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猫の魔者  作者: ルイン
第三章 西からの訪問者
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シーリーの悪い癖



 「・・・それで? なぜここにお前がいるんだ」


 空から降りてきたグローリアは、コリスを見て目を細めた。


 テヴォルトはすでにこの場には居なかった。戦争が終わったときに帰ったのだ。


 コリスは何も言えずに身体を縮こませた。まさか「パブから抜け出してきました」なんて言えるわけもなかったのだ。


 しかも、さっきシーリーにしこたま怒られたばかりだ。そう言えばグローリアが怒るとコリスは思い、コリスは黙ったままだった。



 戦争が終わり、シーリーを探していたグローリアがここへやって来た時、コリスが一緒にいるのを発見したグローリアはとたんに表情が曇った。



 なぜ安全地帯(パブ)ではなく、あそこにコリスがいる? 終戦してから来たのか?



 流れでシーリーに話を聞いたグローリアは眉をひそめた。 わざわざ抜け出してきただと?



 コリスを振り返る。


 グローリアの厳しい表情にビクッと震えたコリスは、怒られる・・・と思い、ぎゅっと目を閉じた。




 だが、グローリアは怒りはしなかった。


 「どうしてあそこを出たんだ?」そうコリスに聞く。口調もいたって普通だった。


「えっと・・・、あの・・・」コリスはてっきり怒れると思っていたので、一瞬とまどった。

 

 グローリアはコリスが何か言うのを待っている。

 

 コリスはツバを飲み込むと、口を開いた。



「あの、グローリアとシーリーが心配だったんです・・・。・・・せ、戦争で、死んじゃうんじゃないかって・・・」


 コリスは目がかすんでいくのが分かった。必死で探し回っていた時の気持ちが、いま溢れてきたのだ。


 シーリーは、はっとした。シーリーはまさかコリスがそんなことを思っていたとは思わなかったのだ。シーリーはコリスが必死になって町を駆け回っている姿を想像した。


 しかも、自分やグローリアのことを思って・・・。


 途端にシーリーはコリスに謝りたくなった。一方的に怒ったことを猛烈に後悔して自分を責めていた。



 グローリアはそれを聞いて、泣いているコリスを抱き上げた。


「心配するな。私たちは死なない・・・。申し訳なかったな、一緒に居てやれなくて・・・」


 グローリアはそう言うと、コリスを抱いた。グローリアに抱きしめられたのは初めてだった。コリスはグローリアの首元に顔をうずめてしゃくり上げた。




「・・・では帰るか。シーリー・・・ん?」


 シーリーは泣いていた。


 それを見たグローリアは何かあったのだろうと思い、「どうした?」と声をかけた。



「わ、私・・・、コリス君に酷いことを言っちゃったんです・・・」


 シーリーはひどい自己嫌悪に(おちい)っていた。


 それを見て、以前にも似たようなことがあったということをグローリアは思い出していた。そのひどく落ち込む癖がシーリーの悪い所だということをグローリアは知っていた。


「・・・シーリー、自分を責めるな。いいか? 反省はしても、決して自分を責めるんじゃない。コリスには後で謝ればいいじゃないか。さあ家に帰るぞ」


 グローリアはそう言うと、疲れてうとうとしているコリスを抱いて、すっかり星が出ている夜空へと跳んだ。


「・・・はい」シーリーはそう言われて立ち直ると、グローリアを追いかけて行った。






 *・*・*・*・*



 ――翌日――


 「コリス君、ごめんね」シーリーは申し訳なさそうに言った。


 シーリーのいつもピンッとしている白い耳やヒゲが、元気なく下がっていた。


「え?!」コリスは驚いた。



 無事に家に帰ってきたコリスたちは夕食を食べて眠りについた。フォークスの家に行ったり生まれて初めて戦争を見たりと一日中気が抜けなかったコリスはぐったりしていた。そしてあっという間に眠ってしまったのだ。


 シーリーはそのまま謝ることが出来ずに翌日を迎えたのだった。



「な、なんでシーリーが謝るの?」コリスはビックリしたまま聞いた。


「あの、ほら昨日の。あの時、コリス君の言いたいことも聞かずにまくし立てたりして・・・本当にごめんなさい!」


 シーリーはしどろもどろに言うと、バッと頭を下げた。コリスはビックリしすぎて口を開けている。


 グローリアはその様子を微笑みながら見ていた。



「え、あ、あの時はシーリーの言う通りだったし、僕も悪かったですから・・・」


 コリスはあわあわしながら、どうしたら良いのか分からずにグローリアを見た。


 人間の姿で椅子に座っていたグローリアは、心底困ったようすのコリスに怒りはないと見て、コリスに助け舟を出すつもりでシーリーにいった。


「コリスは怒ってないそうだぞ?」


「そ、そうですよ!怒ってなんかこれっぽっちもないよ!」


「・・・ほ、ほんと?」シーリーは恐る恐る顔を上げながら聞いた。


「ほんとです! ほんと」コリスは強調していった。



 とたんに安堵した顔を見せたシーリーは「よかった」と言って弱々しく笑った。


 コリスも笑ってくれたシーリーにほっとしつつ、一緒に笑った。




 「私の悪い癖ですよね・・・。勝手に相手に決め付けて・・・。挙句の果てに感情的に怒ってしまうんです・・。サロのときも・・・」


 シーリーはその時のことを思い出して、はぁとため息をついた。コリスは「サロ?」と首をかしげた。


「私の幼馴染なんです。サロフィスっていって、青くてきれいな灰色模様をしてるトラ猫なんです。前に、私と彼が大ゲンカしてそれで仲たがいしてしまって・・・。それが今も続いているんです」

 

 シーリーはしゅんとして、さっきよりも弱々しく微笑んだ。コリスは聞いた。


「どんな理由でケンカしたの?」


「たわいもないことですよ。ただ、毛玉を目の前で吐いたとかそういうのです」



 コリスは絶句した。目の前で吐いたんだ・・・。それってどっちが吐いたんだろう? コリスは気になって仕方がなかったが、聞かないでおいた。


 毛玉を人前で吐くというのは失礼な行為なのだ。


 コリスはその疑問を、そっと心の中にしまっておくことにした。



 シーリーは、コリスがちょっと誤解していることに気付いていなかった。

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