第16話 ショーは終了! 本気の第1位!?
――完璧であること。
それが、星襾に課せられた唯一の絶対条件だった。
管理局の最高傑作。誰もが崇める希望の象徴。
彼女の周囲には常に、汚れを焼き払う清浄な風が吹き、その純白のドレスに泥が跳ねることさえ、世界の理が許さなかった。
だが、今。
墜落した彼女の視界に映るのは、ひび割れたアスファルトと、自らの右腕から流れ出す、どす黒い生身の鮮血だった。
「あ……あ、は……っ」
肺が焼けるように熱い。喉の奥に鉄の味がせり上がる。
……これが、初めて知る「痛み」だった。
「うわぁ、見てよ。完璧な星襾さまが、まるで雨に濡れた捨て犬みたい」
頭上から、砂糖菓子のように甘い、けれど猛毒を含んだ声が降り注ぐ。
空中に浮遊するモモは、茉昼から奪い取った膨大なキラメキを弄びながら、獲物をいたぶる猫のような目で星襾を見下ろしていた。
「ねえ、どんな気持ち? 自分の身代わりが壊れて、初めて自分の血の臭いを嗅いだ気分は。……あはは! その顔、最高に『映え』てるよ!」
星襾は、震える左手で激痛の走る右腕を押さえ、泥の中に膝をついた。
スタジアムを埋め尽くすドローン。数千万人の視聴者。彼らが見ているのは、偶像が崩壊し、惨めに地に伏せる「かつての女神」の姿だ。
(……逃げたい)
本能が叫んでいた。
痛いのは嫌だ。汚れるのは恐ろしい。演出することもできず、こんな無様な姿を晒すだなんて……今すぐに消えてしまいたい。
だが、その絶望を塗り潰すように。
彼女の胸の奥で、傲慢なまでの「自負」が光り出した。
――私は、星襾だ。
――この国の、「希望」の頂点に立つ者だ。
「……誰に……口を利いているの」
かすれた声。しかし、そこには明確な王者の威厳が残っていた。
星襾は、折れそうな右腕を引きずりながら、ゆっくりと、しかし確実に立ち上がった。
「え?」
モモの笑みがわずかに凍りつく。
星襾の全身から、圧倒的な質量を持った光が溢れ出したのだ。
これまでの「演出」とは一線を画すような、暴力的な光だった。
「カガヤキ解放――『原罪を統べる光冠』」
瞬間、スタジアムに吹き荒れていた怪人の毒素が、モモの溜めていたキラメキが、悲鳴を上げるように霧散した。
これが、星襾が第1位を維持し続けてきた真の理由。
彼女のカガヤキは、単なる攻撃魔法ではなかった。周囲の空間に存在する「不純物」を強制的に等価交換し、自らの魔力へと変換する、絶対的な支配権。何をもって「不純物」となるか……その判断は、本人の価値基準に依存していた。
彼女が汚れなき聖女でいられたのは、傷一つ認めない、苛烈なまでの精神を抱いていたからだった。
「……ふぅ。……最低な気分ね」
星襾は泥だらけの顔を上げ、不敵に笑った。
その笑みは、台本通りの代物ではない。
プライドを傷つけられ、本気で怒り狂った人間としての、獰猛な笑みだった。
「モモ。貴方の安っぽい演出には反吐が出るわ。……魔法少女が血を流さないなんて、誰が決めたの?」
彼女は左手一本で、光の剣を顕現させた。
右腕の傷口から溢れる血が、剣の柄を赤く染める。
――もう、画面の奥に遠慮しても手遅れね。
「……今の私なら、全てを『光』に変えられる」
星襾の瞳が、黄金色に燃え上がる。
彼女は地を蹴った。右腕を庇う動作など一切ない。むしろ、傷口から流れる血さえもキラメキの燃料へと変換し、加速の尾を引いて、モモへと肉薄する。
「なっ……速っ!? なんで動けるのよ!」
「舐めないで……私はあなたと違う。この十年、希望を背負ってきたの!」
光の剣が、モモの防御障壁を紙細工のように切り裂いた。
レナは、遠くからその背中を見つめていた。
あんなに整っていたドレスは、もうボロボロだ。
かつての完璧な「女神」ではない。
けれど。
(……きれいだ)
改めて、星襾という人間を、心から美しいと思った。
星襾は、モモと怪人カタルシスの両方を正面に捉え、剣を正眼に構える。
背後で横たわる茉昼を振り返ることはしなかった。
ただ、一言だけ、戦場全体に響き渡る声で告げた。
「――そこにいなさい、新人たち。……今は私に踊らせて」
その背中は、どんな偽りの希望よりも強く、気高く、戦場の闇を照らしていた。




