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魔法少女★キャンディレッド  作者: ちりあくた
第1章 彼女が「キャンディレッド」になるまで
8/9

第8話 沈黙の聖女! ひとりぼっちの戦い

 翌日の夜、ネオンの光に照らされた繁華街にて。

 不夜城の喧騒は、突如として悲鳴に塗りつぶされた。


 路地裏から這い出してきたのは、全身が棘だらけの姿をした怪人であった。本部が緊急で命名したコードネームは、ランクC怪人「アイアン・メイデン」。怪人は、逃げ惑う人々をその鋭い鋼の腕でなぎ払い、コンクリートを赤く染めていく。


「……あ、あの。……は、始めます」


 ビルの屋上から、ひどく不器用で、たどたどしい声が響いた。

 人々の視線が上空に集まる。そこには、新調された深紅のドレスを纏う少女が立っていた。彼女の顔の上半分は、真っ赤な仮面で覆われていた。


 これが彼女の、一人前としての初任務だった。


 シロフに要望したその仮面は、驚くほどあっさりと採用された。彼はそのことに対し、もっともらしく推理していた。


「広報部も、いいアイデアだと思ったんじゃないかな。『素顔を隠すことで個を殺し、純粋な慈愛のみを体現する』。自己犠牲の極みだろう」


 何はともあれ、今の茉昼にとって、その仮面は唯一の盾だった。


 自分を、世界から、レナの視線から切り離すための。


「わ……私は、沈黙の……聖女、キャンディ、レッド! 貴方の痛みを、私が、いっ、いただきます!」


 与えられた口上は、気恥ずかしさの極みだった。

 茉昼は意を決して、シロフと共に、夜の街へと飛び降りた。


 彼は辺り一面に、認識阻害魔法を振りまきだす。

 これによってどんな血や傷も、一般人の視界には華やかな演出として映るのだ。


「……変身!……カ、カガヤキ、解放!」


 赤いドレスの裾が、夜風に翻る。

 着地と同時に、茉昼は怪人の目の前に立ち塞がった。逃げ遅れたサラリーマンの脚に、怪人の棘が深く突き刺さろうとした瞬間、彼女はその脚に触れた。


「――っ!!」


 能力が発動する。

 男の脚から傷が消え、代わりに茉昼の太腿が、目に見えない刃で削られたように裂けた。


 ドロリとした熱い液体が、ドレスの内側を伝うのが分かる。


(……ああ、そうか)


 茉昼は、激痛の中で理解した。

 なぜ、このドレスがこれほどまでに深い「赤」でなければならなかったのか。


 怪人は容赦なく、茉昼にその鋼の棘を叩きつける。彼女はそれを避けない。むしろ、怪我人のいる方向へ自ら身体を投げ出し、すべての衝撃を買い取っていく。


 一撃受けるたびに、彼女の身体のどこかが裂け、骨が軋む。

 噴き出した鮮血は、ドレスの布地に吸い込まれていく。深紅のドレスは、彼女が流す血を「デザイン」の一部として同化させ、凄惨な現実を「神秘的な演出」へと変えてしまう。


 ――この服は、カモフラージュだ。

 私がボロボロになることを前提に作られてるんだ。


「あ、は……っ、あぁ……」


 仮面の下で、茉昼は荒い呼吸を繰り返す。

 身体中に溜まった「他人の痛み」と、自らの「流血」。

 それらが臨界点に達したとき、彼女の持つ赤い杖が、かつてないほど禍々しい輝きを放ち始めた。


「……皆さんの、苦しみ。……お返し、します」


 極大の赤い閃光が、夜の街を真っ二つに切り裂いた。

 ランクC怪人「アイアン・メイデン」は、その圧倒的なエネルギーの奔流に飲み込まれ、鉄の欠片すら残さず霧散した。


 ――静寂が訪れる。


 アスファルトの上には、自らの血で小さな海を作った茉昼が、杖を支えに辛うじて立っていた。全身の傷口が熱い。意識が遠のきそうになる。だが、一人前としての仕事には、「戦闘後の口上」までが含まれていた。


「……救いは、……ここにあります。……お、お疲れ様、でした……」


 血の海の中で、痛みに震える声。

 それは聖女の慈悲というより、今にも壊れそうな供物の、最期の祈りのように聞こえた。


 管理局のモニター室。

 アヤメは、エナジードリンクの缶を握りつぶしたまま、画面越しにその光景を凝視していた。


「……バカ。本当、救いようのないバカだよ」


 彼女の目には、茉昼のドレスの裏側にある、本物の流血がはっきりと見えていた。自分たちの業界が、一人の少女をここまで効率よく、そして残酷に消費し始めた。そのことを痛感するたび、吐き気のような怒りが込み上げる。


「あんなの、もう魔法少女ですらないじゃない……。上の奴らは何をたくらんでるの……?」


 一方、現場の野次馬の中に、レナはいた。


 彼女の目は、星襾を見るときのようにキラキラしてはいなかった。スマホを向ける手も、心なしか震えている。


「……怖いよ」


 周囲からは「すごい」「新しい」「感動した」という声が上がる。


 しかし、レナの目には違和感が残った。

 あの仮面の少女が、昨日まで隣で笑っていた友人と、どこか重なって見えていた。


「なんで……あんなに、痛そうに笑うの……?」


 その直感は、生理的な拒絶反応だった。


 そして、都心の超高層ビル。

 最高級のソファに深く腰掛け、このライブ映像を眺めている少女がいた。


 M4の第4位。

「カワイイは正義」を地で行く、ピンクの衣装を纏った魔法少女「キューティキュア」――本名、モモ。


 彼女は、茉昼が血の海で口上を述べるシーンを見て、ペロリとキャンディを舐めた。


「エッぐいね、例の子。今のトレンド狙いすぎでしょ」


 彼女の瞳には、同情の色など微塵もない。

 あるのは、自分の順位を脅かすかもしれない「新商品」に対する、冷徹な査定の視線だけだ。


「でも、これじゃ長持ちしないでしょ。一ヶ月持たずに壊れるね、この子」


 モモはニヤリと笑ってテレビを消した。


「……ひょっとしたら、使えるかも」


 夜の街に残されたのは、深い赤に染まったアスファルトと、仮面の下で誰にも見られることなく涙を流す、一人の「聖女」だけだった。

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