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17話

17話


ポテトを拾ったのは自己憐憫だったかー。

ふざけるな。ポテトを自分を慰めることに使うな。


『まのー、ごはーん。あとわらってー』


む、顔に出てたか。いかんいかん。

月曜日の朝ごはんだし、笑って食べよう。納豆ご飯を。


出社した。そういえばもう22日で、仕事も最終週だ。

何なら明日は祝日だし。


引き継ぎ資料の作成業務なんかはない。基本的に俺が任されてたのはマニュアル仕事だからだ。マニュアルは作ってあるからそれみて、である。


寂しくないかというと、当然寂しい。ただ、泣いたりするほどではないというわけで。


気になってることとしては、うちの部署は退職する人に贈り物をする習慣があるところだ。自我を出さずにやってきたから、何が出てくるかちょっと楽しみだ。最近ポテトをペットみたく飼い始めたのは伝わってるから、ペット用品的なものが来るかな。ふつうに楽しみ。


「真野さーん」


ぽぺ、とデスクトップの右下にポップアップ。slackだ。


「はあい」

「最近欲しいものとかあります?」


直球で聞くなあ。


「Amazonギフト券」

「ゆ、ゆめがない」

「あー。真面目に答えると、調理場ができたから、デカい鍋とかかなあ。寸胴の40リットルぐらいとか興味ある」

「なるほど?」


こうなるともらえるのはキッチン用品かな。


「送別会、やりますか?」

「いやー、だいたい夜予定あるからなしで」


うそである。


「都合のいい日とか」

「んー。ごめんね、気持ちだけで胸いっぱいだよ」

「腹もいっぱいにしませんか」


食い下がるなあ。


「大丈夫」

「そうですか、わかりました」


三浦さんは何も言ってこなかった。

湿っぽいのは苦手だから助かる。


仕事はいつもどおり暇だった。


----


祝日、弁護士さんと話し合い。ポテトとクロを店のウリにすべく、ふれあいスペースの検討だ。


「お客さんの方は、法務的にはたぶん、ふれあいスペースに出入りする時の消毒を義務付けるで何とかなると思います」

「なるほど。その言い方、問題は申請の方ですね」

「はい。モンスターは愛玩動物でもない。でなければ、『狩る』、なんて出来ませんからね。かといって、狩猟鳥獣や有害鳥獣でもない。友好的で、害をなさない個体もいるからです」

「ややっこしいですね」

「でしょう。例えばスライムは汚物食、残飯食をしますが、表面は比較的清潔です。人間が感染する病原体を持たない、と言うだけではありますが、不潔な飲食店で見られるネズミやゴキブリ、ナメクジとは話が違う」

「ふーむ」

「そして日本では、保健所が認定したモンスターは飲食店に入ってもいい、居てもいい、という法律が最近できました。去年かな」

「え、そんなに最近ですか」

「国会、見てないですか。変な法律が可決されたりして面白いですよ」


ほんまかいな。通常国会って今やってんだっけ。やってるな。


「不勉強ですみません」

「ああいえいえ、趣味の押し付けになってしまってこちらこそすみません。それで、要件としては抜毛の有無の検査、病原体調査と定期的な保健所の立ち入り検査、の三つだけなんですよ」

「ゆるいですね」

「いえ、病原体調査は1ヶ月ほどかかります」

「そんなに」

「でも、だいたい時間だけです。よっぽどのモンスターでなければ、人が感染するような病原体、持ってないですからね」

「あ、なるほど、星の数ほどの病原体に陽性でないことを証明するから大変なんだ」

「そうですそうです。真野さん、頭の回転早いですか?」

「いえ、それほどでも」


急に褒められた。びびる。


「それじゃあ申請に必要な様式はまとめて、サインと検体提出だけすればいい形にととのえておくので、えーと、また来週金曜にでも」

「助かります」


そういうことになった。


----


そして水曜、木曜と時が過ぎる。

シャルロッテは料理の楽しさに目覚めたのか、厨房で何か作ってはお年寄りとコボルド、リザードマンに出しているらしい。コボルドとリザードマンの存在コストとしてのDP消費が抑えられるので、この数日DP消費がゆるやかだ。

ただし、シャルロッテの料理は見つけたレシピ通りに作るだけだ。初心者がアレンジなんてしても危ないだけだけどさ。特に味が、ね。

コック雇うって話も、このまま冒険しない料理を続けるならシャルロッテでいいのかも。好評らしいし。


問題はシャルロッテの給与だ。お金を取らない飲食店とかいう無謀なことをしているのが悪いんだが。


……しょうがねえ、取るか、金!


「というわけで料理は自信のあるやつだけ出すこと、ちゃんと金を取ること。あと、都度会計でいく」

「はあい」


で、「2027年3月1日からお料理の提供は代金をいただくことにします」と玄関に張り紙する。


うーん。猶予期間ないけど、大丈夫かこれ?


----


金曜日。最終出社日だ。


うーん、思えば色々あった職場だった。入社直後の急な給与体系変更とか。一斉辞職とか。リモート廃止宣言からの猛反発とか。更なる辞職とか。トイレでスマホいじってて「トイレ長いね」って言われたとか。最後のはふつうに俺がよくない。


月末なので仕事はちょっとあった。俺みたいに退職する人のアクセス権の削除とか、逆に入ってくる人向け、部署異動の人のアクセス権追加とか。


退職挨拶のメールを書く。うーん、雇い止めで、一身上の都合、ではないもんな。


「この度、退職する運びとなりました。本日が最終出社日となります。本来であれば直接対面で挨拶すべきところ、メールでの一括送信で失礼致します。皆様には体調不良時の業務のフォローなどでご配慮いただき大変助かりました。これからも助け合いで職務に励む皆様を、陰ながら応援させていただきます。 真野卓也」


こんなもんか? 送信ぽちー。


さて、アクセス権がなくなったので仕事もできやしない。

メアドは生きてるから、Geminiと戯れるか。


「ヘイsiri」

「私はGeminiです」

「ごめんよgrokちゃん」

「繰り返しますが、私はGeminiです」

「許してよclaudeさん」

「私はGeminiですってば」

「ごめんねChatGPT」

「いい加減にしないと怒りますよ」

「今日が最終出社なんだ、今までありがとう、Gemini」

「なんと。どのような事情かわかりませんが、私とあなたの別れの日なのですね。あなたのこれからの人生に幸多からんことを」


幸なあ。いま結構多いぞ。ポテトかわいいし、クロもかわいいし。シャルロッテは……シャルロッテをかわいいっていうと世間体がな。

で、これからその幸が増えることを願われた。嬉しいことだね。


「真野さん、今日最終ですか」

「うん、そう。ていうか知ってるでしょ、三浦さんから聞いたとかで」

「まあ、はい」

「前に退職した人たちと同じように、17:30からお別れ会でしょ? 楽しみにしてるよ」

「ハードルを上げないでください!」

「わくわく」

「真野さんってそういう人だったんですね……!」

「うん。もう猫被る必要もないかなって」


最後ぐらいはっちゃけようぜ。はっちゃける意味はないが。


お別れ会。三々五々部屋の片隅に集まる。

だいたい15人。富山にいるシス開とインフラが集まってこの人数。


「他拠点の人とmeetを繋いでいます」

「俺他拠点と絡みなかったけど?」

「まあ真野さんの名前を知ってる人はそこそこいるってことですよ」


そうかあ。


「ではあいさつをどうぞ」

「何も考えてないけど?」

「猫被るのやめたんでしょ?ふつうにしゃべればいいと思いますよ」

「そうかあ。えー、アルバイトと契約社員の期間を合わせて5年間弊社に勤めさせていただきましたが、この度無期契約更新とはならずに退職することになりました。あ、恨んだりはしてません。むしろ急な欠勤や休職、遅刻とかのフォローを皆さんにしていただいたので、感謝しかありません。ありがとうございました。えーと。

そうだな、次の職について。最近モンスターを拾って、家がダンジョンになったので、何でか知りませんがモンスターと触れ合える飲食店をやることになりました。と言っても保健所に申請中なので、実際は4月ごろからふれあい営業開始になると思います」


なんか宣伝みたいになったな。会社の人に来て欲しいわけじゃないんだけど。


「飲食店としては小洒落たものを出すわけではなく、ネットに載ってるレシピの軽食を出す、と言った形に落ち着くと思います。というのももう営業はしてて、お年寄りの溜まり場になってるんですけど、提供する料理がふわふわしてる。見切り発車で商売始めちゃいけませんね、よくわかりました」


休憩所兼軽食提供って感じの営業になると思うんだよな、飲食店のほうは。


「まあ、退職後もぼちぼちやっていけそうな算段はついてる、ということで、もし心配してる方がいたら大丈夫だよ、ということをお伝えしておきます。それぐらいかな?」


言うことねえー。


「真野さんになんか言いたいことある人は?」

「拾ったもふもふって結局どのくらいのもふもふなんですか」

「あ、じゃあ明日にでも三浦さんのメアドにもふもふの写真送ります。三浦さん共有よろしく」

「え」

「だって三浦さんのメアド覚えやすいんですもん」

「それが理由!? なんかこうもっと、ないの?」

「ないですね」


ないのだ。


「え、えー。それでは次、プレゼントの贈呈になります。まずはお花」

「ありがとー」

「そして、調理器具セットになります」

「あ、コストコで見たやつだ」

「仕入れ元を看破しないでください!」


わはは、と笑い声。湿っぽくなくていいんだよ、別に死ぬわけじゃないんだから。


そのままmeetでお話し。他拠点の若い女子がポテトについて異様に食い下がってくる。なんでだ。ペット飼えないから動物カフェがよいが趣味で? もふもふは気になる? そうかあ。気が向いたら来てね、と返した。店の場所、と言うか家の場所は教えてない。だってそれってセンシティブ。


そんなこんなで18時になりそうだ。


「それでは宴もたけなわということで、この辺で締めさせてもらいたいと思います。本日はありがとうございました」

「司会を奪わないでください!」


わはは。

俺は定時ダッシュマンなので、18時に退勤を切る気満々だ。

席に戻り、勤怠管理システムを開き、今か今かと待ち受ける。

18:00:02。いまだ。ぽちー。

終わった。5年間の職場が、いつもと同じように終わった。


「三浦さん」

「ん?」

「ありがとうございました」

「うん」


かえるぞー。

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