特別な死
白い部屋、と聞いて僕達は何を連想するだろうか。
少なくとも今のこの状況に居る僕は、“病室”としか答えられない。
そう、今僕は白い部屋にベットが置かれ、窓から青々とした木々を覗かせる、病院の個室に佇んでいた。
「・・・・・・・・・改めて、自問自答を再開しよう 」
思わず独り言が口をついて出る。そうじゃないと叫んで暴れまわってしまいそうなほど僕は追い詰められている。
「よし、まずはオーソドックスに自分のプロフィールを確認しようか 」
そういって自分自身の名前を口にする。
「僕の名前は高木 看先 」
将来、介護が必要になった自分達を僕に“看て”貰いたくてこんな名前をつけたらしい。
なかなかに自分本位な考え方だと思うが、穿った見方をすれば自分より長生きしてほしい、とも取れなくも無いこの名前を僕は気に入っている。
しかし、僕は名前につけられた親孝行を行うことは一度と、決して、絶対に出来ない。
「僕は5年前にすでに死亡しており、戸籍が無く葬式も挙げられている―――――――か 」
あまりに非現実な現状に思わず頭を抱えそうになり、俯いて下に目線を下げる僕に今日、発行された新聞が目に入る。
2003年04月03日。これが01日と書かれていればどれほど気が楽だったのだろう。
腹立たしくなって思わず新聞を拾い上げ、そのままビリビリに破いてしまった。
灰色の紙吹雪を上げ、散っていく新聞紙を見てもちっとも気は晴れない。
意味のない破壊衝動を八つ当たりとしてぶちまけた僕は、それでも尚現状を把握しようと頭を働かせる。
いまの自分の立ち位置は何だろう。
「・・・・・・・・・社会的には死人として扱われている。戸籍は存在せず、日本にありえない人間。今ここに居るのは、高木看先の“死にぞこない” 」
絶望したくなった。意味不明すぎる自分の置かれた場所。訳の分からない説明。
助けてくれよ、と叫びたくなるのをぐっとこらえる。それをしてしまえば僕はもう、何かを考えることなんて出来やしなくなってしまう。
だけどこれ以上にどうしようもない現実を、僕は認識しなくちゃいけないんだ。
「僕は今、国家によって生きていることを隠蔽されている。特別な力を持ち、その力を正しく振るうべく、国家機密の学園に通わされる 」
・・・・・・・・・なんだ、これ。
口から出した言葉は僕の意思であるはずなのに、それが意味のある言葉だと認識したくなかった。
5年間死んでいたというが、もう一度死にたくなるような台詞だ。
「……なんなんだよ、もう。国家機密の学園って、中学二年生が考えた黒歴史じゃないんだからさ…… 」
ふざけるのも大概にしてもらいたい。先日まで一般人として生きてきた(5年間死人だったらしいが…)自分がそんな非日常を受け入れられるわけがない。
そう、受け入れられるはずがないのだ。
だけど、受け入れる以外の選択肢もない。たとえ1ヶ月病室で待とうとも両親は迎えに来なかった。きっと見捨てたわけじゃない。この病院だって僕が聞いたことのある病院名だったし、外に見える風景にも見覚えがある建物が幾つも並んでいる。それでも誰も来なかったのは、きっと真実なのだろう。
たった一人で生きていくすべもない。どうしようもない。
「・・・・・・・・・・・・・・・ああ、もう、本当にどうしようもないんだな 」
泣きたくなるほど悲しくて、寂しかった。
どうせなら、5年といわず永遠と眠りにつかせてほしかったと思うのは贅沢なのだろうか。
「………ああ、違う。今はとにかく今を理解することが重要だ 」
ぽつぽつと呟くことでなんとか自分を保つ。撒き散らされた新聞のようにばらばらになりそうな心をつなぎとめているのは理性でしかなく、人であることを証明するかのように口を動かして声を発する。
「そう、僕は高木看先。これから入学式を迎える“死にぞこない”」
改めて口にしても、意味が分からなかった。