背中の呪い
「ちょっと待ってて、いま明かりを点けるから」黄色い子猫はそういうと、足を引きずりながら暖炉へ歩いていった。
子猫の家へやってきたコリスたちは、本が散乱した部屋にいた。コリスは普通にしているが、テヴォルトは落ち着かないのかキョロキョロしていた。
床一面に紙が落ちており、テーブルの上や壁にも紙がたくさん貼られていた。
足元にある紙をコリスは読んでみた。だが、古い文字で書かれていて全く読めない。どの紙も難しい言葉が書かれていてコリスには暗号にしか見えなかった。難しくて首をかしげていると、薄暗かった部屋が明るくなり暖炉に火がともったことを知らせた。
黄色い子猫が戻ってくると、テヴォルトはその子猫の足をじっと見た。
「お前・・・足が悪いのか?」
子猫はずっと左足を引きずっていた。子猫は「まあね」と気にしてない様子で肩をすくめた。
「どうしてそうなったの?」コリスもそれを気にしていた。
すると、子猫は耳を動かして「生まれつき足腰が弱いらしいんだ」と言って身体をひと舐めした。
「そうなんだ・・・」
「・・・・・」
テヴォルトはそのことを重要視していた。なぜなら、猫の部族にとって足が悪いというのはあまり良いことではないからだ。
身体のどこかが悪ければ、それだけで魔者になる確立は低くなる。もっと悪いことに、今までそういう猫が魔者になった事例は極端に少なかった。それは、障害を持って生まれてくる子猫が少ないというのもあるが、どこか悪いだけで「死ぬ確立があがる」ということが原因だった。
猫の部族は数が少ないために、少しでも死ぬ確立が高い者は魔者になることを許されない。よほど戦闘に向いているか、または秘策を持っていないと戦場には出れないことになっていた。
魔者になりたい気持ちが強いテヴォルトは、そのことを真剣に取っていた。
もし、この子猫が魔者になりたいのであれば、周りに必ず止められる。テヴォルトはそのことを知っていた。
「・・・・」
「ねえ、聞いてもいい?」コリスが口を開いた。
「うん?」子猫が顔を向ける。
「背中にあるのはなに?」コリスは子猫の背中を見た。
「・・・・。これのせいで、バルバートは変人扱いされているのさ」
子猫は憎々しげに背中を見た。テヴォルトも興味を引かれたように見る。子猫がそれを感じて背中を向けた。
そこには青い記号のようなものがあった。黄色い背中に不自然な青い模様。それは、円状で上が尖っており、中心に小さな丸があった。見たこともないその模様は、まるで誰かがいたずらして描いたようにも見える。
「・・・なんだ?それ」テヴォルトは奇妙なものでも見る目で言った。
コリスはじっとそれを見つめている。子猫は黄色い耳を下げて悲しそうな表情をした。
「僕、どうやら呪われてるみたいなんだ」
二匹はビックリして目を見開いた。どうして? なんで? さまざまな疑問が頭に浮かんだが、どれも言えなかった。それは、この場があまりにも空気が重かったのと、子猫のほんとうに寂しそうな顔を見てなんと声をかけていいか分からなくなってしまったからだった。
いつの間にか外では雨が降っていて、小さな窓から雨音が聞こえていた。
「・・・・」
「・・・・」
ポツポツとした音がこだましている中、二匹がどうしたらいいのか分からないでいると、子猫はとたんにパッと表情を明るくして笑った。
「なーんてね。暗くなったってどうにもならないし、僕は別に気にしてないよ。だって、ちょっと他の猫と違ってて面白いでしょ?」
晴れ晴れとした表情の子猫を見て、二匹はポカーンとした。さっきの悲しい表情はどこへやらだ。子猫の顔はにこにこしていた。
その様子に、コリスとテヴォルトはほっとした。
「あ、そうだ、自己紹介をしてなかったね。僕の名前はクー、君たちは?」
鮮やかな緑の瞳を向けながら、クーは聞いた。
「僕はコリスだよ」
「テヴォルト。テオでいいよ」
「これからよろしくね。」クーは微笑んだ。それはとてもきれいな笑顔だった。
「・・・あのさ、気にするなよ。足のこと」テヴォルトはクーを真正面から見ながら言った。
「俺は気にしないぜ。なにが悪いかなんて、そんなに重要じゃないしな」
「・・・・」クーは思わず言葉に詰まった。てっきり、足のことで何かを言われるんじゃないかと思っていたのだ。だが、その思いがけない言葉に、思わず涙が出そうになる。
それを見て、コリスも優しく微笑んだ。
「僕もそう思う」
「・・・・ありがとう」クーは嬉しそうに、きれいな瞳に涙をためて言った。
「・・・そういえば、なんでこんなに散らかってるの?」コリスは周りを見渡しながら聞いた。
「僕の背中のことを、師匠が調べてたんだ。ずっとね。図書館から資料を持ってきて、ここで読むもんだから、このありさまさ」
「え?図書館があるの?!」コリスは違うところに食いついていた。
「あ、うん。知らなかった?『魔者の街』の近くに図書館があるんだよ」
クーはちょっとビックリしながら言った。
「へー、そうだったんだ。」
コリスは文字が読めるようになってから本をよく読んでいた。なので本がたくさんある場所があると聞いて嬉しくなったのだ。今度グローリアにそこへ連れて行ってもらおうと考えていると、
「おい、重要なとこそこじゃねえだろ」
と、テヴォルトに突っ込まれてしまった。
「それで何か分かったのか?」
「うん。一応、これは昔から引き継がれてる呪いじゃないか・・・ってね」
「引き継がれてる呪い?」コリスとテヴォルトは同時に首をひねった。
「うん。定期的に、僕みたいに背中に模様がある猫が生まれるんだって。で、その猫は必ず身体に悪い部分を持って生まれてくるらしくて、僕の足もそうみたい。
なんだか大昔、太古の時代に僕たちの一族が何かしたらしくてね。その時にかけられた呪いなんだってさ」
「ふーん」
「呪いをかけたのって、他の部族とか?」コリスが聞いた。
「うーん、それは分からないんだよね。でも、そのころに大きな戦争があったらしいから、それが原因でなにかあったんじゃないかって言われてるよ」
「え、大きな戦争?」コリスはビックリした。
「うん、まだ部族が出来たばっかの時に、すごく凶暴な部族がいたんだ。その部族があまりにも大暴れするもんだから、すべての部族が団結してその部族に対抗したらしいんだよ」
「そんなに強かったのか?」テヴォルトがちょっと興味を引かれて聞いた。目がキラリと光っている。
「この星の中で一番強い部族だったらしいよ。魔力も人数も多くて歯が立たなかったんだって」
「へえー」コリスは、まさかそんな恐ろしい部族がいたとは知らなかったので驚いていた。
「ふんっ、それでも俺たちの方が強いだろ?」テヴォルトは偉そうにふんぞり返って鼻を鳴らした。
「でも相手も強かったんでしょ? いくら僕らが上でも、数が多かったら勝てないよ。僕たちは少ないんだしさ」
コリスがそういうと、テヴォルトはムスッとした顔をした。クーがそれを見て笑うと、肩をすくめて言った。
「でも、僕たちの数が少ないのは、そいつらのせいかもしれないよ。まあ、猫の部族にとって天敵だったことは間違いないだろうしね」
今の猫の部族に、天敵というほどの部族はいない。あえて言うならば、犬の部族だろう。だが、犬の部族の場合は数で押しているので、実際の一人ひとりの力は弱い。
それに犬の部族は、猫の部族の“殺生はしない”という掟で救われている部分が大きすぎるので、その掟がなければ猫の部族は世界中で恐れられた部族になっていただろう。
そうならなかったのは、猫の部族が平和を好む種族だったからだ。平和を望むから大きな力を与えられたとも言える。
「じゃあ、なんで今はいないんだ?」テヴォルトが聞いた。
「さあ、僕もよくしらないんだ。戦争で僕たちが勝ったから消えたっていう人もいるし、今でも出てくる機会を伺っている、っていう人もいる」
コリスはぞっとした。またそんな部族が出てきたら、世界は大変なことになるだろう。
「そしたら俺がそいつらをコテンパンにしてやるよ。」
舌なめずりをしながら挑むようにテヴォルトが言った。
コリスは苦笑した。
クーは、そのテヴォルトのあまりにも好戦的な態度に逆に驚いていた。テヴォルトは猫の部族にしては珍しいタイプだと思ったのだ。平和を望む自分たちの姿とは、かけ離れている。
「・・・まあ、本当はどうなったのかも分からないし、背中の呪いについてもそんなに書かれてないんだ。呪いなのかどうかも分からないし・・・。ただ、この模様がある猫は決まって身体のどこかが悪い猫だから、呪いって言われてる」
「迷惑なもんだな」テヴォルトがため息をつきながら言った。
そこで話は終わった。結局、どれだけ調べても、呪いのことについて詳しく書かれてないようだ。クーもそれで困った顔をしている。だが、呪いについてはそこまで気にしてないようなので、いつか分かるだろうと気軽に考えているようだった。
分かる日が来るといいなあ・・・。コリスはそう思い、空を見つめた。
【お知らせ】
クーとバルバートを「登場人物紹介」に付け加えました。興味のある方はどうぞ覗いてみてくださいね。よろしくお願いします。




