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猫の魔者  作者: ルイン
第五章 過去の置き手紙
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過去をつなぐ箱

  




 サロフィスの家に着いたコリスたちは、家の後ろに引っ付くようにある小さな物置部屋へと案内された。

 


「物置にしまっているのか・・・」その事実にちょっとがく然としたグローリアだが、気を取り直してアルセの遺品を見つめた。

 


 それは物がたくさん仕舞われている暗い部屋のテーブルに置かれており、ちょうど物置部屋の中心にあった。




「あれがおじい様の肖像画だと母から聞いています」


 物置の壁に、銀の縁取がしてある絵があり、そこには一匹のとても美しい青色の猫が描かれていた。威厳を感じるその鋭い瞳の猫はクッションに横になり、こちらをじっと見つめている。


「すごいピアスの数・・・」ほえーっと見上げていたクーがゴクリと喉を鳴らした。


「ほんとだ・・・」コリスもツバを飲みこむ。


 

 描かれているアルセの耳には無数のピアスがはめられており、そのひとつひとつが宝石のように色とりどりに輝いていた。そのせいか、とても神秘的に見えた。


「あれは当時の流行りだ。耳にピアスをつけて神秘的に見せることが当時は流行っていたんだ。私の耳にも一つ穴がある」


「へぇ~。面白いですね」コリスはにこにこして言った。知らないことを知ることがうれしいのだ。



「それよりも、箱を開けよう」バルバートは声を上げた。周りがのんびりしているのをみてちょっとイラッとしているようだ。


「わかったわかった。サロフィス、お前はこれを開けたことがあるか?」


「いいえ、一度もないです。母から開けるなと言われていたので・・・」


「メアリーが? ふーん、まあいいだろう。開けてしまえ」


「え・・・。い、いいんですかね?」サロフィスは冷や汗を流した。



「いいだろ、別に大したものは入ってないだろうしな・・・」



 サロフィスが木箱のフタを開けた。みんなが固唾を飲んで覗いてみると、そこには何もなかった。


「え?何もない・・・って、えぇー・・・」


全員が落胆した、そのとき、いきなり部屋全体が青く淡い光で満たされた。




「・・・・?!!」




 全員がぎょっとして部屋を見渡していると、木箱の中から声が聞こえてきた。



『あー・・・、声が聞こえるか? ずいぶん眠った気がするな・・・』


 その声に、グローリアの目が見開いた。「アルセ!!」



「えええええ?! ア、アルセさんの声!?」


 全員があまりのことに驚愕していると、木箱の上に青い光が集まった。それは猫の形をつくり、あの肖像画に描かれている通りの猫がそこに現れた。



「・・・・・」


 みんな口をぽかーんと開けている。まさか、本人がそこに現れるとはちっとも思ってなかったからだ。


「お、おじい様・・・?」


「アルセ・・・・」


 サロフィスが歩み寄った。グローリアは黒猫の姿だったので見上げていた。


『・・・・』アルセはぼんやりとした姿のまま、眠そうに全員を見渡した。



 そして、グローリアを目にとめると


『グローリアか・・・? 久しぶりだな。私が死んで何年になる? そう経ってないはずだが』


「・・・お前が死んで80年になる」



『80年? よく生きてたな、お前の息子は元気か?』



 ――息子!?


 みんなが仰天ぎょうてんしてグローリアを見た。グローリアは苦虫を噛み潰したような顔をして「ブレスはもう死んだ」といった。



 サーッと部屋の温度が低くなった。しかし、そんな中でアルセだけはただ思い当たるように『ああ』とつぶやいた。


『あいつはちょっと変わってたからな・・・。ところで、わが子たちはどこだ?』


「・・・・。お前の子供は3匹とももういない。だが、メアリーの子供はいる」


 アルセはそれを聞いて一瞬悲しげに目を曇らせると、恐々と前に出てきたサロフィスを見て目を見開いた。


『ほお、私に似て美丈夫びじょうぶじゃないか。さすが我が孫だ』


「・・・・。なんでお前がここにいる」グローリアは無視するとアルセに聞いた。



『そうだ、グローリア。お前に言いたいことがある。ちゃんとメッセージのことは伝えたんだろうな? 居るんだろう? この中に。インを持つ猫が』


 期待のこもったまなざしでアルセは全員を見渡した。コリスがクーをチラリと見ると、少し震えているようだった。



「人の話をきけ。お前はいつもそうだ・・・」昔を思い出したのかぶつぶつ文句を言っているグローリアに、アルセが顔を向けた。


『ふん、どうせ忘れていたんだろう? だから、私がこうして直接話しができるようにここにいるんだ。あまり長時間ここに魂をしばりつけてはおけない。誰がインを持っている?』



 アルセがもう一度、全員を見渡す。すると、




「ぼ、僕です・・・」クーが震える足で前へ出た。その身体の震えがわかるように、ヒゲが大きく震えているのが分かった。


『お前か。私はアルセという者だ。お前の名前は? 黄色い子猫よ』


「クーです・・・」


『クーか。お前の親は誰だ?』


「え?」クーは聞き返した。


『親となったものがいるだろう?』


「え、あ、はい。バルバートです」師匠のことを言っているのだとようやく気が付いたクーは、バルバートを見た。



「私が親だ」バルバートが前に出た。


『・・・ん? お前はスィーラの弟子か? あの小汚い灰色の毛玉みたいな』


「・・・・・」


『でかくなったな。スィーラは元気にしているか? お前はよく私たちの仲の邪魔をしてくれたな。よく覚えているぞ』



「・・・・・・」バルバートは自分の師匠に迫っていた気に入らない青い猫のことを思い出していた。邪魔をしてはこの猫によく吊し上げを食らっていたことも。


 威嚇いかくするようにバルバートはアルセを睨み付けた。



『まあ、そんなことはいい。お前の弟子を借りるぞ。しばらく二匹で話がしたい』


「なぜだ? 私がいてはだめなのか」


『まずはありのままを受け入れさせる必要がある。そのときに、部外者は邪魔になるんでな』



「・・・・一体なにを話すというんだ」バルバートが食ってかかった。



『安心しろ、真実を話すだけだ。クー、お前もその印が何なのか知りたいだろう?』


 クーはちょっと迷ったあと、「はい」とうなずいた。



 バルバートは恨みがましくアルセを見ると、ため息をついてクーをなでた。


「一匹で大丈夫か?」


「うん。僕、男だから平気だよ」クーがバルバートを見上げていった。


 それを聞いてバルバートが複雑な表情をする。だが、意を決して立ち上がると、部屋を出て行った。



「では、我々も行くか」グローリアが声をかけて、他の人も外へでた。部屋にはクーとアルセだけになってしまった。



 出て行くとき、コリスは後ろを振り返った。青い印が描かれた背中を伸ばして、クーはじっとアルセを見つめていた。もうヒゲは震えていなかった。





「大丈夫かな・・・」コリスは心配そうにグローリアにつぶやいた。物置のドアが閉められる。


 ギィ・・・ガッチャン



 古い木製の扉は、二匹の会話を一切断ち切るようにコリスたちの前に立ちはだかった。 



「大丈夫だろう。だが・・・」


「だが、何?」コリスはグローリアを見上げた。


 グローリアはドアを見つめたまま、つぶやくように言った。



「クーに、真実を受け入れられるほどの器があるかどうか・・・」




 *・*・*・*・*




 「あれ、ここにいたんですか?」


 数時間たったあと、サロフィスの家に居させてもらっていたコリスたちは、エリアスの声を聞いて飛び起きた。


 見ると、客室の入り口にエリアスと腕に抱えられたテヴォルトが立っていた。


「エリアスさん! テオ!」コリスがうれしそうに駆け寄ると、テヴォルトが床に下された。



 ぼーっとしていたテヴォルトはぼんやりした目でコリスを見ると、はっとしたように顔が急に締まった。


「おいコリス、クーはどうなったんだよ?」相変わらず鋭い瞳でコリスに言い寄る。



「そうですよ、あれからどうなったんですか?」エリアスもその場にいる者に尋ねた。


 いま客室にいるのはサロフィスとミュミラン、コリスにグローリアだった。


 サロフィスはあれから一度、医院へ戻ったのだがミュミランが様子を見に行きたいとだだをこねたので連れてきたのだ。一応、もうすぐ出産予定なので医院で寝泊りしているのだが、一時帰宅させてもらったようだ。なんとも強引な。


 バルバートはというと、あれからずっと物置部屋の前にいる。なにしろ自分の大切な弟子が気に入らない(しかもよくわからない)猫と一緒に(しかも二匹っきりで)部屋にこもっているのだから。気にならないはずがない。



 コリスたちはことのあらましを話した。それを聞いていたエリアスはビックリしたように口を開けていた。テヴォルトは「ふーん」と理解しているのかしていないのか、それとも興味がないのかよく分からない反応をしていた。たぶん後者だろう。


 


「――それでどうすんだよ?」大体説明し終えて、みんなが沈黙しているとテヴォルトが急に切り出した。


「え?」周りがパチクリしていると、


「だから、クーが出てきたあとだよ。」テヴォルトが続けた。


「あと?」コリスは口ごもった。


 クーとアルセの話が終わったあとのことは全く考えていなかったからだ。コリスは周りを見た。


 すると、グローリアが口を開いた。


「まず、アルセとの会話が終わってからでないとわからないな。話の内容がなんであれ、クーには重い話にはなると思うが・・・」


 その場にいた全員がグローリアを注視した。


「グローリア様はなにか御存じなんですか?」サロフィスが聞いた。それはみんなが思ったことだった。



「・・・アルセに会ってから少し思い出した。伝言あれは、できればバルバートには言いたくないが・・・」


 深刻な表情をしたグローリアを見て、周りは怪訝な顔をする。



「なんです? その内容というのは」エリアスが聞く。



「・・・あれは、竜の部族に関する話だ。クーがどうしても受け入れる必要があったのは、あの印――あのかぎの用途が、小さな子猫が背負うにはあまりにも重すぎるものだからだ」



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