森の猫
その夜、コリスは夢を見ていた。
そこは、美しい森だった。瑞々しい葉っぱを持った木々たちが、コリスの頭上で囁き合うように揺れている。心地よい金色の木漏れ日が木々の間から降り注ぎ、座っているコリスの水色の毛並みを輝かせていた。
―――ここはどこだろう…?―――
とても快い場所だった。そっと茶色い地面を踏みしめると、土が柔らかく受け止めてくれた。こんなに眩しい世界をコリスは知らなかった。
上を見上げると、微かに青空が揺れる葉っぱの間からチラチラと見えた。それぐらい、木々が生い茂っていた。小さなコリスを包み込むような、そんな若草色の世界―――。
ふと、鼻に甘い花の香りがかすめた。前を向くと、コリスは誘われるようにその香りの源へ歩いていった。
すると森がひらけた場所に、コリスはたどり着いた。そして、そこには森の色をそのまま移したかのような、美しい若草の毛並みを持った猫が座っていたのだった―――。
コリスは目を覚ました。ぼーっとしながら起き上がったコリスは、ふと隣で寝ていたグローリアがまたいなくなっていることに気がついて、不安が込み上げてくるのが分かった。
とりあえず寝て乱れた毛を舐めて整える。そして、夢のことを思い出していた。
あまりにリアルだったせいで、今でも森の中にいるような心地よさに包まれていた。とても不思議な夢だった。
あの猫は誰だったんだろう? 離れていたので、顔がよく見えなかった。メスかオスかも分からない。コリスは少し考えていたが、ただの夢だろうと思って気にしなかった。
「おはようごさいまーす!」
朝っぱらから元気よくシーリーが挨拶をした。グローリアの部屋にトコトコとやって来た猫のシーリーは、白くて長い尻尾をフリフリと振っている。驚いてひょっこりと寝床から顔を出したコリスは「おはようー」と声を返した。
「ふふ、よく眠れましたか?」シーリーは笑いながら聞いた。
コリスは、また一瞬だけあの夢のことを思い出したが、何も言わずにコクンとうなずいた。
「うん、疲れてたからよく眠れたよ」
コリスは、昨日の夜までやっていた勉強のことを思い出して言った。今日もやるのかと思うと、げんなりして耳を垂れた。
それにシーリーは笑うと、微笑んだ。
「最初は大変ですけど、慣れれば身体もついていきますよ。まあ、教えないといけない事が山積みですから、大変なことは仕方ないんですけどね」
「うん・・・。ねえシーリー、グローリアがどこ行ったか知らない?」
「グローリアならリビングにいますよ。きっと今頃は、コリス君が起きてくるのを待ってるんじゃないかしら」
それを聞いてコリスは安心した。昨日の朝は家にいなかったから、今日もいないのかと思ったのだ。
シーリーはそんなコリスを見て、嬉しそうにニコニコした。
「そういえば、昨日はどうしてグローリアがいなかったの?」
コリスはふと首をかしげて聞いた。
その話の間、シーリーとコリスは歩いてリビングへ向かった。
「コリス君が無事に弟子になったことを、あの人へ報告しに行ったんですよ。コリス君も近いうちにその人に会いに行くと思いますよ」
「その人って誰?」
「ふふ、会えば分かりますよ」
シーリーは意味深に微笑むだけだった。コリスはまた首をかしげた。その人って誰なんだろう? グローリアが報告しに行ったくらいの人なんだから、部族の偉い人なのかな・・・?
なかなか鋭いことを考えているコリスだった。
リビングに行くと、二又の猫が暖炉の前で座っていた。グローリアだ。シーリーとコリスはトコトコと絨毯の上を歩いてグローリアの元へ行くと、グローリアが振り向いた。
そして、シーリーの後ろについているコリスを見て微笑んだ。コリスはちょんとグローリアの前で座ると、グローリアを見上げて「おはようございます」と言った。
「ああ、おはよう。よく眠れたか?」
畏まった様子のコリスに失笑しながら、グローリアは聞いた。
するとコリスは、今朝に見た夢のことをふと思い出して少し答えに詰まってしまった。
グローリアはコリスの異変に気が付くと、シーリーをキッチンに行かせて「どうした? なにかあったか?」とコリスに聞いた。
コリスは暖炉の前で身体が温かくなるのを感じながら、ちょっと俯いた。こんな他愛もない夢の話をしていいのだろうか、コリスは分からなかった。
だが、グローリアは聞きたそうな顔をしていた。それでコリスは渋々話し始めた。
「夢を見たんです。僕はキレイな若草色の森の中にいて、そこに森と同じ色をした猫がいたんです」
グローリアの瞳の色が変わった。だが、そのことにコリスは気が付かなかった。
「どんな猫だ?」グローリアは優しく先をうながした。
「遠くから見たので顔はハッキリ見えなかったんですけど、でもキレイな猫でした」
コリスはそう言った。
グローリアは少しの間、黙っていた。そして口を開いた。
「コリス、その猫に見覚えはないか? 以前、どこかで見かけたとかは?」
コリスは横に首を振った。見たこともなければ聞いたこともない。そもそも、部族の猫はグローリアとシーリーしか知らないのだ。
そこでコリスは、はっとした。そんな猫など、一度も見たことがないのだ。ということは・・・。
グローリアは聞いた途端、その夢がただの夢ではないと分かっていた。だから目の色を変えたのだ。
一度も見たことがない猫の夢。それは何を示すのか、コリスには分からなかった。そして、グローリアはルビーのような瞳を細めて、いたく深刻そうな顔をしていた。
何しろ、若草色の猫など部族にいないのだから――。
【お詫びとお知らせ】
遅くなって申し訳ありません。PCが直ったので、これからも今まで通り週一で更新していこうと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。




