲く。

雪のような白い肌。

雪のような髪色の娘の、雪のような白い肌に。

紅い紅い、花が咲く。

声は、ない。

娘は・・・悲鳴さえ上げない。













満面の笑みを浮かべ、雛菊は母屋の廊下を歩く。

花束を渡したときの、真昼の笑顔。

それだけで雛菊はとても満たされた気持ちになれる。

雛菊は、真昼のことが大好きだった。

真昼が笑ってくれるだけで、雛菊はとても幸せだった。


「ヒナ君、どこいってたの?」


自分の部屋へと足を進めていた雛菊を、幼い声が呼び止める。

紅い髪、紅い瞳。

背丈は真昼より大きいけれど、それでも彼女は真昼にそっくりな顔立ちの、真昼の妹だった。


「あのね真昼のとこいってたの、少ししかあえなかったんだけどね。」


雛菊はにっこり人好きのする笑みを浮かべて、紅姫(くれひ)の問いに答える。

二日に一回、三日に一回、そんな頻度で彼女たち姉妹は、母の実家に預けられる。

姉の真昼は母の住む離れに、だけど妹の紅姫は叔父である雛菊の父の住む母屋に。


「くれひも行きたかった!どうしてさそってくれなかったの?」


「今度は一緒にいこう?今日、いこうとしたとき、くぅはお昼寝してたから。ね?」


紅姫は小さく頬を膨らまし、雛菊を睨む。

そんな紅姫を、雛菊は優しい微笑みでなだめている。

紅姫と雛菊、そして真昼は同じ年に生まれた従兄妹だった。

だけど少女のほうが成長が早いのか、それとも個人的な差なのか、紅姫は雛菊よりも少しだけ背が高かった。


同じ年に生まれた3人の従兄妹。

少年は紅い髪と紅い瞳、妹も紅い髪と紅い瞳。

たった一人だけ離れに招かれる、白銀の髪と青の瞳の少女。


「雛菊?」


名前を呼ばれ、雛菊はぱっと振り返る。

紅い髪紅い瞳、まるで雛菊を大人にしたかのような、そっくりの顔立ち。

いや、雛菊が彼に似ているのだ。

彼は雛菊の父親だから。


「父様。」


「あー、雛里(ひなり)おじさまっ」


明るい声を上げて、紅姫は雛里に飛びつく。

それに遅れて、雛菊も雛里に走り寄る。

寄って来た幼子たちの頭をなで、雛里は先ほどまで母屋にいなかった息子に視線を向ける。


「雛菊、どこにいってたんだ?母様が探していたぞ?」


父に頭を撫でられて、雛菊はふわりと笑みを浮かべる。

それはその年齢のとおりに幼く純粋で、自分の行動に何も疑問なんて持っていないものだった。

笑ってほしかった。

ただ雛菊は、真昼に喜んでほしかっただけなのだ。


「あのね、真昼のとこいってたの。お花いーっぱいつんで、真昼にあげたんだよっ。」


ふわり、花咲くように雛菊は笑う。

幸せを凝縮したようなその笑みに、雛里は不自然に動きを止める。

雛菊はまだ知らない。

華瑠街の立ち入ってはいけない部分。

華瑠街の離れは、狂っている。


「・・・そうか。だけど紅白姉様は今身籠っていらっしゃるし、長居はしないようにな?」


父の言葉に、雛菊は幼い笑みを浮かべ、頷いた。













幼く小さな白い手が自身の腕に白い包帯を巻いていく。

床に座り込み、それを繰り返す彼女の顔に表情はなく、その薄暗い物置部屋に彼女以外の人はいない。

白銀の長い髪が床に緩やかな曲線を描き、それはまるで空に流れる美しい星の川のよう。

だけど自分で包帯を巻く彼女の手つきは慣れきっていて、その姿には言い現すことのできない哀愁が感じられた。


かたん


小さな音に、彼女はそちらに意識を向ける。

扉をあけたのが誰かだなんて、振り返らなくてもわかる。

まるで耐えるように、彼女は大きな青の瞳をまぶたの裏にきつく隠し、彼女の腕に中途半端に巻かれた包帯が床に転がり、歪な曲線を描いた。

ゆっくりと、紅い長い髪を揺らして、その人物は幼い彼女に視線を合わすかのように彼女の隣に膝をついた。

すぐそばにやってきたことで、彼女は伏せていた視線をその人物へと向ける。

交わるは、紅と青の対照的な色彩の瞳。


「お母様。」


子供らしくない、静かな彼女の呼びかけに、紅白はにっこりと歪んだ笑みを浮かべた。

それを間近で見た真昼はすべてを諦めるかのように、ゆっくりとまぶたを伏せた。













空が紅く染まる頃、真昼は一人物置部屋をあとにする。

降り注ぐ紅い光が、真昼の白銀の髪を紅く染め、その姿はどこか物悲しい。

紅い空に忌々しそうに目を細め、真昼は白銀の髪を│ひるがえす。

子供特有の小さな足で向かうのは、離れの玄関。

開け放たれた玄関扉、開いたままの扉に長身の男性がもたれかかっている。

ゆらり、扉の外に彼が視線を向けるたび、腰ほどまである漆黒の長い髪がその動きにあわせて僅かに揺れる。

真昼の気配に気づいたのか、彼はゆっくりと真昼のほうに視線を向け、その姿を漆黒の瞳に映し、少し悲しげな笑みを浮かべた。


「おかえり、真昼。」


その言葉に真昼は今まで張り詰めていた神経を緩め、大きな青の瞳に涙をを浮かべ、彼の胸へと飛び込んだ。



それは今から10数年前のこと、さまざまな髪色目色の人間が暮らすその場所に、一人の異邦人がやってきた。

その場所で禁忌と呼ばれる漆黒の髪と漆黒の瞳を持つその男は、

異邦人としてその土地に受け入れられ、その場所で暮らすこととなる。


薄氷(うすらい) (あかつき)

真昼の、父親となる男である。

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