金のトラ猫
「待て! バカ猫!!」突然、こっちに向かって叫び声がした。
コリスはひょっこりと水から顔を出して見ると、広場へと走ってくる二つの影があった。グローリアもそちらの方を見る。
ダッとものすごいスピードで走ってきたのは、こげ茶色の毛に金色の模様をした一匹のトラ猫。
「誰が捕まるかよっ! バーカ!」と嘲りながら、噴水をあっという間に横切っていった。
それを慌てて追いかける人間の男。かなり走ったのか、息が苦しそうだった。
「はあはあ、全く! あいつめ・・・。」追っていた人間の男が息を切らしながら罵倒した。
コリスは何事かと首をかしげて見ていたが、新たな人間がゆっくりと広場まで歩いてくるのを見てそっちに気をとられた。
その人間は、はっとするような美しい銀色の長い髪をなびかせた、若い男だった。コリスは、その銀髪の男が着ているコートから二つの尻尾が伸びているのを見て、パッと噴水の縁に飛び上がった。
二又の尻尾だ。
つまり、同じ猫の部族であり、グローリアと同じ『魔者』であり、50年以上も生きている猫なのだ。
ちなみに二又の猫は、部族の子供 (子猫) を弟子にして立派な部族の大人に育て上げるという使命も与えられている。
銀髪の男は、息を切らしている男に話しかけた。話しかけられた男は少し驚いたあと、銀髪の男に何か言っているようだった。少しすると、銀髪の男が申し訳無さそうに頭を下げた。グローリアはそれを黙って見ていた。
「どうしてあの人は謝ってるんですか? あのトラ猫が謝ることなのに」トラ猫が何をしたか分からないが、コリスは思わずそう言った。
グローリアはコリスを静かに見ると、また視線を銀髪の男に戻した。
「あの男は、トラ猫の師匠だからだ」
「えっ? じゃあ、あの猫ってまだ子供だったの?!」コリスは仰天した。
さっき見かけたトラ猫は、少なくともコリスよりずいぶん大きかった。コリスはトラ猫が走り去っていった方を見ながら、初めて会った同じ部族の子猫にドキドキしていた。
視線を戻すと、トラ猫を追っていた男が来た道を戻っていた。銀髪の男は肩を落とした様子で、しばらく去っていく男を見つめていた。
「あの銀髪の男の名前はエリアス。最近、初めて弟子を持ったと聞いたが、どうやら上手くいってないようだな」
グローリアはどこか、懐かしいものでも見るような目をして見ていた。コリスは身体からポタポタと滴る水を気にしながら、項垂れた様子のエリアスを見つめた。確かに、あの猫を手なずけるのは背中を掻くより難しそうだ。
「――いくぞ」グローリアはそう言うと、コリスを抱き上げて静かにその場を立ち去った。
コリスは濡れている身体で身を乗り出すと、グローリアを不思議そうに見上げた。
「何も言わないんですか? 挨拶とか・・・」
あの状況で気軽に挨拶は出来ないだろうなと思いつつ、コリスは落ち込んだ様子のエリアスが気になっていた。
「・・・今、あいつはあいつで精一杯やってるんだ。だから私から言うことは何もない」
と、グローリアは少し厳しく言った。コリスは耳をたらして、じっとエリアスの後姿を見ていた。
「そういえば、さっきの噴水ってなんだったんだろう?」広場からしばらく歩いたところでコリスは、ふと思い出した。
「ああ、あれはな。あの噴水には魔法がかかってるんだ。噴水の水を覗くと、その者の思い描いている物が映る。お前の場合は魚だったな。お前は魚がいると思ったから、そう見えたんだろう」
「へー! すごいですねぇ。てことは、僕が違うものを思い浮かべたら、魚とは別のものが見えたんですか?」
コリスは面白そうに言った。今度行ったら試してみよう。コリスはまた行きたそうに身体をウズウズさせた。グローリアは呆れたように息を吐いた。
「また落ちるぞ」
「もう落ちませんよ。それに、僕はけっこう水の中が好きなんです」コリスは的外れなことを言うと、なぜか胸を張った。
結局、広場には戻らなかった。グローリアがそう言って譲らなかったのだ。というのも、コリスのわがままで『魔者の街』に寄ったりしていたので、予定よりも時間が経っていたからだった。
二人は飛ぶために街の外れにいた。
「また飛ぶぞ。今度は距離があるから少し速めに飛ぶが・・・結界でも張っておくか」
グローリアは白酒の入った紙袋を地面に置くと、手を身体に沿うように振った。すると、グローリアの身体の周りに薄い膜のようなものが出来き、コリスはそれをキラキラした目で見た。
「あれ? なんで結界を張ったんですか?」
「息が出来ないだろう?」
二人は静かに空へ飛び立った。




