黒猫のキティ
8/1、9/27追記:少しおかしかった文を直しました。話の流れは変わっておりません。
その後、コリスとクー、グローリアとバルバートは医院の前にいた。ミュミランと生まれた子猫に会いに来たのだ。それもダメ元で。
テヴォルトとエリアスは来なかった。というか、来れなかったのだ。それは、テヴォルトがいつも勉強から逃げてばかりいたせいで、コリスやクーよりも勉強が溜まっていたからだった。そのため、エリアスは付きっ切りで教えるはめになり、外出する許可がもらえなかったのだ。
コリスは本当に真面目に勉強していてよかったと思った。
さっそく医院に入り、受付にミュミランとの面会の許可をもらおうとしたのだがやはり拒否された。
「申し訳ございません。現在、ミュミラン様は絶対安静が義務づけられておりますので、特定の方以外はお会いすることができません」
そう申し訳なさそうに受付が言った。グラデーションがかった髪の女性だ。猫の部族である。コリスは以前、医院に来たとき彼女を見たことがあった。
「本人はどうなんだ? 体調は大丈夫なのか」
グローリアが尋ねた。少し心配だったようだ。
「体力は順調に回復されておりますが、度重なる面会のせいで心身共に疲れていらっしゃるようで・・・あまり良好とは言えません」
「あの、生まれた子猫は大丈夫なんですか?」コリスはキティが気になった。
「はい、問題なく育っておられます。ですが・・・」そこで受付は顔を曇らせた。
コリスは分からずに首をかしげたが、グローリアは察したように眉をよせた。
「父親のことか?」
「え、ええ・・・。もう大分、噂は広がっていますので察しておられるとは思うのですが、やはり・・・あの方なのでしょうか?」
受付の女性は伺うようにグローリアを見る。バルバートも少し眉をよせて難しい顔をしていた。
グローリアは首を振った。
「いいや、まだ本人に確かめてないからな。よく分からんが・・・ミュミランには直接きいたのか?」
「はい、それとなく尋ねたのですが、受け流されてしまいました。もしかしたら、相手方を庇ってらっしゃるのかもしれませんが・・・」
「・・・・・」
コリスとクーは訳が分からない様子で顔を見合わせた。なぜこの三人が微妙な雰囲気なのか、子猫の父親は一体だれなのか分からずじまいだ。だが、なんとなく割って入れるような空気ではなかったためにコリスとクーはじっと黙っていた。
すると、
「あれみなさん、どうしたんですか? もしかして、ミケに会いに来られたのですか?」
見ると荷物を抱えたサロフィスが、医院の入り口で立ってこちらを見ていた。どうやら買い物に行っていたようだった。
「ああ、そうなんだ。会えるのか?」グローリアが驚いたように訊く。
「ええ、みなさんなら大丈夫ですよ。ミケ――ミュミランも話があるでしょうし。特に、あなたに」
そう言ってサロフィスはグローリアを見たのだった。
なんだかよく分からないまま、コリスたちはサロフィスに連れられてミュミランの部屋に入った。
クリーム色の部屋で、前回のとき入った部屋と同じ部屋だった。だが、ベッドにはミュミランの他に黒い小さな塊がいた。
「わー!」クーが歓声を上げた。
とたんにバルバートがあわてた様子で口に指をあてると「静かにな」と注意した。クーは素直にうなずくと、横たわっている美しい三毛猫にお祝いの言葉をかけた。
「出産、おめでとうございます。あの、赤ちゃんを見てもいいですか?」
「いいわよ。そこからじゃこの子が見えないでしょう?別にベッドに上がってもいいわよ。この子、しばらく起きないから。」
クーはお礼を言うと、嬉しそうにベッドに上がった。
その後、コリスもお祝いを言ってベッドに上がらせてもらった。
「わー・・・ちっちゃいね」コリスが驚いたように目を瞬いた。
生まれたばかりのキティはとても小さかった。くーくー寝息を立てて寝ている。
「かわいいね~」クーもニコニコしてキティを見ていた。
鼻を近づけると、ほのかなミルクの匂いがした。とても懐かしくて優しい匂いだった。その匂いはコリスの幼いころを思い出させた。
「なんだかお母さんを思い出すよ」
コリスが思わず言うと、それにクーが反応した。
「コリスのお母さんって普通の猫? どんな猫だったの?」
この世界には魔力を持つ猫の部族と、なんの力も持たない猫の部族以外の普通の猫の二種類いる。だが、猫の部族の大半が普通の猫から生まれるため、クーはそう尋ねたのだ。
「うん、普通の猫だったよ。茶色いトラ猫でいつもピリピリしてたけど、すごく優しかったなあ」
それを聞いて、クーは「そうだったんだ。」と言った。
いつの間にか、グローリアたちは大人同士で何か話しをしていた。
「クーは?」コリスが訊き返す。
「僕? 普通の猫だったらしいよ。どういう猫なのかは分からないけどね。」
「え? それって、どういうこと?」コリスは首をかしげた。
「母猫のことはほとんど覚えてないんだ。捨てられてたんだって。コリスあのね、実は僕エンブラン国にくるまで飼い猫だったんだ」
「―――!」
コリスは目を見開いた。ビックリし過ぎて全身の毛が逆立っている。
「えっと、飼い猫ってことは・・・その、人間に飼われてたってこと?」恐る恐るコリスは訊く。
「うん、学者のオリバーっていう人がね。でも、全然怖くなかったよ。すごく優しくてちょっと変わってる人間だった。バルバートと一緒だね」
肩をすくめてクスリと笑うクーを、コリスは困惑して見た。
「どうして飼われることになったの?」
「学者のオリバーは元々ね、世界中の部族を研究している人で僕たち猫の部族のことにも詳しかったんだよ。それで、生まれたてで今にも死にそうだった僕を見つけて、すぐに僕が猫の部族だって分かったんだって。それから、バルバートが迎えにくるまで僕を大切に育ててくれたんだよ」
「へー、そんな人間がいたんだ・・・」
コリスはポカーンとしていた。
「うん。だから、大人になったらオリバーに会いに行こうと思ってるんだ。オリバーには色んなことを教えてもらったし、僕の大切な親みたいな存在だから・・・」
ちょっと恥ずかしそうにクーは前足をもじもじしている。
コリスは、自分の母猫を思い出すと自分も大人になったら会いに行きたいな、と思った。だが、そのころにはもう母猫は亡くなっているかもしれないことを思うと、コリスはクーがちょっとだけうらやましくなったのだった。なぜなら、普通の猫よりも人間のほうが寿命が長いからだ。
この世界でいう、普通の猫の寿命は約20年前後。猫の部族の修行は20年・・・。例え、コリスが20年経って大人になったとしても、そのころにはもう母猫は死んでいる可能性だってあるのだ。それを考えるととても悲しくなる。
コリスが思わず俯いていると、急にグローリアのイラだった声が耳に入ってきた。
「だから、この子猫の父親は一体誰なんだ? ギルゼルトではないのか?!」
えっ、ギルゼルトさん!? 出てきた名前にコリスはぎょっとした。あわてて寝ているキティを見と、確かにキティは黒猫だ。そして、ギルゼルトも黒猫。だが、よくよく見てみると少し違う色も混ざっていた。深緑や青っぽい色が所どころ入っているのだ。
しかし、三毛猫とは全く似ていない毛色からして、この黒い色は父親の持つ色なのだろうと想像がつく。
じゃあ、キティの父親は本当にギルゼルトさん――!?
コリスの脳裏には、グローリアと似た黒いオス猫の姿が浮かんでいた。金色の瞳をしており、威圧するような雰囲気をした猫・・・。コリスにとってギルゼルトは怖い印象を持つオス猫だった。
話を聞いていたのかクーも驚いた表情でキティを見る。
だが、ミュミランは何も言わない。
いくら尋ねようが迫ろうが、全く口を開かず相手を睨み付けるだけだった。
「・・・・・」グローリアは重いため息をつくと、おもむろに口を開いた。
「本人に確認を取るぞ。いいのか?」
最終手段とでも言いたげなグローリアの言葉に、それまで動かないでいたミュミランの耳がピクリと動いた。
「・・・・別にいいわよ。私が訊きたいくらいだもの・・・」
するどい目つきでグローリアをにらんだまま最後だけつぶやくと、ミュミランは顔を背けた。
それまで黙っていたバルバートは最後の言葉に疑問を持った。
「なんだ、一体どういうことだ?」
「どうもこうも、こっちが訊きたいくらいよ!! あの日、気軽に冗談のつもりで誘ったらあの猫が乗ってきたの。堅物で、誰とも過ごそうとしなかったあの猫がよ!? だから・・・だから――!」
「だから共に発情期を過ごしたと? アホらしい、先のことを考えなかったのか。」
グローリアはひどく呆れていた。
「だから、そこがさっぱり分かんないって言ってるの!! 私は別に後悔してないわよ。ただ、あの猫の気持ちが知りたいだけ・・・・!」
そう言ってミュミランは泣いてしまった。あれだけ気丈だったミュミランが涙を流したその姿に、その場にいた全員は冷水を浴びたように硬直した。
聞けば、ギルゼルトは共に過ごした日から一度もミュミランを訪ねていないようだった。それは妊娠・出産をしても変わらず、一向に現れない父親にミュミランは当惑した。その後、次から次へと来る客に疲れていたこともあり『面会拒否』を設けたが、それでもギルゼルトが訪ねてくるのをずっと待っていたようだった。
サロフィスはそのことを知っていた。キティの父親がギルゼルトであることも。
「生まれた子猫が黒猫だと分かったとたんギルゼルト様じゃないかと思ったんですよ。なにしろ、猫の部族に黒猫は二匹しかいませんからね」
二匹というのはグローリアとギルゼルトのことだ。キティが黒猫だということが広まり、それを聞いた大体の猫の部族はキティの父親が誰なのか察してはいるだろう。
それでも、ギルゼルトが来ないということは何かがあるのではないかと、ギルゼルトと古い付き合いのグローリアは感じていたのだった。




