魔法の魚
「あれ、もしかしてグローリア殿じゃないですか?」
グローリアとコリスは、店から少し出たところで声をかけられた。グローリアが振り返ると、そこには赤い髪をした、勇敢そうな男が立っていた。20代くらいの若い男だ。コリスは興味津々で、コートの中から覗いた。
「ああ、レオバールか。久しぶりだな。レアイアは元気か? 仲良くやってるか」
グローリアは穏やかな顔で聞いた。
「ええ、元気ですよ。仲は相変わらずですが・・・。ところで、どうしたんですか? めったに街に来ないあなたが・・・」
レオバールと呼ばれた男は不思議そうに聞いた。コリスはコートの隙間から男の髪の毛を見た。よく見ると赤一色ではなく、他にもわずかに色が混じっている。伸ばしているのか、耳より少し長いくらいだ。
「まあな。実はちょっとした事情があってだな。師匠に会いに行こうと思っているんだ」
レオバールは驚いた。そして、グローリアが手に持っている白い紙袋を見ると納得したように微笑んだ。
「そうだったんですか。では、これから『あの山』に行くんですね?」
コリスは首をかしげた。あの山―――?
「いや、その前に『魔者の街』に寄っていこうと思ってる。せっかく街に着たしな」
そう、コリスとグローリアは一旦『魔者の街』に寄ってからグローリアの師匠のところへ行く予定だった。コリスは、このあいだ聞いた『魔者の街』にどうしても行ってみたかったのだ。
レオバールは嬉しそうに言った。
「そうですか、みんなも喜びますよ。でも、残念です。用事がなければ御一緒するのですが・・・」
「ああ、別に気にするな。レアイアにはよろしく言っておいてくれ。あっちで会うかもしれないが・・・」
「もちろんですよ。きっと、彼女も喜びます」
レオバールは本当に嬉しそうに言った。その後、レオバールと別れた。だが、別れる間際に、コリスは彼からウィンクされてビックリした。レオバールはグローリアのコートにいる子猫の存在に気付いていたのだ。
コリスはふと、去っていくレオバールの足の間から、一本の赤い尻尾が揺れているのに気がついた。コリスはあっと声を上げた。あの若い男は同じ部族の仲間だったのだ。
「・・・ねえグローリア、さっきの人って同じ部族の人ですよね?」コリスはそう聞いた。
「ん? ああ、レオバールのことか、まあな」
「あの人、僕に気付いてたよ」コリスは不思議そうに聞いた。
「あいつは『魔者』でもあるからな・・・。だから、お前に気が付いたんだろう」
グローリアはさらりとそう言った。
そうだったんだ・・・。コリスは妙に納得していた。
戦士だったら、コリスの気配に気付いていてもおかしくない。コリスは『魔者』を尊敬するようにレオバールの姿を見た。
「・・・ところで、レアイアさんって誰なんですか?」コリスは気になっていたことを聞いた。
「レオバールの恋人だ。・・・まあ、仲がいいとは言えないが」
「えっ! あの人って恋人がいるんですか?」コリスは驚いた。
猫の部族で恋人がいるのは珍しい。コリスは聞きたそうにグローリアを見上げた。グローリアはそれを見て困ったような顔をした。
「そういうことはシーリーに聞け。私は、詳しくは知らないからな」
「でも、レアイアさんのことは知ってるんですよね? 一体、どんな人なんですか?」
コリスは好奇心満々で聞いた。グローリアは指をあごにやって、少し考えるそぶりをした後、言った。
「そうだな・・・。気が強・・・いや、なんでもない」グローリアはそこで言葉を切った。
「え?」コリスはきょとんとした。
「まあ、会えば分かる」と、グローリアはそう言いくるめて、コリスが何度聞いても黙々と歩いていた。
*・*・*・*・*
「ここが『魔者の街』だ」
グローリアは立ち止まるとコリスに言った。コリスは黒いコートの間から顔を出して、キラキラした目で周りを見渡した。
レンガ造りの家々が立ち並ぶ場所の真ん中に、大きな石造りの広場があり、そこにグローリアは立っていた。目の前には白く美しい噴水が水を噴き上げていて、コリスは初めて見る噴水に興奮して、グローリアの腕から身を乗り出した。
すると、グローリアが噴水へと歩いて行き、コリスを噴水の前に降ろしてくれた。コリスは降ろされたことに戸惑ったが、コリスは嬉しそうにタッと噴水の縁に飛び乗ると水の中を覗き込んだ。
水の中には細い小さな色とりどりの魚が、ユラユラと優雅に泳いでいるのが見えた。
「わっ! 魚だー!」コリスは嬉しそうに耳をピンと立たせた。ふと、コリスはグローリアを振り返って尻尾をパタパタさせると「グローリア僕、魚を捕まえるのが得意だったんですよ!」と言った。
「え」グローリアは目を点にさせた。
コリスが身体を構えて噴水の魚を捕らえようとしているのだ。コリスは、ユラユラ揺れる水面に自分の影を映しながら、寄って来た赤色の魚に狙いをつけてさっと右足を繰り出した。だが、手に当たるはずの魚の感触がなかった。
「えっ!?」
そのことにビックリしたコリスは、思わず頭から噴水の中にバッチャーン!と落ちてしまった。
グローリアは呆れたように顔に手を当てて「それは魔法だ・・・」と言うとコリスを助けに噴水へと歩いていった。




