表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法少女★キャンディレッド  作者: ちりあくた
第1章 彼女が「キャンディレッド」になるまで
5/13

第5話 痛みを背負う価値! 2回目の研修

 その翌日。

 窓の外では、体育の授業を受ける生徒たちの快活な声が響いている。


 五限目の現代文。チョークが黒板を叩く乾いた音だけが、教室の静寂を維持していた。


「……あの、先生」


 茉昼が控えめに手を挙げると、教壇にいた年配の教師は、まるで壊れ物を扱うような手つきで眼鏡を直した。


「どうしたの、赤木さん。どこか具合が悪い?」


「……少し、頭が痛くて。保健室に行ってもいいですか」


「ああ、もちろん! すぐに行きなさい。……誰か、付き添いは必要かな?」


「大丈夫です。一人で行けます」


 この頭痛は本物で、出動の連絡があったわけではなかった。ただ昨日、作業員の傷を移したときから、じわじわと感じ始めたものだった。外傷は本部の治癒室で治せても、神経が覚えた痛みの記憶までは消しきれないらしい。


 教室中の視線が、一斉に茉昼に集まる。

 それは同情でも心配でもなかった。触れてはいけないものを見る、遠巻きな疎外感。昨日の今日で、茉昼はクラスの中で「アンタッチャブルな存在」へと格上げされていた。


「……お大事にね、茉昼」


 隣の席で、親友のレナが小さく声をかけてくれた。


 そのとき、ふと、茉昼は心臓を掴まれるような気がした。

 今までよく見ていなかった彼女のペンケースには、M4の第1位――「星襾」と書かれたシールが貼られていた。


 さらに視線を下げると、レナの耳元で、小さな白い飾りがきらりと揺れた。星を模した、よくあるファングッズのイヤリングだった。

 

 目を逸らすように、茉昼は教室を後にした。


 数時間後、頭痛がマシになった茉昼は、教室の戸を開けた。

 ちょうど休み時間のようだったが、視線を合わせてくれるのはレナだけだった。彼女は茉昼の机の横に来ると、屈託のない笑顔を向ける。


「ねえ茉昼、大丈夫? 最近ちょっと顔色悪くない? 何かあったらさ、ちゃんと相談しなよ?」


「……うん。ありがとう」


 それ以上踏み込まれる前に、茉昼は視線を逸らした。

 机の端に貼られた、きらきらしたステッカーが目に入る。


「そういえばさ」


 声の調子を、わざと軽くする。


「そのステッカー……魔法少女の?」


「そうそう! 星襾さまだよ! もしかして興味ある感じ?」


「あー、その、最近ちょっとね」


「いいねいいね! じゃあさ、放課後、星襾さまの新作コラボアクスタ、一緒に見に……あっでも、体調良くなってからにしよっか。友達に無理させるのは、『女神さま』も嬉しくないだろうし」


 レナの無邪気な言葉が、茉昼の胸の奥にある黒い気持ちを、ゆっくりとかき混ぜる。「女神さま」。あの時、両親の亡骸の前で微笑んでいた、あの白いドレスの影。


「……ごめんね、レナ。また今度」


 茉昼は逃げるように教室を出た。

 廊下に出た瞬間、ポケットの中でスマホが、心臓の鼓動を模したような不快なリズムで震えた。


【怪人警報:エリアB2】

【危険度:ランクD】

【出動要請:赤木茉昼】


 事務的な文字。そこには「体調」を気遣う言葉など一つもない。


 だが、その冷たさに、不思議と救われるような心地がしていた。


 ――錆びついた鉄の匂いと、腐った油の臭い。

 立ち入り禁止のテープを潜り抜けた先で、アヤメは既に「仕事」を始めていた。


「ノワ、左! 追い込んで!」


「合点だッ!」


 黒いカラスが影となって怪人を翻弄し、アヤメの巨大な裁ちばさみがその隙を逃さず叩き込まれる。茉昼は物陰から、その鮮やかな「暴力」に見惚れていた。


 アヤメの戦いには無駄がない。その手慣れたルーチンワークからは、血の滲むような鍛錬がうかがえた。


 しかし、怪人が最期に放った悪あがきが、現場に火花を散らした。爆発したドラム缶の破片が、防壁がわりの裁ちばさみをすり抜け、彼女の左腕をかすめる。


「……っ、チッ」


 怪人は消滅したが、アヤメは苦々しい顔で自分の腕を押さえた。


 白い衣装の袖が焼け焦げる。

 そこから覗く肌は、赤黒く腫れていた。


「アヤメさん!」


 茉昼が駆け寄る。


「……ランクD相手にケガするとか、新人の前で見せたくなかったんだけど」


 強がるアヤメの額には、痛みに耐える汗が浮いている。


「見せてください、その傷」


「いいって。これくらい、本部の治癒班に行けば五分で治るし……」


「……今、治せます」


 茉昼の声には、有無を言わせぬ響きがあった。

 彼女はアヤメの制止を無視し、その火傷の跡に、躊躇なく両手で触れた。


 アヤメの腕から、熱と痛みが急速に引いていく。

 代わりに、茉昼の白い腕に、全く同じ形の火傷が浮き上がり、ジュッという嫌な音が空気に溶けた。


「……ぁ、ぐっ……」


 激痛に脳が焼かれそうになる。

 だが、それと同時に。

 胸の奥にある淀みが、ふっと軽くなる感覚があった。


「……は? アンタ、何してんの……?」


 痛みが消えたはずのアヤメが、信じられないものを見るような目で、茉昼を見つめていた。感謝の言葉はない。そこにあるのは「恐れ」に近い感情だった。


「……よかった」


 茉昼は火傷の痛みに顔を歪めながらも、花が綻ぶような、あまりに無垢な笑みを浮かべていたのだ。


「アヤメさん……少しでもお役に立てたなら、よかったです」


「……正気じゃないよ」


 アヤメの声が、わずかに震える。


「自分の身体を、なんだと思ってるの」


「……大丈夫ですよ、これくらい」


 茉昼は、自分の腕に刻まれた痛みを愛おしむように抱きしめながら、静かに答えた。


「誰かの助けになるなら。……それがきっと、このカガヤキの価値です」


 どこかで白いフクロウが、ホーホーと喉を鳴らした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ