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猫の魔者  作者: ルイン
第九章 狼と猫
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赤い宝石

 



 「――あれから竜の部族は封印され、蛇の部族は戦争で強く勇敢に立ち向かった猫の部族に封印の鍵を渡した。竜の部族が再び、復活するのを確信して・・・」


 パートナーは始終苦しそうだった。グローリアとコリスは唖然としている。パートナーが語った話があまりにも辛く悲しい真実だったからだ。


「メリシャス・・・」


 コリスはその名前を知っていた。かつてコリスの夢に現れた、若草色のメス猫だ。まさか、パートナーの恋人だったとは。コリスは思い切って口を開いた。


「僕、メリシャスを知ってます。夢にメリシャスが出てきたんです」


「なに・・・?」


 パートナーはそれを聞いてひどく驚いた。そして悲しそうな顔をすると


「彼女は苦しんでいたか?」


「いいえ、僕に笑いかけてくれましたよ。僕、そんなことがあったなんて知らなくて・・・」


 いまはもう、コリスの夢にメリシャスは現れない。パートナーとのつながりを知っていれば、コリスはなにかメリシャスに聞けたかもしれなかったのにとコリスは悔やんだ。


 それをパートナーに話すと、パートナーは首を振った。


「いいや、メリシャスはきっと何も答えないだろう。なにか別のことを伝えたかったんじゃないのか? あいつは」


 それを聞いてコリスははっとした。コリスはメリシャスが竜の部族について知らせたかったのではないかと考えていたことを思い出したのだ。パートナーはコリスのその考えを聞いて、首をまた振った。



「それは俺にも分からない。死の世界がどうなっているのか、向こうにいるメリシャスがどこまでこの世界のことを知っているのか俺は知らないからだ。だが、お前の推測通りならなぜメリシャスはお前の夢に出てきた? なぜ、グローリアや俺ではなくお前なんだ?」



 パートナーは鋭い目でコリスに問いかける。コリスは大きく目を見開いた。確かに、なぜ僕なんだろう? コリスはそのひとつの疑問に答えられないでいた。


「今一度、考えるといい。なぜ自分なのか、自分の使命とはなんなのかをな」


 どこか知っている雰囲気を漂わせて、パートナーはコリスに課題を投げかける。コリスは急に問われたその内容に戸惑い、答えを知っているようなパートナーにすがりついた。


「僕の使命・・・? それを、あなたは知っているのですか? だったら、教えてください!」


「・・・バーカ、自分で考えろ。考えて考えて、自分なりの答えが見つかるまでもがけ。運命はお前を導く。だから、いずれ答えは見つかるだろう」


 すげなく突き放したパートナーの言葉に、なぜか確信めいたものがあることにコリスは不可思議に感じた。そして、コリスは自分の使命というものが一体なにか、メリシャスが夢に出てきた意味をしばらく抱え続けることになる。




 コリスがうんうん唸りながら考えていると、それまで傍観していたミテラがコリスを横目で見ながら口を開いた。


『狼よ、この子猫は名前を何という?』


「コリスだ」


 突然、自分の話をし始めたふたりにコリスはビクッとした。思わず考えていたことを放棄する。


『グローリア、お前はこの子猫を今後どうするのだ?』


 ミテラにそう尋ねられ、コリスは不安になってグローリアを見上げた。グローリアは淡々と、


「もう少し魔法を覚えたあと、このバカ狼とともに世界を廻ることを考えている」


「えっ! 僕も行くんですか?」


 パートナーと行動するつもりと知り驚いたが、コリスはあんなにも過保護だったグローリアが自分を連れていこうと考えていることにもっと驚いた。


「ああ。」


 グローリアはコリスを見下ろして頷く。



『危険な目に遭わせるでないぞ』


 やけに真剣な表情でミテラはグローリアを見据える。コリスはなぜミテラが自分を心配するのか分からなくて半分パニックになっていた。なんだか、自分の知らないところでとても重要なことが話されているのに、それをコリス自身が知らないことがコリスにとってとても恐ろしかった。



「そう不安に感じるなよ。いまお前に真実を話したって、お前はそれを受け入れないだろうからな。だから、俺たちは話さないだけだ。いつかお前が受け入れられるときに、真実を話をしてくれるやつが出てくるだろうよ」


「ええっ? そうなんですか?」


 コリスは目を丸くしてパートナーを見上げた。でも、自分が受け入れられなくてもいいからいま全部話してほしい、とコリスは思う。







 コリスとグローリア、パートナーはミテラとズミェイに別れを告げてジュラ国から去ろうとしていた。コリスは別れ際に、ミテラへ――かなり怖かったが――近寄り勇気を振り絞ってお願いごとを言った。



「ミテラさん、あの・・・お願いしてもよろしいでしょうか?」


 恐る恐るコリスがそう問いかけると、ミテラは白蛇の身体を動かしてコリスを見下ろした。その金色に光る瞳は人間離れしていてとても神々しかった。


『なんだ? コリスよ』


 名前を呼ばれて勇気づけられたコリスは思い切って、


「あの、クーにかけられた呪いを解いてもらえませんか?」


 クーの左足が悪いのは呪いのせいだとコリスは聞いていたため、その呪いをかけたミテラならクーの呪いを解けるのではないかと思ったのだ。


『クーとは、鍵を持っている猫のことだな? それは出来ぬ。鍵を持つ限りその呪いを解くことは出来ない』


「鍵を持つ猫は、早死にする魔者にならないよう身体が不自由になる呪いをかけたって聞きました。だったら、クーは魔者にならなければいいんですよね? 僕が説得しますから、だから、せめて身体が不自由になる呪いだけは解いてもらえませんか?!」



 コリスは必死になって訴えた。クーは大切な友達だという気持ちが、コリスの小さな身体を奮い立たせていた。



 その姿を、グローリアとパートナーは言葉を失って見ていた。コリスの仲間を想う気持ちがとても美しく、それを見ていたズミェイの心にもコリスの訴えは響いたのだった。


 ズミェイは黙ったままのミテラに身体を向けると、槍を地面に置き膝をついて頭を下げた。


「ミテラ様。失礼ながら、一言だけ申し上げてもよろしいでしょうか」


『なんだ?』


 ズミェイは顔を上げると、無表情な顔に少しだけ微笑みを作りコリスを見た。


「この子猫の気持ちに敬意を表して、私からもお願い申し上げます。我々も、不本意だとしても長らく猫の部族を苦しめてしまった。竜の部族の封印が解かれるこの時期です、子猫の呪いを最後に解かれてはいかがでしょうか」


『・・・・責任は取れるのだな? 我が娘よ』


「はい。いざとなれば、私が行きます」



 それを聞き、ミテラは息を吐いた。


 すると、グローリアが進み出てズミェイと同じ膝をついて頭を下げる。


「猫の部族を代表とする私からも、どうかクーの呪いを解いていただきたい。どうか・・・」



 ミテラはグローリアを見たあと、コリスに目を向けると、


『分かった。お前に全てを賭けよう。クーという猫の呪いを解く。だが、鍵の呪いは竜の部族を封印するときに必要になるため、解くことは出来ぬ』


「はい・・・ありがとうございます」


 コリスは感謝した。





 ミテラが地面に円と古代語を書き始めた。クーの呪いを解くための魔法陣を作っているのだ。コリスはそれを見つめるズミェイを見上げると、申し訳なさそうに声をかけた。


「あの・・・ズミェイさん。さっきはありがとうございました。でも、僕の願いのせいでズミェイさんに責任が降りかかってくるのが申し訳なくて・・・・」


 コリスは先ほどのミテラとズミェイの会話を思い出して言ったのだ。


「コリスさん、それは良いのですよ。時期が来たのですから。それにコリスさん。私はあなた方、猫の部族が好きなのです。部族同士が助け合うことは、当たり前のことです」


 部族同士が助け合うことは当たり前――。


 コリスは何より、そのズミェイの言葉が嬉しかった。部族同士が戦っているところは多い。犬の部族とは今は休戦中だが、ズミェイのような部族がひとりいると知っただけでコリスは救われた気持ちだった。



「僕もそう思います! みんながひとつになれば、竜の部族も倒すことが出来ますよね?」


 そうコリスは言うと、ズミェイは少し悲しそうな顔をした。


「コリスさん、私は竜の部族と和解したいと思っています。彼らは、きっとこの星を、私たち他の部族を本当に愛していた。野心や自己利益で私たちを支配しようとしたのではなく、なにか理由があってその支配という結論に至ったのだと私は感じています」


「竜の部族は、僕たちを・・・愛していた?」


 コリスはポカンとする。信じられなかったのだ。ズミェイはコリスに優しく微笑むと、竜の部族が封印されている土地の方角を見て、


「私は、彼らがなぜ我々を支配しようとしたのか分からないのです。そして、現在の部族同士が戦い恨み合っている状況を見て思うのです。竜の部族は、部族が作られたときからこうなることを一番分かっていたのではないかと。そして、そのことを一番悲しんだのは彼らではないかと。・・・ですから、尚更どうして我々に苦痛を与えるような支配という方法をとったのか、私には理解できないのです」







 ミテラが魔法陣を起動させ、なにかを唱え始める。コリスとグローリア、パートナーとズミェイはそれを静かに見つめた。ミテラの長い言葉に答えるように魔法陣が光を放ち始め、そしてその光は細かい粒子になって空へ放たれた。


『コリスよ、呪いは解けた。鍵の猫のことはお前に託すことにしよう』


「はい、分かりました。本当にありがとうございます」


 コリスとグローリア、ズミェイは深々と頭を下げて感謝を表した。


 これでクーの左足が治る! コリスは本当に、本当に嬉しかった。






 

 そして、とうとうジュラ国を去る時が来た。

 

 エンブラン国まで瞬間移動で帰るとき、ズミェイはコリスに近づき、そっと言った。


「コリスさん、物事には必ず深い意味があるものです。どうか、目の前のことだけを見て、決めつけない心をお持ちください」


 コリスはズミェイを見つめると、ズミェイは穏やかな顔でひとつのお守りをコリスの首にかけた。それは青いヒモに通された、ひとつの赤い宝石だった。


「その石があなたを守ります。どうか、御無事で」


「ありがとうございます! ズミェイさん。僕、あなたの言ったことを決して忘れません」


 ズミェイは微笑んだ。




 首にきらりと光る赤い宝石を携えて、コリスたちはジュラ国を後にした。


 頭の片隅で、己の使命とズミェイの言っていた本当の意味を探しながら。

【あとがき】


 身体が不自由になる呪いをミテラが解いた時――。


クー「あれ? あれ?! ば、ばばバルバート!!!」


バルバート「ん? どうしたんだ!?」


クー「左足が自由に動くよ!!! な、なんで?」


バルバート「!!!!!?」


 その後、バルバートが検査のために病院へクーを大慌てで連れていったり、異常なしと診断されてクーと号泣をしたり、それを見た周囲が感動の涙を流す光景が生まれていた。

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