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猫の魔者  作者: ルイン
第二章 夢の猫
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猫は人に憧れる




 「メリシャスは眠る」


 後ろから低い声がして、コリスは振り返った。そこにはフォークスがいた。その後ろにはグローリアもいたのだが、彼はなぜか悲しそうな目をして墓標を見つめていた。コリスはフォークスが、彼女(メリシャス)のことについて何か知っていると思って聞いてみた。


 すると、フォークスは無言で静かに首を振った。


「知らんな。彼女は私よりも古い猫じゃ。会ったこともない」


 フォークスは、だがまだどこか悲しげな色を黒い瞳に宿(やど)していた。コリスは、彼が絶対なにかを知っていると思った。それに、なぜか隠しているような物言いだった。だから聞いてみた。


「何を隠しているんですか?」

 

 そのコリスの余りにぶしつけな態度に、鼻にシワを寄せたフォークスはコリスを見た。だが、コリスの真っ直ぐな水色の瞳に出会うと、フォークスは(とが)めるのをやめた。


 グローリアは静かに、じっと事の成り行きを見守ってる。


「・・・・・・」


 フォークスは自分の後ろにいるグローリアを軽く振り返った。 少し離れたところに座っていたグローリアは、フォークスがその瞳が言わんとしていることをくみ取ると、そっとその場から立ち去った。


「・・・あれ? グローリア―――」


「いい、行かせておけ」フォークスはコリスの言葉をさえぎった。コリスは分からずにフォークスと、グローリアのうしろ姿を交互に見る。


 フォークスはコリスと二人っきりになりたかったのだ。今からする話は、余り多くの者に聞かせたい話しではなかった。


「どうしたんですか・・・?」コリスは少し不安になって、フォークスを見上げた。



 フォークスは体勢を崩すと、静かに青々とした芝生に横たわった。そして、フォークスは近くにある木を見上げた。メリシャスの墓標のすぐ近くに木があるので、その木がコリスたちを強い日の光から少しさえぎっていた。木の葉から金色の木漏れ日が、フォークスの白い毛並みに点々と降り注いでいた。


「・・・コリス、お前は他の者たちよりも好奇心が強いと聞いた」フォークスが静かに聞いた。


 コリスは何かその場の空気に気圧されながらも頷いた。フォークスはコリスを見てから、メリシャスの墓標を見つめた。その瞳はどこか(うつ)ろだった。「彼女は太古(たいこ)の時代に生きた猫じゃった」


「え?」コリスは聞き返した。


「まだ部族が生まれて間もない頃のことじゃ。その時、ワシたちは周りにいる他の部族と違っていた。それは、人の形をしていないことじゃった」


 コリスは言葉を無くした。フォークスはまた悲しげな目をして、墓標のどこかを見つめていた。



「ワシら、猫の部族や他の部族たちは、人に憧れた動物から“人に似せて作られた”のだと神話で言われておる。

 だが、猫の部族は人に成り切れていなかった。たとえ人の言葉を話せても、人間のように手を自由に使うことも、愛しい人を抱きしめることも、出来なかった」


「・・・・・・」


 コリスは大昔にいた彼らを思った。一体どんな気持ちで人間を見つめていたのだろう、と。


「・・・だが、我われには魔力があった。この魔力を使う方法を、彼らは見つけたのじゃ。そして、その力を使って人間になることも―――」



 しばし間があった。


「ワシらは生まれたときは猫の姿で生まれてくる。だが、成長すれば儀式をして人になることが出来る。だが、それは神が私たちに与えた物ではない。ワシらが勝手に作ったものじゃ。 

 ―――猫は人に憧れる。

 だが、それらが正しいかは、分からない」



 フォークスは(くう)を見つめていた。



 少ししてからフォークスはコリスをそっと見た。


「メリシャスはお前に何か伝えたいのじゃろう。だがそれを、お前が理解するかは分からない。コリス、お前は―――いや、止めておく」


 フォークスは何かを言いかけて言葉を切った。彼は最後に、かすかに微笑んだ。それは、コリスが初めて見たフォークスの笑顔だった。




「さあ、帰るか。グローリアも気にしているだろうしな」フォークスはさっと立ち上がると後ろを見た。一瞬、フォークスが少年のような意地悪そうな顔をした気がした。


 コリスも後ろを振り返ると、遠くからグローリアがこっちに歩いてくるのが見えた。「グローリア!」


 コリスは駆け寄ろうとした。だが、ふと足を止めてフォークスを見ると「あの、さっきの話。グローリアにしてもいいですか?」と聞いた。


 フォークスはどこか遠くを見た。そして、それが彼が考えるときにする癖だと気がついた。



「・・・ああ、いいじゃろう。だが、たまにここへ来て夢の話を聞かせてくれないか」


 しばらく考えてフォークスはそう言った。どこか、優しげな目でコリスを見ていた。


「はい! ・・・そしたら、僕がまたここへ来たときにまた話を聞かせてくれますか?」コリスはキラキラした目で言った。


 フォークスは驚いたように目を見開くと、グローリアに言われた言葉を思い出してふっと笑った。「そういえば、お前は好奇心旺盛だったな。・・・ありがとう」


 コリスは微笑んだ。



 

 コリスはグローリアと共にフォークスの元を去った。フォークスの居る山が離れると、コリスはいつの間にかフォークスが好きになっていることに気がついた。


 最初はあんなに怖かったのに、なぜだろう?とコリスは首をかしげた。だが、それはフォークスという人物がコリスが思っていた以上に優しく、悲しい目をしていることに気がついたからだった。

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