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魔法少女★キャンディレッド  作者: ちりあくた
第1章 彼女が「キャンディレッド」になるまで
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第3話 カガヤキ発動! 初めての研修

 翌朝、一時限目のチャイムが鳴った。


 赤木茉昼は、反射的に背筋を伸ばす。

 身体が覚えている動作だった。つい昨日まで、間違いなく「普通」だった日常の名残。


 黒板の前に立つ教師が、ちらりとこちらを見る。


「……赤木さん」


 目が合った瞬間、にこりと笑われた。

 必要以上にやわらかく、必要以上に優しい笑顔だ。


「体調、無理しなくていいからね。少しでもおかしかったら、すぐ言うのよ」


「……はい」


 教室の空気が、ほんの少しだけざわつく。

 前の席の子が振り返り、後ろの席の子がひそひそと何かを言う。


(あ、これ)


 昨日、シロフが言っていたやつだ。


 ――未成年の魔法少女は「要配慮対象」になるんだ。

 ――教師には、そういう通達が行く。

 ――家族には……あ、一人暮らしだったか。


 彼らに理由は知らされない。

 ただ、「大切に扱え」とだけ伝えられる。


(病弱設定、いつの間に付いたんだろう)


 ……昨日まで一緒に廊下を走っていたはずの先生が、今は、私が階段を一段登るだけで、患者を案じるような痛々しい視線を向けてくる。断絶しているんだ。私の記憶と、この人たちの認識が。


 ノートに視線を落とす。

 ペン先が、わずかに震えていた。


(引き返せないとこまで来ちゃったんだ)


 その実感だけが、やけに鮮明だった。


「ねえ茉昼、聞いてる?」


 昼休みはあっという間に訪れた。

 隣の席のレナが、バナナジュースのストローをくわえたまま、やけに身を乗り出してくる。


「今日の体育、シャトルランだって。絶対地獄じゃない?」


「地獄だねぇ。手抜くと先生、キレちゃうし」


「でしょ? 一緒にサボる口実考えよ。保健室とか、親の呼び出しとか――」


 ……いつものマシンガントークが始まった。

 流行りのスイーツ、部活の愚痴、クラスの噂話。

 昨日までと何も変わらないはずの会話。


 ふと、ポケットの中でスマホが震えた。


 画面を伏せたままでも分かる。

 この振動は、普通の通知じゃない。


(まあ、私に来る通知なんてレナくらいだし。その彼女が目の前にいる、ってことは)


「ごめん、レナ」


「ん?」


「私、ちょっと早退する。朝から具合悪くてさ」


「えー、いいなー!」


 レナは本気で羨ましそうに笑った。


「私も魔法少女になって、体育サボりたーい」


 一瞬、バレたのかと思った。いや、別にバレてもいいし、そのうちバレるかもだけど。これは冗談だろう。悪意はない。


「……そうだね」


 茉昼は、乾いた笑いを返して立ち上がった。


「お大事にね!」


 具合悪い振りをして手を振りつつ、茉昼は教室を出た。

 校門を出て、遠くにざわめきを聞きながら、スマホを確認する。


【怪人警報:エリアC3】

【危険度:ランクD】

【出動要請:赤木茉昼】


 拒否の選択肢は、表示されていなかった。


 やがて彼女は、工事現場の裏手へと駆けてきた。

 立ち入り禁止の柵が歪み、空気が重く淀んでいる。


「あ、新人」


 声の方を見ると、九条アヤメがコンクリートブロックに腰掛け、スマホをいじっていた。彼女はすでに、白黒の衣装に変身済みだった。


 シロフ曰く、最初の三回の戦闘は「研修」として、先輩の魔法少女についていくのだという。


「遅いよ。ま、ランクDだし問題ないけど」


 茉昼は膝に手をつき、息切れしながらも言う。


「……ランクって」


「ああ、説明してなかったか」


 アヤメは立ち上がり、指で怪人のいる方向を示す。


「怪人には危険度の目安があるの。それが安全な順に、E〜Aランク……その上にSランクもある。これは出る時期が決まってるんだけどね。ま、しばらくはアンタの『カガヤキ』を探して、鍛える段階かな」


 きょとんとする茉昼を見て、アヤメはその場にいないシロフを恨み、虚空を睨みつけた。


「あいつも説明しとけっての。で、これも説明してないかもだけど――」


 白い光が、アヤメの指先に小さく灯った。


「私たちはキラメキを使うけど、使い方は人それぞれなんだよね。業界では個々の能力を『カガヤキ』って呼んでる」


 光は、真っ白い刃の形に変わる。

 一瞬で消えたが、空気が切り裂かれたような感触だけが残った。


「私は攻撃特化。派手で燃費悪いの」


 次に、茉昼を見る。


「で、アンタは?」


「……え?」


「能力。自分の性質、把握してる?」


 ややためらいながら首を振ると、アヤメは首を元に戻した。


「ま、そうだろうね。初戦闘でキラメキの塊を撃ったって聞いたけど、あれは共通操作みたいなもん。全員できるよ」


 怪人の咆哮が、会話をさえぎる。


「だから今日は――」


 その瞬間。


 怪人の振るった鉄骨が、逃げ遅れた作業員を薙ぎ払った。

 茉昼の鼓膜に、鈍い悲鳴が飛び込んでくる。


 男は転倒し、脚を深くえぐられていた。

 血がたちまちにコンクリートへと広がっていく。


「……っ」


 茉昼の身体が、勝手に動いた。


「ちょっと!」


 アヤメの制止を振り切り、作業員の側に駆け寄る。

 彼は制服姿の茉昼を見ると、目を丸くして叫んだ。


「きっ、君たちは……僕のことは良いから、早く逃げなさい!」


 男の声が震える。

 茉昼は、思わずその脚に手を伸ばしていた。


 ――気付いたら、触れていた。

 その次の瞬間。


 血が、消えた。


「……え?」


 傷が、塞がっている。

 作業員は呆然と自分の脚を見下ろした。


 そして。


「――っ!」


 遅れて激痛が走る。


 茉昼の脚に、同じ感覚が移っていた。

 肉を裂かれる痛み。骨に響く衝撃。


 思わず、膝をつく。


「……あ」


 その理解が追いつく前に。

 作業員の傷と完全に同じ位置に、血がにじんでいた。


「……なるほど」


 背後でアヤメが息を呑む。


「そういうタイプ、か」


 茉昼は、荒い呼吸のまま顔を上げた。


 ……痛い。

 間違いなく、痛い。


 それでも。


「あぁ……」


 胸の奥が、静かになった。


「よかった……もう、痛くないですよ」


 作業員に向けて、笑っていた。

 自分でも、なぜ笑えるのか分からないまま。


 アヤメは一歩引いていた。

 彼女の声がわずかに震える。


「……アンタさ。それ、自分の能力だって分かってる?」


 茉昼は、脚の痛みをこらえながら立ち上がる。


「……はい」


 初めて、はっきりと。


「多分、わかります」


 誰かの痛みが消える。

 それと引き換えに、自分が傷つく。


 ――それが、自分のカガヤキ。

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