メリシャスは眠る
フサフサとした毛の長い白猫が、鋭い黒色の瞳をコリスに向けていた。グローリアの師匠がいる山へとやってきたコリスたちは、いま、『彼』の家である小さな小屋の中にいた。
「・・・で? この子猫のなにを聞きにきた?」
長毛の白猫は気だるげなようすでコリスからグローリアへ目を向けた。その黒い瞳は、年老いた今でも力強い光を放っている。
「夢を見るんだ」グローリアは黒猫の姿になっていた。
「夢?」元弟子の、あまりにも説明不足な物言いにいら立ったようすで、年老いた猫は聞き返した。
「ああ、夢だ。なぜか若草色の毛をした猫の夢を見るんだ。それも、2日続けて」
グローリアはそんな元師匠のようすに構わず、淡々と言った。
グローリアの師匠であるフォークスは、またコリスへと目を向けると、コリスはビクッと体を震わせた。グローリアの師匠に、コリスはすっかり気圧されていた。
「・・・名前は?」
「コリスです・・・」
コリスは隣に座っているグローリアを不安げに見上げた。グローリアと目が合った。グローリアのルビーのような赤い瞳に、穏やかな色がただよっているのを見たコリスは、体から力を抜いた。
「どんな夢を見る? コリスとやらよ」
コリスはのんびりと横になっている年老いた白猫に、詳しい夢の話をした。フォークスはその間、静かにコリスの話を聞いていた。時々、その二又の尻尾を揺らしながら。コリスは二又の尻尾が揺れるたんびに、おかしなことを言ってないか思い返していた。
「・・・ほう。なかなか面白い夢じゃな」コリスが話を終えたとき、フォークスはそう言った。
だが、まったく面白そうな顔をしていない。しかし、年老いた猫はその気だるげな目でコリスをじっと見つめていた。
「フォークス、なにか分かるか?」グローリアは静かに聞いた。
年寄りの猫はチラリとグローリアを見ると、目をゆっくりと閉じてふぅーと息を吐いた。
「さあな、どうしてお前の弟子が、その夢を見るのかはワシにも分からん。分かることと言えば、それは死んだものの夢ということだ」
コリスはギクリと体を硬直させた。死んだものの夢?あまりにも不吉なその言葉に、コリスは恐怖を感じた。なんで僕がその夢を・・・?
「どういうことだ?」グローリアはコリスを横目で見ながら、フォークスに鋭く尋ねた。
フォークスは夢のことについてはまったく動じていないようすで前足を舐めたあと、コリスをすっと見据えた。コリスは不安げな顔でビクッと身体を震わせた。
「そこへ行ってみれば分かる」と、フォークスはアゴで東のほうを指した。
コリスとグローリアは外へ出ると、フォークスの後を付いて行った。グローリアの後ろで歩きながら、コリスは不安で出来た黒い渦が胸の中でぐるぐるとまわっていた。だが、次に目に飛び込んできた光景にコリスはあんぐりと口を開けた。
フォークスがやってきたところは、東側にある山の傾斜面だった。そこだけ全て木が切られ、青々とした草が生い茂っている。その場所には数え切れないほどの墓標が立っていた。
コリスたちがやってきた街のほうから見えない場所にあったので、ここに来るまでこんな場所があるとは知らなかった。
「ここは・・・?」コリスはやっとのことで口を動かすとグローリアに尋ねた。
グローリアはさわさわとした柔らかい風にヒゲと毛並みを揺らせながら、墓標たちを見やった。「猫の部族・・・私たちの仲間の眠る場所だ」
「・・・いわゆる墓地じゃ。ワシはこの場所を守っている墓の番人のようなものだ」
「墓の番人・・・」コリスはフォークスを見上げた。
フォークスは、日に当たってキラキラと輝いている毛並みを風になびかせながら、じっとその黒い瞳で果てしなく続く墓地を見ていた。どうしてここに連れてきたのか、何故フォークスはこの人里離れた山奥に住んでいるのか、コリスには分かったような気がした。
「ワシは荒れ果てていた墓地を整え、きれいにした。そして、街から流れてくる敵から、この神聖な場所を守っている・・・」
フォークスはなぜか突然、コリスにそう語った。コリスは、フォークスの瞳をじっと見ていた。一瞬、その力強い瞳に寂しい色が浮かんだように見えた。
と、ふとなにかを感じてコリスは墓地を振り返った。下のほうに続く墓地のほうから嗅いだことのある香りが、漂ってきた気がしたからだ。さっとそこへ向かう。突然、墓地へ走っていったコリスに二人は驚いたが、何かを見つけたのであろうと思い、二人はコリスを追った。
夢で嗅いだ匂いが、コリスを導いていた。あの夢のときと同じように。コリスは、その場所へ無意識に足を動かしていた。
そして、目的の場所へとたどり着いた。
コリスの目の前には、緑の蔓が垂れ下がっている墓標があった。それはまるで冠のようだった。コリスはその墓標を見上げた。
そこには『メリシャスは眠る』と文字で書かれていた。
【あとがき】
こんにちは!お久しぶりです。
今回、初めてグローリアの師匠が出てきました。彼は長い毛並の白猫であり、とても年を取っている猫でもあります。
グローリアの年齢が150歳なのでそんなグローリアの師匠ですから、いったいどれくらい生きているのか・・・。
作者の私でもわかりません。
そんなことは置いといて、どうして彼の名前をここまで引き延ばしにしたのかというと、どうしても彼を印象付けたかったからです。
はい、わがままだったのは分かっています。それに、見苦しいくらい無理やりな伸ばし方に、呆れた方はすいません。
では、これからもよろしくお願いします。ありがとうございました!




