第3話 カガヤキ発動! 初めての研修
翌朝、一時限目のチャイムが鳴った。
赤木茉昼は、反射的に背筋を伸ばす。
身体が覚えている動作だった。つい昨日まで、間違いなく「普通」だった日常の名残。
黒板の前に立つ教師が、ちらりとこちらを見る。
「……赤木さん」
目が合った瞬間、にこりと笑われた。
必要以上にやわらかく、必要以上に優しい笑顔だ。
「体調、無理しなくていいからね。少しでもおかしかったら、すぐ言うのよ」
「……はい」
教室の空気が、ほんの少しだけざわつく。
前の席の子が振り返り、後ろの席の子がひそひそと何かを言う。
(あ、これ)
昨日、シロフが言っていたやつだ。
――未成年の魔法少女は「要配慮対象」になるんだ。
――教師には、そういう通達が行く。
――家族には……あ、一人暮らしだったか。
彼らに理由は知らされない。
ただ、「大切に扱え」とだけ伝えられる。
(病弱設定、いつの間に付いたんだろう)
……昨日まで一緒に廊下を走っていたはずの先生が、今は、私が階段を一段登るだけで、患者を案じるような痛々しい視線を向けてくる。断絶しているんだ。私の記憶と、この人たちの認識が。
ノートに視線を落とす。
ペン先が、わずかに震えていた。
(引き返せないとこまで来ちゃったんだ)
その実感だけが、やけに鮮明だった。
「ねえ茉昼、聞いてる?」
昼休みはあっという間に訪れた。
隣の席のレナが、バナナジュースのストローをくわえたまま、やけに身を乗り出してくる。
「今日の体育、シャトルランだって。絶対地獄じゃない?」
「地獄だねぇ。手抜くと先生、キレちゃうし」
「でしょ? 一緒にサボる口実考えよ。保健室とか、親の呼び出しとか――」
……いつものマシンガントークが始まった。
流行りのスイーツ、部活の愚痴、クラスの噂話。
昨日までと何も変わらないはずの会話。
ふと、ポケットの中でスマホが震えた。
画面を伏せたままでも分かる。
この振動は、普通の通知じゃない。
(まあ、私に来る通知なんてレナくらいだし。その彼女が目の前にいる、ってことは)
「ごめん、レナ」
「ん?」
「私、ちょっと早退する。朝から具合悪くてさ」
「えー、いいなー!」
レナは本気で羨ましそうに笑った。
「私も魔法少女になって、体育サボりたーい」
一瞬、バレたのかと思った。いや、別にバレてもいいし、そのうちバレるかもだけど。これは冗談だろう。悪意はない。
「……そうだね」
茉昼は、乾いた笑いを返して立ち上がった。
「お大事にね!」
具合悪い振りをして手を振りつつ、茉昼は教室を出た。
校門を出て、遠くにざわめきを聞きながら、スマホを確認する。
【怪人警報:エリアC3】
【危険度:ランクD】
【出動要請:赤木茉昼】
拒否の選択肢は、表示されていなかった。
やがて彼女は、工事現場の裏手へと駆けてきた。
立ち入り禁止の柵が歪み、空気が重く淀んでいる。
「あ、新人」
声の方を見ると、九条アヤメがコンクリートブロックに腰掛け、スマホをいじっていた。彼女はすでに、白黒の衣装に変身済みだった。
シロフ曰く、最初の三回の戦闘は「研修」として、先輩の魔法少女についていくのだという。
「遅いよ。ま、ランクDだし問題ないけど」
茉昼は膝に手をつき、息切れしながらも言う。
「……ランクって」
「ああ、説明してなかったか」
アヤメは立ち上がり、指で怪人のいる方向を示す。
「怪人には危険度の目安があるの。それが安全な順に、E〜Aランク……その上にSランクもある。これは出る時期が決まってるんだけどね。ま、しばらくはアンタの『カガヤキ』を探して、鍛える段階かな」
きょとんとする茉昼を見て、アヤメはその場にいないシロフを恨み、虚空を睨みつけた。
「あいつも説明しとけっての。で、これも説明してないかもだけど――」
白い光が、アヤメの指先に小さく灯った。
「私たちはキラメキを使うけど、使い方は人それぞれなんだよね。業界では個々の能力を『カガヤキ』って呼んでる」
光は、真っ白い刃の形に変わる。
一瞬で消えたが、空気が切り裂かれたような感触だけが残った。
「私は攻撃特化。派手で燃費悪いの」
次に、茉昼を見る。
「で、アンタは?」
「……え?」
「能力。自分の性質、把握してる?」
ややためらいながら首を振ると、アヤメは首を元に戻した。
「ま、そうだろうね。初戦闘でキラメキの塊を撃ったって聞いたけど、あれは共通操作みたいなもん。全員できるよ」
怪人の咆哮が、会話をさえぎる。
「だから今日は――」
その瞬間。
怪人の振るった鉄骨が、逃げ遅れた作業員を薙ぎ払った。
茉昼の鼓膜に、鈍い悲鳴が飛び込んでくる。
男は転倒し、脚を深くえぐられていた。
血がたちまちにコンクリートへと広がっていく。
「……っ」
茉昼の身体が、勝手に動いた。
「ちょっと!」
アヤメの制止を振り切り、作業員の側に駆け寄る。
彼は制服姿の茉昼を見ると、目を丸くして叫んだ。
「きっ、君たちは……僕のことは良いから、早く逃げなさい!」
男の声が震える。
茉昼は、思わずその脚に手を伸ばしていた。
――気付いたら、触れていた。
その次の瞬間。
血が、消えた。
「……え?」
傷が、塞がっている。
作業員は呆然と自分の脚を見下ろした。
そして。
「――っ!」
遅れて激痛が走る。
茉昼の脚に、同じ感覚が移っていた。
肉を裂かれる痛み。骨に響く衝撃。
思わず、膝をつく。
「……あ」
その理解が追いつく前に。
作業員の傷と完全に同じ位置に、血がにじんでいた。
「……なるほど」
背後でアヤメが息を呑む。
「そういうタイプ、か」
茉昼は、荒い呼吸のまま顔を上げた。
……痛い。
間違いなく、痛い。
それでも。
「あぁ……」
胸の奥が、静かになった。
「よかった……もう、痛くないですよ」
作業員に向けて、笑っていた。
自分でも、なぜ笑えるのか分からないまま。
アヤメは一歩引いていた。
彼女の声がわずかに震える。
「……アンタさ。それ、自分の能力だって分かってる?」
茉昼は、脚の痛みをこらえながら立ち上がる。
「……はい」
初めて、はっきりと。
「多分、わかります」
誰かの痛みが消える。
それと引き換えに、自分が傷つく。
――それが、自分のカガヤキ。




