第14話 限界ギリギリ!? 聖女の役目ってなに?
――視界の端で、数字が跳ね続けている。
廃スタジアムの空を埋め尽くすドローン。そのカメラが捉える映像は、世界中の端末へとリアルタイムで送出されていた。画面の隅で、視聴者数と、彼らが投じる「投げ銭」の総量が、爆発的な勢いでカウントアップされていく。
「……ッ、が、はっ……!」
茉昼は、血の混じった唾液をアスファルトに吐き捨てた。
深紅のドレスは、すでに彼女自身の血と、肩代わりした無数の「傷」で、赤を通り越して黒ずんでいる。
目の前には、虚空を食い破って現れたSランク怪人「カタルシス」。
それは巨大な心臓に、無数の目と口が生えたような、吐き気を催す造形をしていた。怪人が拍動するたびに、スタジアム全体に絶望の波動が吹き荒れる。
普通の人間なら、その波動を浴びた瞬間に精神が融解し、発狂する。
――だが。
「……傷を……全部、私に……」
茉昼が杖を突き出すと、星襾に向かっていた不可視の毒素が、吸い寄せられるように彼女の体内へと流れ込んだ。
今や、茉昼のカガヤキは極限の絶望と引き換えに、異常な進化を遂げていた。引き受けられるのは、もはや肉体の痛みだけではない。接触すら必要ない。
彼女の神経系は、キラメキの回路と無理やり癒着されていた。
広域アンテナのように、スタジアム全域に広がる「澱」を検知していく。
……脳が焼けるような熱。
神経を一本ずつ逆なでされるような痛み。
仮面の下で、茉昼の瞳は焦点が定まらず、ただ涙だけが溢れ続ける。
その数メートル先で。
純白のドレスをはためかせ、星襾は優雅に宙を舞っていた。側では白鳩の形をしたマスコットが、空中浮遊用のカガヤキを使役している。
彼女の振るう光の剣が怪人の肉を削ぐたびに、視聴者たちは歓喜の渦に包まれた。
「素晴らしいわ、カタルシス! 貴方の嘆きさえ、私の光で浄化してあげましょう!」
星襾の声に、澱みはない。
背後で新人の補助役が、自分に届くはずのあらゆる苦痛を肩代わりし、神経をズタズタにしながら膝をついているというのに、彼女は一度も振り返らない。
「……ねえ。あのとき……なんで……」
茉昼のかすれた声は、爆音にかき消された。
戦闘前の、あの問いかけ。
星襾の答えは「務めだから」だった。
……救いなんてなかった。
あの日、怪人に両親を殺され、一人だけ生き残ってしまった。心の底では、そんな自分を肯定してくれる言葉が欲しかった。でも、目の前の「希望」は、自分の痛みなど見ていなかった。
(……ああ、そう。私は、この人のための「装置」なんだ)
シロフの言葉が、今さら呪いのように響く。「――人生を取り返しのつかない方向に曲げた」。
どうして、そうなっちゃったんだっけ。
……私はなんで、魔法少女をやっているのか。
多分……生きてていい理由が欲しかったんだ。
そのために、誰かの身代わりになろうとしただけだ。
ふと、怪人の触手が、星襾の隙を突いて放たれた。
「危な……い……」
茉昼は反射的に身体を投げ出した。
鈍い音と共に、左肩から鈍い音が響く。
骨の砕ける感触が、脳髄に直接行き渡った。
それと同時に、ライブ配信のコメント欄が加速する。
彼らには、認識阻害魔法のおかげで、茉昼の肩に突き刺さった怪人の毒針が、まるで「降り注ぐ花びら」のように見えていた。
どんな血や傷も、画面越しには「幻想的なエフェクト」に変換される。視聴者が目にしているのは、華やかな紅のドレスを翻し、優雅に星襾をサポートする少女の姿。
『うわ、赤いのまた食らった!』
『あいつマジで死ぬんじゃね?』
『エッぐ……でも、星襾さまの輝きが増してる気がする』
『これぞ自己犠牲。尊い。もっとやれ』
賞賛の言葉が流れるたびに、茉昼の身体は物理的に削られていく。
――痛みが、心地よくなってきた。
もっと傷つかなきゃ。もっと血を流さなきゃ。
そうじゃなきゃ、私は、あの瓦礫の山から一歩も動けていないことになる。
「……ふふ」
茉昼の口から、乾いた笑いが漏れた。
仮面の端が、パリンと音を立てて砕け散る。
露わになった彼女の左目は、すでに正気を失い、「死」という唯一の安息を求めていた。
その様子を、スタジアムの影から見つめる青い人影があった。
「……まひ、る……」
レナは、紺青の杖を折れんばかりに握りしめていた。
仮面の下で、唇を噛み切り、鉄の味が広がる。
あんなのは、戦いじゃない。
ここは、一人の女の子が世界からゆっくりと殺されていく、ただの処刑台だ。
「……ダメだ。これ以上は、ダメ……」
レナが飛び出そうとした瞬間。
「何のつもり? 新人ちゃん。見せ場はここからなんだから」
甘い、けれど毒の混じった声が響いた。
振り向くと、キューティキュアがキャンディの棒を指で弄びながら、猛獣のような目で茉昼を見つめていた。
「聖女ちゃんのキラメキが、最高の濃度まで煮詰まってきた。……そろそろ、私たちが美味しくいただく時間じゃない?」
茉昼の精神は、すでに限界を越えていた。
濾過装置の断末魔は、誰にも届かない悲鳴となって、潮風に消えていく。




