テヴォルトの恋
11/7:分かりにくい描写があったため、少し文章を付け足しました。話の流れは変わっていません。
「サロフィス? あの青毛の彼が?」エリアスは意外そうな顔をした。
「ああ、そうだ。アルセは美しい青色の毛並をしていたからな、その遺伝だろう」
青色の毛並の猫は珍しい。猫の部族の中でも、深い青色の猫はサロフィス一匹しかいない。それほど青色の猫はあまり生まれないのだ。水色もまた同じで、青系は神聖な色として昔は崇められていた。
今はそんな風習はないが、珍しい色という気持ちで見る者は結構いる。エリアスもその色でサロフィスを覚えていた節があるくらいだ。
そのとき、カウンターの奥にある厨房から、白い髪をした少女が出てきた。シーリーだ。どうやら今まで厨房にいたらしく、呼ばれてやってきたのだ。しかし、コリスが驚いたのはシーリーの後から一緒に出てきたかわいらしい少女たちだった。
わらわらと3人と一匹の猫が、かわいらしいフリフリのエプロンドレスを着て後ろからついてくる。コリスはぽかーんとした。みんなきゃっきゃと頬を染めている。その視線の先はエリアスだ。
「あいつらよくあんな服着れるよな。俺だったら絶対ムリだ」
テヴォルトは言う。
いや、それは着る着ない以前の問題だと思うけど・・・とコリスは思いながら、
「あの人たち一体だれ?」
「なんだよ、知らねえのか。あいつらはカリファーのウェイトレスだぜ。」
ウェイトレスということはあの絵本に出てくるような色とりどりのエプロンドレスは店の制服なんだろう。それにしても・・・
「全然、この店と雰囲気あってないね」
「だろー?」強く同意を求めるようにテヴォルトがコリスを見る。
この店カリファーは古い感じのパブで、内装はおしゃれだがどちらかというと落ち着いた雰囲気の店だ。そこに明るい色の、フリルのついたエプロンドレスを着た店員がいれば落ち着くもなにもない。
ちぐはぐなのだ。店員とこの店の雰囲気が。彼女らはエリアスにあいさつすると恥ずかしそうに頬をぽっと赤らめた。そして、全員にあいさつを済ませるとささっとカウンターへ戻ってこちらをうかがっている。
「あの・・・、なにかご用でしょうか?」シーリーは不思議そうに聞いた。これだけたくさんの人(猫)がいるところに呼び出されて戸惑っているのだ。
「いまサロフィスの話をしていたんだ。シーリー、お前は確かサロフィスと幼馴染だっただろう?」
グローリアが言う。
「え、ええ・・・。そうですが、それがなにか?」
「サロフィスからアルセ・・・いや、祖父の話をきいたことはないか?」
「祖父の話ですか? ・・・いえ、お母様の話は聞いたことがありますが、おじい様の話までは・・・」
シーリーが申し訳なさそうにいった。
「母親・・・メアリーか。メアリーについては何を話していたんだ?」
グローリアが探るように聞く。
シーリーはしばらく思い出すように上を向いていたが、首をかしげた。
「小さいころの話ですが・・・。お母様が園芸を始めたとか、ときどき料理教室を開いて人がたくさんやってくるもんだから掃除が大変だとか・・・」
「・・・世間話だな。そういえば、メアリーはけっこう趣味をたくさん持っていたな。それで人脈が広かったわけだ。それを聞くと、サロフィスもメアリーの事情にいろいろ巻き込まれていたようだな」
くっくっとグローリアが失笑した。その場面を想像したら笑ってしまったのだ。
「あの、ほかには何か・・・?」
「・・・そうだな。それで・・・」
「――そんな話をしてる場合じゃないだろう! サロフィスという男は一体どこなんだ? 本人に聞いたほうが一番てっとり早いだろう」バルバートが立ち上がって憤然と言った。
「バルバート、落ち着いて!」クーが止めた。
バルバートは少し短気な性格らしい。だが、それも弟子を思ってのことだ。のんびりしている僕たちのほうがいけないのかもしれない。
「サロフィスさんを探しに行きましょうよ。なにかメアリーさんから聞いているかもしれないですし」
コリスが割って入った。
「そうだな。本人に聞いたほうが早い。悪かった、バルバート。シーリー、いまサロフィスがいると思う場所で、思い当たる所はないか?」
「今ならたぶん医院にいると思いますよ。ミュミラン様がたしかこの時間には医院にいますから、きっと付き添いでサロも一緒にいると思います」
シーリーはそういった。
みんなぞろぞろ店の外へ出ると、町の人たちがざわついていた。
「あ」コリスが思わず声を上げた。
隣にいたテヴォルトもそれを見てピタッと足を止める。
店の前に、出て行った黒豹のような猫のギルゼルトがいたのだ。座って、コリスが知らないもう一匹の猫と話をしている。その猫を見ようとしても、こちらからだとギルゼルトの身体で隠れてよく見えなかった。赤い毛並が黒い毛並越しにちらちら見える。グローリアが声をかけると、ギルゼルトはふっと振り向いた。
その時、ギルゼルトの影で見えなかったもう一匹の猫が見えた。はっとするほど美しい透明な青い目に出会う。何よりも驚くのは、その猫の燃えるような真っ赤な毛並だった。まるで、全身から火が出ているように鮮やかな赤色だったのだ。
その赤い毛の上に走る真っ黒い豹柄が、ますます彼女の存在感を引き立たせているようだった。コリスは彼女と目が合うと、なぜかキッと睨み返された。戸惑って目を瞬いた。なにかしただろうか?
「なにかあったのか?」グローリアが黒猫の姿で、優雅に歩きながらギルゼルトのところへ行った。
一瞬、それを見た赤猫の彼女が身体を固くするのが見えた。だが、それは見間違いかもしれない。それくらい小さな身動きだったからだ。
「・・・ああ、雨が降り止まない」
ギルゼルトはどこか気だるそうな目でグローリアを見ると、その話をしているのにどうでもいいという風に空を見上げた。
「・・・雨が? それは変だな」グローリアも空を見上げると、黒い雲はずっと広がっていた。
コリスも周りにいた人(猫)も空を見上げた。ずっと強い雨が結界に降り注いでいる。コリスは、ふとここへ来る時に「きっと結界が破れたら痛いだろうな・・・」と思ったことを思い出した。実際、当たると半端なく痛いだろう。
「おかしいですね・・・」エリアスもきれいな顔をしかめてうなった。
それを見たクーが不思議そうに聞いた。
「どうして雨が降り止まないだけで変だと思われるんですか?」
「クー、もしコップの中に水を注ぎ続けたらどうなる?」バルバートがしゃがんでクーを見つめた。
「コップ・・・ですか?」クーが戸惑ったようにきいた。
「そうだ。コップはそのうちあふれて周りは水たまりになるだろう」
「では、これからそうなるんですか? ここもコップの水のように、水浸しになるんですか?」
壮大な話に、コリスは目を見開いた。山に囲まれているこの国が水たまりになると聞いただけで身体がうずうずしてくる。キラキラした水色の瞳と、不安そうな緑色の瞳に見つめられて、バルバートは空を見上げた。
「このまま・・・ずっと降り続けるのであれば。みんなそれを危惧しているのだよ」
「あれ? どうしたの、テオ」
グローリアたちが町人のざわめきから医院へ移動を始めたとき、コリスは突っ立ったまま微動だにしないテヴォルトを振り返った。
「みんな行っちゃうよ! はやくー」
コリスがテヴォルトのもとへ戻ってくると、彼は全身のこげ茶と金色の毛を逆立てて、耳とひげをピンッ!と伸ばして固まっていた。その薄茶色の視線をたどっていくと、そこにはギルゼルトとあの赤い雌猫が座っていた。
「テオ・・・?」奇妙な友人の姿に不安げに思いながら、コリスは前足でテヴォルトの身体をつついた。
「・・・・・・」じっとそこを見つめたまま動かない。よく見たら、筋肉がこわばったように緊張していた。
「・・・・??」ずいっとテヴォルトを背伸びして覗き込むと、薄茶色の目が極限まで見開かれているのがわかる。
「どうしたのー?」とことこと左足を引きずりながら、クーがやってきた。
コリスはクーを振り返ると、首をかしげた。
「わかんないんだよ、それが。なんか、雷に打たれたみたいでさ・・・」
そこでコリスははっとした。もしかしから、本当に雷に打たれたのかもしれない。なにしろ、今はこんな豪雨だ。しかもたまに空が光って雷が見える。でも、結界を突き抜けて落ちてくるのかな――? コリスは一回だけ、遠くから雷が落ちるのを見たことがあった。
本当に雷に打たれたら、こんな風になるんじゃないかとコリスは思った。
「・・・雷に打たれたらこんな風にならないよ。僕、雷が落ちた痕見たことある。もっと黒焦げですごかったよ」
「えーってことは、クーは見たことあるんだ、いいな~。僕は落ちるところは見たことあるけど、そこへ行こうとしたらお母さんに止められちゃってさ、行けなかったんだよ」
コリスはそのときのことを思い出していた。コリスの母猫は野良猫だった。そのあとすぐに別の場所に引っ越したのだ。
クーはクスクス笑うと、柔らかく微笑んだ。
「学者のオリバーがそこまで連れて行って見せてくれたんだよ」
「え? 学者のオリバーって、誰なの?」コリスがそう聞くと、クーははっとしたように頭を振り、
「ううん、なんでもない」とだけ言って、テヴォルトをつついた。
「3匹ともどうしたんですか? こんなところで一体」
声に振り向くと、エリアスとバルバートが立っていた。どうやらグローリアは先へ行ってしまったようだ。
「あの、テヴォルトがさっきから変なんです」
コリスが心配そうにテヴォルトを見た。クーも不安そうに見ている。
「おや・・・。テヴォルト・・・テヴォルト! こっちを見なさい」
エリアスが声をかけても、テヴォルトは一向にこちらを向かない。
エリアスがテヴォルトの視線をたどると、
「おや、あれはリアお嬢さんですね。」といった。
真っ赤な美しい雌猫は、どうやらリアという名前らしい。とたんに、ピクッと石のようだったテヴォルトの耳が動いた。
「リア・・・」わなわなと口を震えさせたテヴォルトは、毛をもっと逆立てると突然パッと消えてしまった。
「ええええっ!?」コリスとクーがビックリして声を上げた。
「い、今のって、瞬間移動?!」
コリスは何回か見たことがあった。グローリアとシーリーが家に突然現れたり、急にいなくなるときがあったからだ。
「まったく・・・まだ百年早いのに」エリアスが呆れたように手を目に当ててつぶやいた。
「・・・瞬間移動は彼が使うにはまだ早すぎると?」バルバートが不思議そうに見た。
「いえいえ、それもありますが・・・いや、まったく」エリアスは首を振った。
首をかしげている全員を見て、エリアスはため息をついた。
「彼は恋をしてしまったんだよ。・・・おそらくリアお嬢さんにね」
こんにちは。お久しぶりです。
話の途中にあるコップの話ですが、あれは恐らく“あり過ぎる水は周りに災厄を招いてしまう”ということの例えだと思います。
川の水があふれてしまえば、洪水が起きたり浸水したりしますよね。それを“災厄”と言っているのだと思います。
バルバートはそれをなんとか小さい子 (クーやコリス)に分かるように説明しようとしてあえてそう言ったのだと思うのです。
分かりずらいですかね?(汗
では、ここまで読んでいただきありがとうございました!




