第12話 緊急事態? キューティキュアに気をつけろ!
そうして時は過ぎ、シール・ライブ前夜。
魔法少女管理局本部にて。
本来なら、明日への最終調整と精神統一が行われるはずの場は、不吉な赤色灯と警告音に包まれていた。
「――第2位『セラフィナ』、第3位『不動院明美』。両名、重度の精神汚染による戦闘不能状態につき、明日のシール・ライブの出撃リストから除外されました」
無機質なスピーカーの声が、重く冷たい地下広場に響き渡った。
三回の過酷な研修――文字通り、地獄の蓋を覗き込むような五日間――を終え、アヤメと共に帰還したばかりの白鳥レナは、その場で足を止めた。
「精神、汚染……? えっ、え、M4ですよ? 嘘っ……」
レナの戸惑いはもっともだった。M4の第2位と3位といえば、国内トップの防御力と精神耐性を持つはずの存在だ。それが二人同時に「任務不能」など、天変地異に等しい。
(……ありえない)
アヤメは焦燥に駆られながら、思考を高速で回転させる。
まず、上層部――国やスポンサーの連中の仕業ではない。彼らにとってシール・ライブは最大の集金イベントであり、茉昼を「聖女」として売り出すための重要な舞台だ。中核となるM4を、二人も欠けさせるメリットがない。
(なら、シロフか?)
いや、あの合理的で非情なマスコットも、茉昼を「最高効率の装置」へとランクアップさせたがっている。失敗のリスクを不必要に高めることは、奴の計算に反するはずだ。それに、あいつから約束を破るとは考えがたい。
そのときアヤメの脳裏には、あの治療室で見た、ピンクのツインテール少女――モモの、底意地の悪い笑みが浮かび上がった。
(……あいつ、茉昼の心を読むような真似をしていた)
単なる精神操作系のカガヤキだと思っていたが、もしそれだけなら、苛烈なM4の競争を勝ち残れるはずがない。後方支援系の能力なら、Sランクなど夢のまた夢だ。
あのときは、そんな結論で推理を打ち切っていた。
思い返せば……格好の反証が、隣で横たわっていたというのに。
もし、茉昼のように。
彼女の能力が「精神を操作する」だけでなく、「精神操作の過程で何かしらを得て、爆発的な力に変換する」性質のものだとしたら?
……なぜあのとき。
いや、悔やんでも仕方ない、か。
考えるべきは動機だ。
昔、同じ順位に座っていたアヤメには、次々と言葉が浮かんできた。
かつて、誰かが第4位を指して言ったセリフだ。
使い捨ての駒。
数年おきの新陳代謝。
1位から3位までの「神々」に隠れた、日陰者。
(……「使い捨ての4位で終わってたまるか」ってわけか。あいつ、自分の順位を上げるために……? 何にせよ、2位と3位を喰えるだけの力があるのかも)
戦慄が走る。
それが事実なら、明日の戦場は「Sランク怪人」という脅威に加え、内側から食い破ろうとする「魔女」を抱えた地獄になる。星襾が狙われる。そして、その影で濾過装置を担う茉昼、レナは、モモの暴走に真っ先に飲み込まれるだろう。
(……あまりに情報が足りないな。ここじゃ推理ごっこしかできない)
「レナ、行くよ! 作戦室だ!」
「えっ、あ、はいっ!」
アヤメは、もつれる脚を叱咤するレナを引き連れ、管理局の中枢である作戦室へと駆け込んだ。
作戦室は、パニック寸前の喧騒に包まれていた。
無数のホログラムパネルが明滅し、オペレーターたちが怒号に近い声を上げている。
「蜜柑! どうなってるの!」
アヤメは、端末の前で今にも泣き出しそうな顔をしていた小柄な女性――かつての同僚であり、現在はオペレーション主任を務める、富士川蜜柑に詰め寄った。
「あ、アヤメちゃん!? ……ダメなの、急に任務先で二人が……。明日のことは今、必死に代案を……。Aランク魔法少女13人を、可能な限り動員して、外周の防衛を――」
「13人? 足りないでしょ! Sランク相手にAランクを何人並べたって……」
「――それには及ばない」
氷のような静寂が、作戦室を支配した。
奥の司令席からゆっくりと立ち上がったのは、管理局の現場総責任者、宗像冴だ。度の強い眼鏡の奥で、感情を削ぎ落とした瞳がアヤメを射抜いた。
「Aランクの彼女たちは、会場外で後方待機。予定通り、Sランク怪人と正面から戦うのは、第1位の星襾と、第4位のモモのみだ」
「……本気ですか!? M4が二人も欠けてるんですよ!」
「補助役としては予定通り、優秀な治癒班……蓮見咲、佐伯ユウリ、五十嵐ジュエルの三名を派遣する。そして……」
宗像は、アヤメの隣で震えているレナへと視線を移した。
「同じく補助役として、赤木茉昼、および白鳥レナを投入する」
「なっ……」
「既存の計画に狂いはない。星襾一人でも、Sランク怪人を撃破する算段はついている。無論、彼女は『無傷』でなければならない。それに加えて念のため、興業的な見栄えを考慮して、モモたちも出すことにした。それだけだ」
アヤメは、宗像の落ち着きに言葉を失った。まるで、M4が欠けることも、この布陣になることも、最初から全部知っていたかのような……。
「それにしても」
宗像は表情を変えないまま、わずかに声のトーンを上げた。
「研修を終えたばかりで、デビュー戦も済ませていない新人――白鳥レナが、すでに補助役のリストに名を連ねているとは。九条の事務処理能力には驚嘆させられるな」
心臓が跳ねた。
ハッキングによる登録、シロフとの裏の取引。
――見透かされていたのか。
「……アンタ、何を企んでるの」
「企む? 心外だ。私はただ、最高の舞台を整えているだけだ。……『聖女』と『生贄』、『憐れな付き人』。これほど観客を熱狂させる配役はない」
宗像はそれ以上、アヤメを相手にしなかった。
作戦室の巨大なモニターには、明日の決戦場となる、海沿いの廃スタジアムの映像が映し出されていた。そこには、すでにあらゆる「澱」が固まり始め、黒い渦を巻いている。
アヤメは、拳の震えを止めることができなかった。
レナが隣で、不安げに自分の衣装の裾を握っている。
助けようとして、裏口から無理やりねじ込んだレナ。
自分を罰することでしか生きられない茉昼。
そして、美しき空虚を纏う星襾と、底知れぬ狙いを秘めたモモ。
管理された狂気が、一気に臨界点へと向かっていく。
シール・ライブ開幕まで、あと12時間。
──もう、このまま行くしかない。
モモの企みに乗ってやるしかないのか。
アヤメは、エナジードリンクの空き缶を床に叩きつけた。その乾いた音が、絶望の序曲のように響いた。




