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猫の魔者  作者: ルイン
第八章 魔法の修行
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別れ



 「えっ、じゃあコリスはもうすぐここを離れるの?」


 クーのがっかりした声が宿に響いた。


 コリスは寂しそうな顔をして「うん、そうみたい」と小さな耳を下げる。


「えらく急だな」テヴォルトも表にはださないが、少し寂しそうな雰囲気をまとっていた。




 雨で水没したグローリアの家が昨日、元通りになったのでコリスたちはこれから町を離れるのだ。そのことを、それぞれの師匠から聞いたクーとテヴォルトが、別れを言いに宿屋へと来てくれたのだった。



「てっきり、もう少しここにいてから行くのかと思ってたよ」


 本当に残念そうな顔をしたクーは、黄色い耳をしゅんと垂れさせる。それを見て、クーには申し訳ないがコリスは嬉しくなった。


「また町に来いよ。絶対な」テヴォルトはそういうと、にいっと笑う。


「また遊ぼうぜ」


「うん!」コリスは元気よくうなずいた。


 正直、ここにいた間はずっと勉強をしていたので三匹であまり遊んだ記憶がなかったが、次に町へ来たときはいっぱい遊ぼうとコリスは思った。



「僕のお家にも必ず寄ってね」


 先ほどの暗い表情とは一変して、クーはにこにこと笑顔で言った。


 次に会うときのことを考えると、三匹はとても楽しみになってきたのだ。それも、別れの寂しさを上書きするくらいに。



 コリスはふと疑問を持った。今までは、成り行きでエリアスの家で一緒に仲良く勉強していたのだが、これからクーとテヴォルトはどうするんだろう?と思ったのだ。また二匹で一緒に勉強するのかな。


 それをきくと、クーとテヴォルトは同時に首を振った。


「いや、俺たちは別々で修行することになったんだ。そろそろ、俺の本格的な修行をするらしいからな」


「僕も、ちょっと前からだけど魔法の練習をし始めたんだ。だから、僕とテヴォルトもしばらくは会えないかもね」


 と、肩をすくめていうクーとテヴォルトをコリスはえっとした目で見た。びっくりしすぎて飛び上がりそうになる。



「もう魔法の修行してたの!?」


 一体、いつの間に?



 コリスは今まで、全く魔法の修行をしていなかった。テヴォルトはコリスより年上というのもあり、また以前一緒に『魔者の街』を駆け回ったときに魔法を使っていたため、テヴォルトのほうがかなりコリスより修行が進んでいるのは知っていた。



 しかし、同じ年くらいのクーが自分より先に魔法の修行を始めていたことにコリスはショックだったのだ。まるで、置いてけぼりにされた気分だ。



「ま、まあまあ。だって僕、コリスよりちょっと年上だから・・・」


 クーがさらりと爆単発言をいう。


「えっ!?」コリスは仰天ぎょうてんしてクーを見た。



「おいおい、知らなかったのか? 年齢順でいえば、俺、クー、コリスでお前が一番年下だろ?」


「えええー! テオが一番年上ってことは知ってたけど、クーは僕と同じ年くらいだと思ってたのに・・・」


 あまりの衝撃に声がかすれていた。


「でも、ほんの2,3ヵ月だよ? そんなに落ち込まないで、コリス」


 苦笑したクーにはげまされても、コリスはしばらく呆然としたままだった。



 しかし、これでようやく自分が三匹の中で、一番魔法の修行が遅れていたことに納得する。先に行かれてちょっと悔しいコリスだった。早くコリスも魔法が使いたくてしかたがない。



 すると、ぼんやりしていたコリスの耳にグローリアの声が届いた。




「それでは、行くか。コリス、シーリー」


 人の姿のグローリアが荷物を持って宿の入り口に立っていた。


「はい!」


 シーリーも町で会った人や猫たちに別れを告げると、グローリアの元へ歩いていく。


「あっ! じゃあね、また来るね!」


 あわててコリスがグローリアたちの元へ駆けると、後ろからクーとテヴォルトが「またな」「元気でね!」と声をかけてくれた。



「うん! またね!!」


 宿屋を出るとき、コリスはうしろを振り返りながら水色の短い尻尾をふった。宿屋の中は、グローリアたちへ別れを告げために集まった人や猫がたくさんいた。







「そういえば、ミュミラン様が出産されましたよね? お祝いに行きたいんですが・・・。ちょっと顔を覗かせるだけでもいいですか?」


 グローリアの家に帰る前に、すこし何か買っていこうと町を歩いていたコリスたちに、人の姿をしたシーリーが思い出したように声をあげた。



「ん?なんだ、お前もか」


 ちょっとげんなりとした顔のグローリアを、何も知らないシーリーは「えっ?」と不思議そうに見る。コリスは冷や汗をかく。前に、お祝いをいいたいと駄々をこねたことを思い出したからだ。


 あれはちょっと恥ずかしかったな・・・。


 コリスは後悔していた。雨の事件のあとに起こった、猫の部族の仲間意識はもう鳴りを潜めていた。一時的なものだったらしい。







 というわけで、三人は町でちょっと買い物をしてから医院へ向かった。お祝い用のお菓子を買ったのだ。コリスとグローリアがお祝いを言いに行ってから、実に一ヶ月ぶりの再会だった。




 コンコン



 ノックして病室を開けると、以前、コリスたちが入ったときと同じ部屋が広がっていた。


 だが、以前と違うのは幼い話し声が聞こえるという所だろう。



 コリスたちが入ると、ベッドに黒い子猫と美しい三毛猫の姿があった。キティとミュミランである。二匹はなにか話しをしていたらしかった。



 ミュミランがキティから視線を上げてグローリアたちを見る。キティも座ったままこちらを向いた。ちょっと怯えているようだった。


「あら、いらっしゃい」


「もう言葉を教えているのか?」グローリアは驚いた。


「まあね。キティ、あいさつなさい」


 キティはおどおど身体を向けると、小さな声で「こんにちわ」とささやいた。恥ずかしがり屋なのか、すぐにミュミランのお腹にもぐり始める。




 猫の部族は生後1~2ヵ月ほどでたどたどしいがちゃんと話せるようになる。子猫の成長は普通の猫と同じくらいのスピードで大きくなるため、今のキティは大人の手のひらくらいにまで大きくなっていた。

 


 だが、生後5ヵ月くらいからは普通の猫より成長がゆっくりになり、たまに2年間ほど成長が止まったりする。なにしろ成人するまで20年もかかるのだから、それまでゆっくりゆっくりと大きくなっていくのだ。個人差はあるが。



 そして、20歳になると大人の体つきになり、成人の儀式をして人間の姿になることが出来る。ちなみに、儀式で瞳の色も変わるためそれが成人した証拠になる。




「なんの用?」ミュミランがキティをあやしながら尋ねてきた。


「いや、ただ祝いの言葉をシーリーが言いに来ただけだ」グローリアがそういう。



「ミュミラン様、ご出産おめでとうございます」シーリーは前に出るとお祝いのお菓子を差し出した。


「あら、ありがとう。ベッドに置いておいてくれるかしら? シーリーも、すっかり立派なお嬢さんになったわね」



「そ、そんな・・・。まだまだお転婆おてんばな部分が抜けなくて」


 そう恥ずかしそうに頭をかくシーリー。すると、ドアから青い髪をした青年が入ってきた。青年はシーリーを見て驚いた顔をする。サロフィスだ。



「シーリー」


 サロフィスがそう呼ぶと、その声を聞いて飛び上がったシーリーが、恐る恐るサロフィスを振り返った。


「ひ、久しぶり! サロ、元気だった? えっと、私はさっきまでグローリアの家を掃除してて、これからいつも通りグローリアの家で家事をする・・・――」



 コリスはとたんに支離滅裂しりめつれつになったシーリーにぎょっとした。ようすがおかしい。真っ赤な顔をしてしどろもどろに話すシーリーに、サロフィスがためらいもなく歩み寄るとシーリーの手首をパッとつかんだ。



「シーリー、悪いがちょっと話したいことがあるんだ。ここじゃ話せないから、ちょっと外に出よう」


 そう言うと、グローリアに許可をもらうため目くばせした。


 グローリアはそれに察してうなずくと「シーリー、先に家に帰っているからな」と言った。



「えっ?! ちょっ、サロ!待って――!」


 まともな返事もできないまま、シーリーは問答無用にサロフィスに連れられて行ってしまった。




 部屋が静まり返る。



「あの二人、どこへ行ったんですか?」コリスはきょとんとした。


「さあな。さて、」グローリアが肩をすくめると、にやにや笑っているミュミランに向き直った。



「邪魔したな。あ、そうだ。実は今からこの町を離れるんだ。私の家が直ったからな」


「あら、そうなの、残念ね」


 だが、その声は全く残念そうではなかった。むしろ、清々したといった感じである。



 グローリアは特に気にすることなく二匹のいるベッドに近づくと、しゃがんでミュミランに引っ付いているキティに話しかけた。



「私の名前はグローリアだ。生まれた時よりも大きくなったな」


 そう言いながらグローリアは微笑むと、キティをなでた。コリスもベッドの近くまで行くとベッドの下からキティを見上げる。キティはずっとおどおどした様子だった。



「この子、極度の人見知りみたいなのよ。とにかく恥ずかしがり屋で私から離れようとしないったらありゃしない」


 心底困ったようすでミュミランはため息をついた。それを、心配そうにじっとキティが見上げている。



「・・・まあ、始めはそういうものだ。この子の性格なのかもしれないな。だが、悪いことではないだろう?」



「そうだけど・・・」口をにごすミュミラン。



 コリスは前に会ったときより、二回りくらい大きくなったキティに話しかけた。


「こんにちは、僕を覚えてる? 君が生まれたときに会ったんだよ」



 キティがコリスの存在に気づいてベッドの下を覗きこんだが、その言葉にきょとんとしていた。



「くっくっく、キティは覚えていないだろう。しかも、そのときは眠っていたじゃないか」


 グローリアがおかしそうに笑う。それを聞いて、コリスもはっとした。



「だれ・・・?」困惑したようすでキティがコリスに尋ねた。


「コリスだよ。はじめまして? キティ」コリスが微笑む。



 キティは緊張したように身を乗り出すと、「わたし、キティ!」と声を上げた。


「うん。ちゃんと知ってるよ」コリスは笑うと、キラキラした水色の瞳でキティを見上げた。



 キティもコリスを見つめる。キティの瞳は満天の星空のようだった。黒い瞳に、キラキラした光をのせてキティとコリスはお互い見つめあった。


 キティはベッドから落ちそうなくらい身を乗り出している。それを見て、コリスは落ちるんじゃないかとハラハラした。



 ミュミランがそんな二匹を見て不思議そうに、


「珍しいわね、キティが恥ずかしがらずにしゃべるなんて。コリス君に興味があるのかしら?」


「・・・・・」グローリアはただ微笑んでいるだけだった。





「ねえ、こんどいっしょにあそぼ」キティがたどたどしく言う。


 コリスは困った。これから町を離れるというのに、次いつ町に来るか分からなかったからだ。



「・・・ごめんね、じつは僕はいまから町を離れなくちゃいけないんだ」


 キティはよく分からなかったのだろう。小さくかしげている。


「えっとね、今から遠いところに行くんだ。だから、こんどいつ会えるかわからない」


 今のは分かったのだろう。キティは、寂しそうに耳を垂れた。



 そのようすに先ほど別れたクーやテヴォルトの表情を重ね合わせたコリスはとたんに切なくなった。ベッドに前足をかけて背伸びをする。キティの驚いた顔が目の前にあった。



「でも、次に会ったときは絶対に一緒に遊ぼう。約束だよ」そういうと、コリスはにっこり微笑んだ。



「・・・・うん」すると、キティは悲しそうな顔から嬉しそうな顔になる。

 

 そして微笑むと、「やくそく」とつぶやいた。






 コリスはたくさんの猫と会う約束をしてエンブラン国の町を離れた。別れはとてもさみしいが、次に町へ来たときのことを思うとそれがとても楽しみにもなっていた。

【あとがき】


 お久しぶりです、ルインです。


 今回のお話に、コリスたち子猫の成長について書きましたが、私は、実際に猫を飼ったことは一度もありません。なので、子猫の大きさは動画等を参考にして書きました。間違っている部分もあるかと思います。すみません。


 また、ちょっとした付け足しを。本編では書きませんでしたが、二又の魔者が弟子をむかえに行くのは目安としてその弟子が5~6ヵ月になったときです。丁度、その時期に永久歯が生えそろうのと、部族の子猫は成長がゆっくりになるからです。


 それまでは母猫に育ててもらいます。大体、5~6ヵ月になるまで師匠は何回か弟子のようすを見に行って遠くから見守っている感じです。



 成長のことで間違い等があれば、申し訳ありませんがご指摘いただけるとありがたいです。では、ここまで読んで下さりありがとうございました!

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