表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ライトオブクラウン

最愛の生け贄

作者: SUN3
掲載日:2026/04/23



ティアナは愛されていた。


父も母も優しく、屋敷は穏やかで、食卓にはいつも温かい料理が並んでいた。侯爵家としての体面もありながら、家庭の中では柔らかな空気が流れている。何不自由なく育ったと、そう言っていいはずだった。


婚約者との関係も良好だった。


彼は穏やかな性格で、声を荒げることはなく、ティアナの話をよく聞いてくれた。庭を歩きながら他愛もない話をし、帰り際に必ず言う。


「結婚したら、君をこの家から連れ出すよ」


その言葉を聞くたび、胸の奥が少しだけ軽くなった。



父は国教――国土正教の信徒だと周囲には語っていた。


だが実際には、別のものに傾倒していた。


人目につかない、小さな教団。屋敷から離れた場所にある石造りの建物で、外から見ればただの古びた教会にしか見えない。


その教団は“当てる”。


季節の天候、作物の出来、船が戻るかどうか。


教祖が神託として告げる言葉は外れない。


その結果、家は富を得た。倉庫には穀物が溢れ、商船は損失なく戻り、帳簿の数字は年々増えていった。


父はそれを「神の導きだ」と言った。



やがてティアナも連れて行かれるようになった。


夜、屋敷を抜け、馬車に乗り、灯りの少ない道を進む。教会の中は静かで、外の世界とは切り離されたような空気があった。


その日、初めて教祖と目が合った。


ぞくり、と背中を撫でられたような感覚が走った。


教祖は笑っていた。


穏やかな顔。信徒たちは皆、敬意を込めて頭を下げている。


だが、その目だけが違った。


視線が、止まらない。


顔から首元へ、ゆっくりと滑り落ちていく。


値踏みするように。


一人の下賎な男の視線になっていた。


隠そうともしない、粘ついた欲望がそこにあった。


ティアナは思わず目を逸らした。


心臓が速く打つ。息が浅くなる。


怖かった。


その日の帰り、すぐに父に訴えた。


「あの方は、そんな目で私を見ていました」


父は少し驚いた顔をした後、すぐに笑った。


「教祖様はそのような方ではない」


軽く、流された。


それ以上言えなかった。



ティアナの救いは一つだけになった。


結婚して、この家を出ること。


婚約者と共に、ここから離れること。


それだけだった。


だが、その希望も突然断ち切られた。


婚約者は死んだ。


学院で出会った少女と、心中した。


残された言葉は短いものだった。


「今世で結ばれないなら、来世で」


理解できなかった。


何が起きたのか。


なぜ自分ではなかったのか。


「嘘よ」


喉が震える。


「私を連れ出してくれるって言ったじゃない」


何も返ってこない。


その瞬間、ティアナは気付いた。


逃げ場が、なくなったと。



教祖が父に言った。


「ティアナは、こちらに連れてくるべきです」


父の表情が固まる。


「……何を言っている」


「我が神に捧げるのです。最もふさわしい形で」


空気が重くなる。


「あの子には何の罪もない」


父の声は弱かった。


「だからこそです」


教祖はゆっくりと微笑んだ。


「罪なき者ほど、価値がある。無垢で清らかであるほど、神は喜ばれる」


一歩、距離を詰める。


「あなたは神の恩恵を受けてきた。富も、成功も、すべて神の導きです」


静かに、言葉を重ねる。


「今こそ、返す時です」


父は黙った。


目を伏せ、何かを計算するように指先を動かす。


やがて、その手が止まる。


ティアナは見ていた。


父が“選ぶ”瞬間を。



数日後、ティアナは教会にいた。


石の壁は冷たく、空気は湿っている。かすかに香の匂いが漂い、甘さと腐臭が混ざったような不快な空気が肺に入り込む。


足元は裸足のまま、冷たい床に触れている。逃げようと思えば逃げられたはずなのに、もう体は動かなかった。


視線を感じる。


見上げる。


高い位置に、教祖が立っていた。


ゆっくりと階段を下りてくる。


一段ずつ。


音が響く。


視線は逸らされない。


顔をなぞるように動き、首元へ、胸元へ、さらに下へと落ちていく。


あの時と同じ目だった。


ただの男が女を嫌らしく見る視線。


「ようやく手に入れた」


低く、満足した声。


「ティアナ」


名前を呼ばれる。


その響きに、逃げ場がないことを理解する。


「長かった」


距離が詰まる。


すぐ目の前まで来る。


「今日からは、仲良くやろうじゃないか」


ティアナは声を出そうとした。


喉が締め付けられる。


「……いや……」


かすれた音が漏れるだけだった。


足は動かない。


視線も逸らせない。


逃げられない。


涙だけが、頬を伝った。


教祖はそれを見て、ゆっくりと頷いた。


まるで、それが正しい反応であるかのように。


すべてが、最初から決まっていたかのように。


最も愛されていたティアナは生け贄にされた。

この短編は、乙女ゲームのバッドエンド絵師、ゲーム世界に転生する 〜バッドエンドしかない世界で、運命を捨てる〜の中に出てくるゲームの内容です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ