第2話 魔法少女の裏側! アヤシイ本部にて
「素晴らしい出力だ! 新人とは思えないね」
白いフクロウは、やけに誇らしげに胸を張った。
「改めまして。僕の名前はシロフ」
「胸を張る」という表現が、フクロウに適切かどうかはさておき、確かにそれは自己紹介だった。
「魔法少女統括補助マスコット。兼、契約管理担当。ついでに言うと――君の人生を、取り返しのつかない方向に曲げた張本人だ」
「……言い方ってものがありませんか」
「褒め言葉だよ」
即答だった。
茉昼は小さく息を吐くしかない。あの母娘を助けるために魔法少女になったが、その後のことなんて、何一つ覚悟していなかった。
「さて、赤木茉昼。契約直後の魔法少女は、原則として本部へ同行する決まりになっている」
「同行、ですか」
「うん。まあ、実質は――連行だね」
「やっぱり」
納得してしまった自分が少し嫌だった。
「安心してくれ。逃げても無駄だから」
「安心要素が一つもないです」
眉をしかめる茉昼を無視し、シロフは羽を一度打ち鳴らす。
その瞬間、空気が裏返った。
足元が抜けるような浮遊感。内臓が、ほんの一瞬だけ置き去りにされる。悲鳴を上げる暇すらなかった。
――次に瞬きをしたとき。
茉昼は、まるで知らない場所に立っていた。
天井は異様に高く、壁はコンクリート打ちっ放し。装飾らしい装飾はない。その代わり、床や壁に走る無数の青色のラインが、脈打つように淡く輝いている。
「……は?」
「我々……魔法少女管理局の拠点さ。正確には、東日本第三魔法少女管理局。まあ、君たちの間では『本部』で通じる」
シロフは当然のように言った。
「いや今、さっきまで裏路地に……」
「僕の能力さ。この程度で驚かれていたら困るね、例えば……魔法少女は空を飛べるじゃないか。そういうものなんだよ」
(えっ、そうなんですか)
言いかけて飲み込む。
ここには、茉昼の知らない「前提」が多すぎた。
歩き出すと、床の青白い光が反応した。
一歩踏み出すごとに、心臓の鼓動と同じリズムで明滅する。
「床、光ってますけど」
「キラメキ反応に同期してる。君の状態を常に測ってるんだ」
……キラメキ。
茉昼は小学生の頃に習っていた。それは、人間の中にある精神エネルギーのことらしい。魔法少女にとっては、魔法を使うための「体力」に近いものだと、なんとなく理解していた。
走れば息が切れるように、使えば減る。
眠れば回復するように、休めば戻る。
ただし、それは肉体とは別の場所にある。
腕や脚が動かなくなる前に、キラメキは先に擦り切れる。体は立っているのに、魔法だけが使えなくなる。あるいは、その逆も起こる。
そのことを思い出し、彼女は思わず足を止めた。
「……測る?」
「残量、質、歪み具合。全部だよ。キラメキは体力と違って、ゼロになっても意識は保てる。でもね」
軽い口調のまま、言葉は紡がれた。
「壊れる」
その一言だけが、やけに明白だった。
「倒れる前に?」
「うん。そうなれば肉体や精神が……修復不可能になる。だから管理が必要なんだ」
「……壊れないように?」
「即死しないように、が正確かな」
茉昼の背中を冷たいものが伝った。
(もしかして魔法少女ってブラック? そういえば昨日、何かが削られたような感じが――)
考えないようにしていた疑問が、遅れて顔を出す。
すると後方から、場違いなほど軽い声がした。
「――あ、例の新人?」
振り向くと、モノクロな衣装の魔法少女が立っていた。年は高校生くらいだろうか。短く結ったポニーテールが揺れている。
「私は九条アヤメ。アンタの先輩だよ」
人懐っこい笑顔で、ひらりと手を振ってくる。
彼女はテレビで見る魔法少女とよく似ていた。
――小綺麗に整えられた「顔」だ。
「よろしくって言いたいところだけど」
アヤメの視線が、じろじろと茉昼の上を這う。
「シロフの連絡だと、初戦闘まで済ませてきたって?」
「……はい」
「やっぱり。じゃあ、最初の現場も見たでしょ」
アヤメは軽く指を鳴らす。
次の瞬間、コンクリート壁の一部が展開し、半透明のホログラムが浮かび上がった。
映し出されたのは――茉昼がさっきまでいた街。
倒れていた自販機は元通りに戻り、歪んでいたシャッターも修復されている。血の跡も、割れた卵も、何も残っていなかった。
「事後処理、完了」
アヤメは事務的に言った。
「怪人は『自壊した』。被害者は軽傷。魔法少女は――」
一拍置いて、「存在しなかった」。
「目撃者の記憶は、本部にいる担当者に『補正』されるの。現場の監視データは一分前のものと差し替えられる。魔法少女の仕事の大半は、誰にも知られることがないんだ」
「……でも、テレビでは、あんなに――」
「ヒーローは、観られる場面を選ぶものだから」
アヤメは笑顔のままで言い切った。
「演出されない『希望』は、なるべく映らない方がいい」
その言葉に、胸の奥が少しだけ冷えた。
……魔法少女が来る前に、両親は殺された。
助けは間に合わなかった。
(希望、ね)
床の光が、さっきより強く脈打っている。
「――おしゃべりはそこまでだ、九条。新人をあまり怖がらせるな」
通路の奥、自動扉が開く音と共に、硬質な足音が響いた。
現れたのは、仕立てのいいスーツに身を包んだ一人の女性だった。銀縁のメガネの奥で、氷のような瞳が光っている。
「室長。お疲れ様でーす」
アヤメがひらひらと手を振る。室長と呼ばれた女性は、それを無視して茉昼の前に立った。
「中央作戦室長の宗像冴だ。赤木茉昼、君の『管理』の責任者だと思っていい」
宗像は手元のタブレットに視線を落とし、流れるような手つきでデータをスワイプした。
「適合率、初期出力、キラメキの波形……悪くない。むしろ、これほどまでの高数値は久しぶりだ」
彼女は一歩、茉昼に歩み寄る。香水の匂いではなく、どこか消毒液に近い、無機質な気配が鼻を突いた。
「君は、自分がなぜ選ばれたと思う?」
「……その……勘、ですか」
茉昼の答えに、宗像はわずかに口角を上げた。
「ある意味では正解と言えるな。だが、私は違う。君が選ばれたのは、君が『空腹』だからだ」
「空腹……?」
「欠落と言い換えてもいい。何かを激しく求め、あるいは何かを激しく拒絶している。その強い指向性こそが、魔法という不条理を具現化する燃料になる。……期待しているぞ、赤木茉昼。君がその身を焼いて、どれほどの光を放つのか」
宗像はそれだけ言うと、一度も振り返ることなく去っていった。
「……感じ悪い人でしょ」
アヤメが苦笑いしながら肩をすくめる。
「あの人、魔法少女を数字で見てる節があるからさ」
茉昼は、宗像が去っていった暗い通路を見つめた。
思い返せば、あの瞳は少し苦手な気がしてくる。
「心配しなくていいよ」
シロフが穏やかな声で言った。
「君は善い子だ。だから選ばれた」
その言葉に、茉昼の指先がわずかに強張る。
――善い、から?
魔法少女に助けられなかった人間は、たくさんいる。
選ばれなかった人間も。
(それなら、私が)
茉昼は、何も言わずに赤い杖を握り直した。
胸の奥で、得体の知れない熱が静かに燻っていた。




