言伝のアイデンティティ
初投稿です。
梅雨。
例に漏れず季節は巡り、1年は折り返しを迎えようとしている。
雨は一向に止む気配がなく取り残しのないよう入念に洗い流そうとしているようだ。
こんな日、父はよく「昔の雨もこんな感じだったのかね」と零していた。
雨の日はその光景をよく思い出す。
静寂を破るように戸が開く。
「よぉインケー、暇してんだろ、来てやったぜ」
タツが来た。
柱にもたれかかっているのに頭が天井にすれそうだ。ガキのころは俺の方がデカかったのに、まったくもって不条理だ。
「もう来たのかよ、相変わらず暇だな」
「お前こそ、雨ばっか見てたらお前のおっさんみてえになっちまうぞ」
タツの言葉に少しだけむっとする。言われ慣れているはずなのに、これだけは流せずにいる。
「だったらわざわざ来なきゃいいじゃねえかよ」
「お、キレんなよキレんなよ…。またおっさんの与太が聞きてえんだよ、おもしれえからさ」
そういうとタツは笑いながら父の書斎へと向かっていった。
父は町唯一の講談師だ。そして「歴史」を語る数少ない人物だ。
タツが書斎の戸を開けると、父が座っていた。両脇にはさまざまな恰好をした偶像が聳え立っていた。
「おお、インにタツか、よく来たな」
「父さん、その偶像、また作ったの?」
部屋に入るなり、その奇妙な偶像が視界を占めた。
聞かない方が、かえって不自然な気がした。
「ああ、これは王朝時代の副葬品を模して作ってみたんだ。父さんも見たことはないし、ひいじいちゃんから聞いただけだけどな…」
「おっさん、さっさと始めてくれよ」
会話を断ち切るようにタツは催促した。あまり関心はないのだろう。
父は遊びを中断された子どものように少ししょんぼりとしていたが、少しして"与太"を紡ぎはじめた。
「そうだなぁ…じゃあ、始めるか」
長年の雑魚寝のせいか、妙に曲がった姿勢を正して、父は言った。
「その昔、この町は王都と言われていたんだ。」




