西の訪問者
「知らんな」
それは墓地からの帰り道だった。うっそうと茂る森の上を飛びながら、グローリアはハッキリとそう言った。コリスはビックリした目でグローリアを見た。
「本当に知らないんですか?」コリスは念を押して聞いた。
「ああ、知らんな。そんな話をしていたのか」別の方向を見ながらグローリアは言った。
「・・・・・・」コリスは怪訝そうな目でグローリアを見つめた。
コリスは、グローリアにフォークスから聞いた古代の話をしていた。すると、だんだんグローリアがコリスの話に集中しなくなったのだ。どこかうわの空で、コリスを見ようともしない。コリスはグローリアがこの話を知っていたんじゃないかと疑っていた。だからつまらない顔をしているんだと思っていたのだ。
こんなに面白い話なのに・・・。コリスは話に集中してくれないグローリアに、ガッカリしてふいっと顔を背けてしまった。少し耳が垂れている。
だが、グローリアはどこかをじっと見つめたまま、意味深にその部分を見つめていた。それに気付いたコリスは、グローリアが見ているところを見てみた。
青い空とたくさんの山々がずっと広がっている。おかしなところは全くない、が。コリスはぐいっと身を乗り出した。三角の耳は伏せたまま、身体の毛が少し逆立っていた。目を凝視している。なにも変わったところのない場所に、本能的に異変を感じたのだ。
なんだろう・・・この感覚・・・。全身がピクピクして、後ろに飛び上がりそうだった。まるで、この場から早く逃げ出せというように。コリスは無意識に、グローリアの腕に爪をぎゅっと立てていた。だが、グローリアは咎めずに静かにじっとその場所を見ていた。
グローリアはコリスとは正反対に、全く落ち着いていた。だが、いつの間にか移動を止めて宙に浮いて立ち止まっていた。
「・・・行くぞ、コリス」それに気付いた、グローリアはそう言うと進もうとした。だが「あっ!」と、突然コリスが叫んだので、グローリアはまた立ち止まってしまった。
ますます身を乗り出したコリスは青い瞳を恐怖に見開いて、ブルブルと震えていた。
「・・・・来たか」グローリアは覚悟していた声でそう言った。目は、またさっきの場所を見ている。
二人が見ている山々の間に、一つの点が現れていた。それは、その場から全く動かずに少しずつ大きくなっていった。そう、こちらに向かって来ているのだ。
そして、その点を囲むように、次々と新たな点が空を埋め尽くしていく。見たこともない光景だった。
「・・・なんですか? あれ」コリスはグローリアに身体を密着させて聞いた。悪寒が絶えずコリスを襲っている。
「敵だ。その方角からすると、犬のやつらだろう」
犬のやつらというのは、犬の部族のことだ。犬の部族が襲ってきたのだ。コリスは不安げにグローリアを見上げた。だが、グローリアはさっきから緊張したようすもなく、全くいつも通りだった。逆に、リラックスしているように見える。そのせいか、コリスもそれほど取り乱していなかった。
だが、それもそれが目の前に来るまでだった。
あの、一番最初に見えていた点が、ハッキリとした形でコリスたちに向かっているのが分かったからだ。他の点たちは町のほうへ向かっていくのに、その点だけはグローリアとコリスの元へ猛スピードで飛んできているのだ。
グローリアはその場を動こうとせず、じっとそれを見つめていた。しばらくコリスを腕に抱いていたが、その点が一人の人間の姿に分かるほど接近してきたとき、グローリアはコリスを片手に乗せて、そっとコートの後ろへと移動させた。
「えっ、えっ?」コリスは目の前が真っ暗で見えなくなり、コリスは気になって身体を前へと伸ばした。
だが、それを感じ取ったのか、グローリアはコリスの回りに分厚い結界を張ると手を離した。
「?!!!」コリスは浮遊感にビックリして声のない叫びをあげた。グローリアの手から離れたコリスはコートの下から出ると、ふわふわと浮いて降下していった。
そして、上を見上げて縮み上がった。
「グローリア!!!」コリスは必死に叫んだ。いつの間にか、グローリアの目の前には見知らぬ青年が宙に浮いて佇んでいたのだ。燃え上がるような赤い髪を逆立て、鬼のように恐ろしい瞳の青年がそこにいた。
逆立った長い髪に隠れるように、赤レンガ色の犬の耳が見えた。コリスはぞっとした。あまりにもその青年が放つオーラが凶暴すぎて、グローリアに危害が及ぶのではと心配になったのだ。
「グローリア!! グローリア!!!」コリスは続けて叫んだ。
だが、結界で声が遮断されているらしく、しかも外からの音も聞こえなかった。ついでに、コリスの姿も外から見えなくしているようだった。現に、おそろしい姿の青年は、コリスに気付くようすもなくグローリアを好戦的な目で見つめていた。
グローリアはコリスを敵から隠すためにそっと魔法をかけたのだ。そして、グローリアはコリスを包んだ結界をその魔法であるところへと向かわせようとしていた。それを示すかのようにコリスの結界が、ゆっくりと前へ進みながら下がっていっていた。
コリスがワーギャー騒いでいるとき、若い犬の部族の男がニヤリと不気味な笑みを湛えた。
舌なめずりをして、赤毛の青年は怪しい瞳でグローリアをじろじろと見つめていた。まるで、食い物を見るような目だった。
青年はつぶやいた。どこか、感銘を受けた口調だった。「こりゃたまげた。かの有名なボス猫が、こんな良い女だったとはな・・・」
「・・・・・・」グローリアは黙ったまま、じっと青年を見つめていた。
【あとがき】
こんにちは!とうとう他の部族が出てきました。この展開には私もビックリしてます。
この章からは全くなにも考えずに書いてくので、どうなるのか全く分かりませんが、楽しく書いていけたらいいなと思っています。
では、これからよろしくお願いいたします。




