第17話 重なる想い! ふたりの痛み!
……熱い。
全身の細胞が沸騰し、溶け出していくような感覚。
茉昼の意識は、底のない闇へと沈んでいた。モモによって無理やり引き抜かれたキラメキの残滓が、神経の端々で火花を散らしている。だが、その空白になった「器」の中に、別の何かが流れ込んできた。
それは濾過しきれなかった負のキラメキ。
星襾の「痛み」の記憶だった。
(……なに、これ)
視界が、ぐにゃりと歪む。
気づけば、茉昼は見知らぬ病室に立っていた。
無機質な機械音。鼻を刺す消毒液の匂い。
ベッドの上には、今よりもずっと幼く、短い髪の少女が横たわっている。
(星襾……?)
「……脳機能の移植、成功しました」
白衣を着た大人たちの声が、霧の向こうから聞こえる。
「移植したキラメキは、問題なく彼女の中に保持されています。次の安定化フェーズへ移行可能です」
「彼女こそが、次世代の『核』になる」
「……代償として、感情の起伏は著しく制限されますが、管理局の象徴としては十分でしょう」
ベッドの上の少女は、何も言わなかった。ただ、人形のような瞳で天井を見つめていた。
彼女の隣のベッドには、もう一人、同じくらいの年の少女がいた。
細く息をし、星襾の方を見て、かすかに笑う。
「……ごめんね、星襾。私じゃ、ダメだったみたい」
言葉と一緒に、彼女の声が、少しずつ薄れていく。
医療機器の音だけが、やけに大きく残った。
「私が消えても……星襾は、笑っていてね」
星襾は無表情のまま、隣の少女へ向かって手を伸ばした。
何とかつかんだ指先に、もう力は残されていなかった。
「……あなたが笑えば、みんなが、救われるから」
それが最期の言葉だった。
彼女の瞳から光が消えきった瞬間、病室の空気が、微かにきしんだ。
「……対象B、反応停止を確認」
「予定通りです。次の工程に進めましょう」
誰かがそう告げ、カーテンが閉められる。
星襾は、動かなかった。
涙が浮かびかけ、まつ毛の先で止まる。
——落ちてはいけない。
理由も分からないまま、そんな感覚だけが先にあった。
白衣の大人たちが、何かを話している。
内容は聞き取れない。ただ、「成功」という単語だけが、異様に鮮明だった。
星襾のカガヤキだけでは、キラメキが足りなかった。
彼女のキラメキだけでは、カガヤキが弱すぎた。
……だから「一つにする」のだと、大人は言っていた。
星襾は、ゆっくりと口角を持ち上げる。
壊れない形を探すように、何度も微調整して。
その笑顔が完成した瞬間……彼女の内側で、何かが静かに閉じた。
それが何なのか、星襾自身にも分からないまま。
(……痛い)
意識の底で、茉昼が息を詰める。
(痛いよ……星襾、さん)
星襾の光は、眩しすぎた。
血や汚れを拒むように、完璧な形を保ち続けている。
(……ずっと、これで立ってきたんだ)
胸の奥がきしみ続ける。休んだ痕跡など、どこにもない。
星襾を見る視線が、茉昼自身に重なる。
罰することでしか立てなかった自分。
壊れることでしか「希望」でいられなかった彼女。
「……ぁ……」
現実のスタジアムで、茉昼の指先がピクリと動いた。
目の前では、血染めの剣を振るう星襾が、怪人カタルシスの猛攻を耐え凌いでいる。
モモの嘲笑が響き、スタジアムの澱が渦を巻く。
星襾の背中は、今にも折れそうだった。右腕の傷口から流れる血は、彼女が「偶像」であることを辞めた証。だが、その代償として、彼女を支えていたシステムの守護――「完璧」という名のバリアは、もう不安定な代物だ。
「星襾さん……」
茉昼は、砕けた仮面を地面に落とし、震える手で赤い杖を握り直した。
これまでは、彼女を「濾過」するために力を貸していた。
けれど、今は違う。
(……あの人は、笑顔に縛られてたんだ)
星襾が背負わされてきた十年の孤独、その全部を理解できなくてもいい。
でも今度は、装置としてではなく、一人の「人」として。
――その痛みを分かち合いたい。
茉昼の胸の奥で、静かで熱い光が灯り始めた。
それは、自己犠牲ではない。
誰かと共に在りたいと願う、初めての純粋な「意志」だった。
「――っ、はぁぁ!!」
星襾の光の剣と、怪人の触手が真っ正面から衝突し、衝撃波が戦場を揺らす。一歩、また一歩と星襾の膝が折れていく。
「おしまいだよ、『女神さま』! 泥の中でくたばりなさい!」
モモが、とどめの閃光を放とうと杖を掲げた、そのとき。
スタジアムの影が、不自然なほどに濃く、深く、うねり始めた。
「こうすればいいんだよね、アヤメさん!」
茉昼の、そして星襾の窮地に。
紺青の光を纏った「もう一人の仮面」が、闇を裂いて飛び出した。




