テヴォルト
「シーリー!!!」
しばらく走っていたコリスは、人影の中にシーリーの後姿を見つけた。その声を聞きつけたシーリーはハッとして、あわてて後ろを振り返った。
「コリス君?! どうしてここまで来たんですか?!!」シーリーは怒るようにそう言った。
初めて怒った顔のシーリーを見て、コリスは怯んだ。立ち止まるとしゅんと耳を下げる。
「だ、だって、シーリーがいなくなったから・・・! どうして居なくなっちゃうんですか!」コリスは叫んだ。
「あのとき言ったじゃないですか! 私は結界を作りに―――!」
すると、他の場所から怒鳴り声が聞こえてきた。
「テヴォルト! 言うことを聞きなさい。何度言ったら分かるんだ?」
「嫌だ!! なんでオレがあそこに行っちゃいけないんだよ?!!!」
銀色の長い髪をした美しい男に、挑みかかるように言う幼いトラ猫。それは以前、コリスが噴水で見かけたあのトラ猫だった。
金色の模様にこげ茶色の毛。それと、銀色の髪の男性もコリスには見覚えがあった。
「あ、おじさんに怒られて落ち込んでた人だ」
「え? エリアス様のこと?」シーリーが驚いたように聞いた。
「まえグローリアと一緒に噴水で見かけたんですよ。あのトラ猫も」
コリスは数日前に会ったトラ猫をじっと見つめた。ずっとコリスはあの時から同じ子猫である彼が気になっていたのだ。
「エリアス様はつい最近、あのトラ猫君の師匠になったんですよね。大変そうですねぇ」
そこまで言ってシーリーはハッと思い出した。
「そうじゃなくて、コリス君!ここは本当に危ないんですから、あそこから出ちゃいけないって言ったじゃないですか!」
「だったらシーリーも危ないじゃいないか! 僕だって、僕だって必死でここまで・・・―――」
「私は大丈夫なんですよ。いざとなったら自分で結界を作って身を守れますから。それより一番危険なのはコリス君です!魔法もまだ使えないのに、いざ町の結界が破れでもしたら・・・」
と、くどくどと説教をされて、コリスはなにも言えなくなってしまった。心配してここまで来たのに、それも言えず仕舞いだ。
「とりあえず今は何かあったら守りますから、もう二度とこういうことはしないで下さい」
凄みのあるシーリーに気圧されて、コリスは落ち込みながら大人しく頷いた。先ほどのトラ猫を見ると、エリアスはもういなく、トラ猫だけが残されていた。どうやら言い争いに負けてしまったらしい。そして、なぜか、座ってじっと上の戦争を見上げていた。
「ねえ、シーリー。あそこに行ってもいい?」コリスはトラ猫を前足で指しながら、恐る恐るシーリーを見た。
シーリーは釣りあがった目で指された場所を見ると、トラ猫に目をとめてふっと目を和らげた。
「いいですよ。でも、遠くへは行かないと“今度こそ”約束してくれますね?」
シーリーは真剣な目でコリスの瞳を覗きこんだ。コリスは力強く頷いた。
シーリーから離れたコリスは、トラ猫のほうへ近づいて行った。トラ猫は相変わらず真剣な目で、戦場を見ている。
だが、その薄茶色の瞳には恐れとは裏腹に、はっきりとした憧れが映っていた。コリスは戦場を見上げた。とてもじゃないが、あれに憧れを抱く気には全くなれなかった。
「どうしてあそこに行きたいんですか?」コリスは思わず聞いた。
幼いトラ猫はチラッとコリスを見た。だが、すぐにそ知らぬ顔で視線を戻した。コリスは返事が返ってこないのでムッとしていると、トラ猫がぼそっと呟いた。
「なんで敬語で聞くんだ?」
「え?」コリスは目をパチクリさせた。
トラ猫はこっちを向くと、「だから、なんで敬語なんだって言ってるんだよ」と睨んだ。
コリスは自分でもよく分からなくて首をかしげた。「どうしてそんなことを聞くんですか?」
「変だから」
コリスはその言葉にムッとしながらも、トラ猫の隣に座った。
「僕がどう喋ろうと僕の勝手です」
「へーえ? じゃあなんであそこに行きたいと思わないのさ」
トラ猫は挑発的にそう言うと、コリスを舐めまわすように見た。「お前、いつくだ?」
「え?」コリスはすっとんきょうな声で言った。
「だーかーらー、いくつだって聞いたんだよ!」トラ猫は少しイラついたように言った。
「え、6ヶ月だと思いますけど・・・たぶん」コリスが思い出しながら言った。
トラ猫は目をパチクリさせると、ハハハと笑い始めた。「お前、ホントに6ヶ月かよ!? 3ヶ月の間違いじゃねぇのか?」
コリスは普通の子より身体が小さいので、どうしても幼く見えてしまうのだ。コリスはムーッと頭にきた。
「君こそどうなんだよ!」コリスは食ってかかるようにそう言った。
「オレか? オレは9ヶ月だよ」
9ヶ月といえば人間で13歳くらいだ。コリスはぐっと言葉を詰まらせた。ちなみに、コリスは9歳くらいの年齢だ。
「お前・・・怖いのか?」トラ猫は見下した目でコリスを見た。
「なにがですか?」
「だかーらー、戦場に行くことだよ!」
「そりゃあ、怖いですよ」コリスは前足をそろえながら言った。
「へーえ。じゃあなんで怖いんだ?」
「死ぬかもしれないから」
トラ猫は薄茶色の目でじっとコリスを見つめた。黙ってコリスもトラ猫を見つめ返した。
「オレは早く戦場に出たいんだ」
トラ猫はそういうと、じっと戦場を見上げた。コリスは怪訝な顔つきで彼を見た。
「変に思うか・・・? 早く戦いたくてうずうずしてくるんだ。ほら、今も尻の毛が逆立ってるのが分かるだろ?」
トラ猫は少しお尻を持ち上げてみせた。コリスはどうしてそんなに戦いたいのか、よく分からなくて目を細めた。
「どうしてそんなにも戦いたいと思うの?」
「分かんねぇ。でも、どうしてもあそこに行きたくなっちまう。そんで師匠に言ってみたけど、結局さっきのざまさ」
コリスはハッとした。トラ猫はさっきコリスが見ていたことを知っていたのだ。
「ごめん・・・」コリスはなんだか申し訳なくなった。
「・・・お前変わってるよな。そういやお前さ、名前なんて言うんだ?」
「え? コリスだけど」
「オレはテヴォルトって言うんだ。テオでいいよ」
コリスとテヴォルトはいつの間にか仲良くなっていた。
【あとがき】
第二章『金のトラ猫』に出てきたエリアスとテヴォルト(金のトラ猫)が再登場しました。
忘れてる方もいらっしゃるかと思ったので、どこに出てるのか書いておきました(笑)
どうぞこれからもよろしくお願いいたします。




