第11話 アブナイ交渉!? 訓練はつらいよ
白鳥レナが魔法少女となった、その直後のことだった。
シロフのカガヤキにより、彼女たちは本部へとワープし、契約手続きと最低限の事後処理を終えた。その後、本来ならば、新人であるレナも同席するはずの場面で、彼女の姿はなかった。
――「少し休ませてやって。あんな映像を見たショックもあるでしょ」。
アヤメはそう言って、レナを半ば強引に別室待機へと回したのだ。
結果として、その場に残ったのは二人だけだった。
管理局所属・魔法少女統括補助マスコットであるシロフ。
そして、Bランク魔法少女の九条アヤメ。
管理局本部、第七モニタールームにて。
薄暗い室内には、無数の監視画面が並び、その全てが「シール・ライブ」関連の解析データを映し出していた。
「……それで? わざわざレナを隔離して、感情論を聞かせたいわけじゃないだろう、アヤメ」
中央の席で首をかしげながら、シロフが淡々と告げる。
その視線の先に立つアヤメは、珍しくエナジードリンクを手にしていなかった。
「単刀直入に言うよ。レナは、私が預かる」
「ほう?」
「シール・ライブまでの残り時間。訓練、導線、接触相手――全部、私の管理下に置く」
シロフは、ほんの一瞬だけ瞬きをした。
「……それは命令かい? 私に『近づくな』と?」
「提案だよ。あんたにとっても合理的な、ね」
アヤメは一歩、前に出る。
「レナは、精神的に不安定な状態で契約した。親友が『生贄』になってる現場を見せられた直後だ。この状態で表に出せば、判断ミス、過剰行動、指示無視――どれかは必ず起きる」
シロフは羽一つ動かさず、静かに聞いている。
「新人の暴走は、珍しい話じゃないだろう?」
「そう。でも今回は違う」
アヤメは例の映像を指差した。
そこには、血の海で微笑む赤い魔法少女の姿が映っている。
「茉昼は、すでに限界域に入ってる。そこに『不安定な補助役』を近づけて、しかもそれが親友だと知ったら? 現場の制御は一気に崩れるでしょうね」
「……つまり?」
「ライブ本番で事故が起きる。『美談』では誤魔化せない規模になるよ」
――沈黙。
モニターの冷却ファンの音だけが、やけに大きく響いた。
やがて、シロフは小さく笑う。
「なるほど。君は今、『商品管理』の話をしている」
「そういうこと」
「感情ではなく、損失回避……か」
「シール・ライブが失敗した場合の損失は、新人一人分じゃ済まない。あんたもそこは理解してるはずだ。当然、私もタダじゃ済まないし、ライブの成功は約束するよ」
数秒の思考の後、シロフは肩をすくめた。
「……いいだろう」
あっさりと、シロフは頷いた。
「五日間と少し。レナ君は君の管理下だ。ただし――」
その瞳が、冷たく光る。
「失敗した場合、君の『予備枠』とバックドアは、完全に閉じる。二度と裏から触れないと思え」
「……上等」
「それと」
シロフは付け加える。
「君がやろうとしているのは単なる『育成』じゃない。『反乱の準備』だ。自覚はあるかい?」
「もちろん」
アヤメは速やかに背を向けた。
「だから、今だけは勝たせてもらう」
勢いよく扉が閉まる。
シロフは、その背中を楽しげに見送った。
「……面白い。だが一つ、忘れてないかな。君も駒だよ、アヤメ」
彼は小さく翼を揺らした。
そして、数時間後。
管理局の旧型訓練施設にて。
錆びた鉄の匂いが漂う地下広場で、レナは慣れない運動の余波に膝をついていた。アヤメの発する攻撃を、ひたすらに避けて、避けて、避けまくる。それだけだった。
「……はぁ、はぁ……アヤメさん、これ、意味ありますか? 私、早く茉昼のところに……!」
「黙って動きな」
アヤメは冷たく言い放つ。
「魔法少女になっちゃった以上、今のアンタは茉昼にとって毒だ。突っ込んだところで、モモに小馬鹿にされて、茉昼をこき使うための『釣り餌』にされるのがオチだよ」
床に、エナジードリンクの空き缶が転がる。
傍らで、カラスのノワが羽を整えながら、くくっと喉を鳴らした。
「焦るなよお嬢ちゃん。アヤメの指導は、そこらの三流魔法少女が一生かかっても受けられねぇ特別製だぜ」
レナは歯を食いしばり、カガヤキを解放する。
足元に伸びた影が、訓練用アンドロイドの影と重なり、ピタリと縫い止めた。
――影縫い。
ここ数時間の訓練で判明した、レナの能力だ。
数秒間、対象の影をつかみ、動きを完全に封じるだけの力。
「……私の力じゃ、茉昼の傷、一つも代われない……」
震える声。
「茉昼は、あんなにボロボロなのに……」
アヤメは、一瞬だけ目を伏せた。
――気づけなかった。
茉昼が、「自分を罰することでしか生きられない」ところまで追い込まれていたことを。……それを「優しさ」だと誤認していた、自分自身を。
「……というか、新人の魔法少女がシール・ライブに参加できるんですか。あの子の強さなら分かるけど、私なんてまだ……」
「私の権力でねじこむ」
「……えっ?」
「いい、レナ。魔法少女には『鮮度』があるの」
唐突に、アヤメは語り始めた。
「キラメキの最大出力が一番強いのは、十四から十六歳。そこを過ぎれば、管理局は『在庫処分』を始める。私は十六で『ピークアウト』判定された」
「……え……」
「だから、スキャンダルを流されて、負け役を押し付けられた。それで役目終了」
ノワが口を挟もうとする。
「おい、アヤメ、それ以上は――」
アヤメはノワのくちばしを掴み、黙らせた。
「M4の一位から三位は固定席。ここ十年は変わってない。あいつらは『不老』か、もっとエグい処置を受けてる。第4位だけが、数年おきに入れ替えられる『生贄の席』なの」
レナの顔色は徐々に、白く変わっていった。
「シール・ライブのSランク怪人も、自然発生じゃない。あれは、管理局が溜め込んだ『負のキラメキ』……怪人の素を、人工的に処理するイベントなの」
淡い吐き気が込み上げる。
「ヒーローショーでゴミを燃やして、金を稼ぐ。それがこの業界の正体だよ」
アヤメはフードを脱いだ。
「二年前、第4位から引きずり下ろされた『白黒仮面』……それが私、九条アヤメだ。登録名も変わったし、上からはバラすなって言われてるけどね」
辺りに静寂が広がる。それは、茉昼にさえ打ち明けていない過去だった。
アヤメは大きく伸びをしてから、大きく息を吐いた。
そうして、困惑するレナに向かってニカッと笑った。
「はー、すっきりした……そんで、ここからが計画の話。引退したと思われてる元M4なら、システムの裏口が使える。私の予備枠をハッキングして、アンタを補助役にねじ込むから」
アヤメは、レナの肩を掴む。
「アンタの影縫いは、茉昼を直接救えない。でも――星襾の足を引っ張ることはできる」
「……足を?」
「……慣用句ね。今回の任務を、茉昼のせいで失敗しかけたように偽装するの。そうすれば、彼女はもうお払い箱よ。魔法少女になんて縛られずに済む」
アヤメの瞳には、かつてのヒーローの光は宿らなかった。
それはシステムそのものを呪う、復讐者の火であった。
――あくまでシロフとの約束は、シール・ライブの成功だ。
――「茉昼を邪魔しない」だなんて言ってない。
地獄の舞台裏で、もう一つの歯車が、静かに噛み合い始めていた。




