第7話 私が一人前に!? 赤い秘密とすれ違い!
「……え、これ私が着るんですか?」
任務帰りの夜、本部のフィッティングルームにて。茉昼の目の前には、今までより過剰な装飾で、血を想起させるような色の、深紅のドレスが用意されていた。
「そうだよ。君のカガヤキに合わせて、広報部がデザインしたらしい。コンセプトは『沈黙の聖女』だそうだ。余計なことは喋らず、ただ誰かのために傷つく……ミステリアスな献身性を売りにしたいんだろうね」
シロフが淡々と告げる。タブレット端末には、加工された茉昼のシルエット画像と、勝手に捏造された「悲劇的な過去」が映っていた。両親を亡くしたという事実はそのままに、それを「魔法少女を目指した動機だ」と美化していた。
「誰かのために傷つくのが売り、ですか」
「ああ、今の世の中、綺麗なだけの魔法少女は飽きられつつある。君のような『自己犠牲』を感じさせる存在は、コアな層から熱狂的に支持されるだろう」
そして、シロフは一枚のカードを羽毛の中から引き抜いた。それは茉昼の鞄の中にある、学生証によく似ていた。
「三回の研修を終え、君は一人前の魔法少女となった。これはその証、通称『マジカル・カード』と呼ばれている。一応この中にも変身システムは組み込まれているから、緊急時はカードを使って変身してくれ。もっとも、見栄えのために普段はステッキだけどね」
真新しい赤のカードには、冴えない顔写真と共に、こうあった。
【登録名:キャンディレッド】
【ランク:C】
【個体識別番号:MS-JP-N818-2LP】
「……キャンディレッドって」
茉昼は、カードを持つ指先に力を込めた。
どこか甘ったるくて、軽くて――自分の流す血や痛みとは、あまりにも釣り合わない名前。
「魔法少女名は管理局側で指定するんだ。君はシンプルな方がお気に召すだろう」
羽毛を整えながら、シロフはさらりと言い切った。
「候補は他にもあったよ。『ブラッディ・プリンセス・レクイエム』とか『夜に咲く儚き薔薇』とか」
「キャンディレッドっていい名前ですね」
茉昼は引きつった笑みでそう言った。
すると、シロフは続けざまに、最も重要な通達を口にした。
「大事なのは名前の下だよ……赤木茉昼。君に与えられた公式ランクは『C』だ」
「……えっ」
隣にいたアヤメが、エナジードリンクを吹き出しそうになった。
「はぁ!? シロフ、正気? 飛び級なんて前例ないでしょ。新人はランクEから這い上がるのが通例じゃない」
「昨日のランクC怪人の討伐が評価されたのさ。上層部はおそらく、実質的な単独討伐だと見なしている。……だが、アヤメ。君が懸念していることは分かるよ」
シロフは黒い瞳を茉昼に向けた。
「ランクCは、魔法少女全体の二割にも満たないエリートだ。これからは単独出動も増える。だが、君の能力には『他人の傷』が不可欠だ。……一人で戦場に放り出されれば、君は力を発揮できないかもしれない」
「……それって」
「最悪の場合、君は『傷を自給自足』することになる……まあ、冗談だけどね」
シロフの「冗談」は、少しも笑えなかった。
「……アンタ、メンタル大丈夫?」
アヤメが心配そうに茉昼の顔を覗き込む。
「ランクが上がれば上がるほど、野次馬の声に晒されるよ。エリートとして扱われるけどさ、少しのミスで叩かれるの。……ねえ、誰か相談できる人はいないの? 家族とか、学校の友達とか」
「親友が一人、います。でも、まだ何も言えてなくて」
「……早く言いなよ。隠し事は、魔法少女を壊す一番の毒だから」
アヤメのアドバイスを胸に、翌朝、茉昼は学校へ向かった。
今日こそは、レナに本当のことを言おう。
魔法少女になったこと。
……昨日、ランクCに選ばれたこと。
「あ! 茉昼、おはよー! 見て見て、これ超やばいんだけど!」
登校するなり、レナが弾けるような笑顔でスマホを突き出してきた。
「魔法少女管理局の公式速報! さっき発表された新人、いきなりCランクなんだって。ほら、このシルエット!」
茉昼は息を呑んだ。そこに映っていたのは、昨日自分が着せられた、あの「赤すぎる」ドレスの影だった。
「……どう、思う?」
茉昼は言葉を区切りながら、恐る恐る聞いた。
すると、レナはすぐに首をひねった。
「え? うーん、なんか赤すぎじゃない? 正直、ちょっと不気味っていうか……『自己犠牲キャラ』狙いすぎかなーって。やっぱり私は、白くて綺麗な星襾さまが一番! この新人には、星襾さまを脅かさない程度でいてほしいね」
レナのスマホの画面上で、名もなき「赤の魔法少女」が、無慈悲にジャッジされていく。茉昼は、喉まで出かかっていた言葉を、無理やり飲み込んだ。
(……ああ。私は、この子の『敵』になるかもなんだ)
無慈悲に鳴り響くチャイムが、今だけは救いだった。
そして、放課後。夕暮れに染まった帰り道を、茉昼は一人で歩いていた。
腕をまくると、昨日、アヤメから引き受けた傷跡は、もう跡形もなく消え去っている。
痛みがない。
それが、ひどく恐ろしかった。
「もう、戻れないな……って今更か」
独り言が、冷たい風に混じる。
茉昼は、すっかり滑らかになった自分の腕に爪を立て、少し強く、押し込んでみた。
鈍い痛みが走る。
その感触だけが、今の自分と世界を繋ぎ止める、唯一の真実のように感じられた。




