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魔法少女★キャンディレッド  作者: ちりあくた
第2章 モモと破滅のシール・ライブ
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第10話 友のためなら! 決意の誓い

 翌日の夜。

 本部の最下層、通称「澱溜おりだまり」と呼ばれる、高圧キラメキ実験室にて。


 そこには、外界の太陽光も、少女たちの笑い声も届かない。あるのは、肺の奥まで重くなるような、濃縮されたキラメキだけだ。


「……っ、げほっ……あ、あぁ……」


 茉昼は四つん這いになり、胃液を吐き戻した。


 彼女の目の前には、「負のキラメキ」結晶が転がっていた。それは怪人が倒された後の残滓であり、キラメキが経年劣化した代物であり、希望の燃え殻である。触れれば魂を汚すだけのそれは、黒く粘つく泥となって、床にへばりついていた。


 ……キラメキエネルギーの最期は、どれも同じだ。

 出発点が「希望」であろうと、やがては怪人という形になって終わる。


 しかし、茉昼の能力はその結末を拒める。

 廃棄物でしかない負のキラメキを、自身の力に変換できてしまう。


「まだだよ、聖女ちゃん。あと三回は飲み込みなさい」


 モニター越しに、モモの甘ったるい声が響く。彼女はキャンディを噛み砕く音をマイクに拾わせながら、冷酷に続けた。


「シール・ライブで星襾さまが受けるのは、身体的な疲労だけじゃない。『なんであの子だけが綺麗なの?』っていう観客の羨望、ネット上のアンチの呪い……その全部を、君っていうフィルターで濾過しなきゃいけないんだから」


 茉昼は震える手で、二つ目の黒い塊を口に運んだ。

 喉を通る瞬間、脳内に見知らぬ誰かの罵詈雑言が直接流れ込む。


 ――死ね。消えろ。ずるい。汚い。


 何千もの悪意の針が、内側から彼女をメッタ刺しにする。


(あ、が……痛い……心が、壊れる……)


 だがその激痛の只中で、実験室の壁に投影された星襾の戦闘映像が、一際鮮やかに、白く輝いた。茉昼が泥水をすするほど、映像の中の星襾は、より神々しく、より汚れなき存在として強調されていく。


「……あ、は……。綺麗だ……」


 茉昼の瞳から感情が消える。

 代わりに宿ったのは、底知れぬ強迫観念だ。


 もはや彼女にとって、痛みは苦痛ではなかった。

 それは星襾という至高の聖域を、この醜い世界の汚れから守り抜いているという、唯一の「証明」だった。


「いい顔になってきたねぇ」


 モモは暗闇の中で、満足げに目を細めた。

 もはや彼女は、人間を辞めかけていた。ただの部品、最高級の「濾過装置」へと変貌を遂げつつあった。


 その頃、アヤメは管理局の規則を破り、私服姿で中学校の校門前に立っていた。


(モモ……あいつも多分、上層部とは別に、茉昼を何かに使いたがってる。……ったく……こんなの柄じゃないんだけど)


 エナジードリンクを握りつぶし、苛立ちを隠せないまま、彼女は立ち続ける。


 ……やがて、その視線が一人の少女を捉えた。


 茶髪は肩口で無造作に跳ね、結び直した跡が残っている。

 背は低めで、制服のリボンも少し歪んだまま。

 特別目立つわけでも、美少女というわけでもない。

 だが、表情は驚くほど正直で、感情がすぐ顔に出る。


 ――赤木茉昼の、日常側。


「……アンタが、白鳥レナだね」


「えっ……? あ、はい……その、どちら様ですか?」


 不審者を見るようなレナの視線を無視し、アヤメは彼女の腕を掴んで校舎の裏へと引きずり込んだ。


「時間がない。単刀直入に言う。……赤木茉昼は、あと一週間で壊れる」


 アヤメはそう言い切ると、スマホを操作し、一本の映像を再生した。それは、彼女が作戦室の友人に頼み、秘密裏に確保したものであった。


 地下。

 見覚えのない、薄暗い部屋。

 床に四つん這いになった赤いドレスの少女が、黒い泥のようなものを吐き出している。


「……なに、これ……」


 レナは反射的に一歩、後ずさった。

 顔をしかめ、画面から目を逸らす。


「ちょっと……悪趣味すぎません? こんなの、見せられても……」


「目を逸らさないで」


 アヤメの低い声が、逃げ道を塞ぐ。


「これは現実だ」


 映像の中で、少女がふらつきながら顔を上げた。

 仮面はない。

 血と汗で張り付いた前髪の奥から、虚ろな目が覗いている。


「……似てる、けど……」


 レナは必死に言葉を探した。


「似てるだけですよ。赤い衣装の魔法少女なんて、今どき珍しくも……」


 その時だった。


 少女が咳き込み、反射的に、左肩を押さえる。


 ほんの一瞬。

 あまりにも無意識な仕草。


 レナの喉が、ひくりと鳴った。


(……違う)


 胸の奥で、何かが冷たく沈む。


(あの庇い方……)


 思い出してしまう。

 中学一年の春。

 体育の授業で転んで、左肩を強く打った日のことを。

 それ以来、茉昼は驚くと必ず、ああして肩を押さえる癖があった。


「……やだ……」


 声が、震えた。


 映像の中の少女が、誰かの名を呼ぶ。

 音声はノイズに掻き消されていたが、口の動きだけは、はっきりと見えた。


 ――「レナ」。


 彼女の視界が歪んでいく。


「……嘘、でしょ……」


 膝から力が抜け、へたり込む。

 画面の中で、血まみれの赤の魔法少女が、かすかに笑った。


 その笑顔は、昨日まで隣で笑っていた親友のものと、寸分違わなかった。


 呆然としてへたり込む彼女を、アヤメはぐっと支えた。


「魔法少女なんて、ただの生贄なの。茉昼は自分を罰することでしか、生きてる実感を味わえないバカなんだよ。……お願い。アンタだけが、アイツの最後のブレーキなんだ。アイツを説得して、契約を解除させて……」


 アヤメの声は、震えていた。

 だが、レナの反応は、アヤメの予想を遥かに超えていた。


「……痛そうなのに……なんで私に、言ってくれなかったの」


「は?」


「説得って……あんなに、あんなに辛そうにしてるのに、なんで一言も相談してくれなかったの。私のことなんて信じてなかったの……?」


 レナの瞳に、大粒の涙が溜まる。しかし、それは絶望の涙ではなかった。

 親友に置いて行かれた怒りと、自分だけが「安全な側」にいることへの耐え難い拒絶反応。


「私が……やっぱり、私が隣にいなきゃダメなんだ。茉昼を助けに行かなきゃ。そうじゃなきゃ、親友なんて言えない」


「バカなこと言わないで! アンタは茉昼を説き伏せてくれれば……」


 アヤメが叫んだそのとき。

 背後の闇から、パタパタと翼を打つ音が聞こえた。


「――それは、素晴らしい友情だね」


 シロフが、校舎の屋根から舞い降りた。


「シロフ! 何しに……!」


「交渉だよ、アヤメ。君の提案する『契約解除』は、組織の損失が大きすぎる。だが、このレナが『志願』してくれるなら、別の解決策がある」


 シロフはレナの肩に止まり、悪魔の囁きを吐き出した。


「レナ。君が魔法少女になれば、茉昼の負担を分かち合える。……あるいは、君という新しい『避雷針』があれば、茉昼はもっと安全に、長く使える存在になれるだろうね」


「レナ! 言わないで……!!」


 アヤメが詰め寄るが、シロフは平然と続けた。


「さあ、選んで。茉昼を一人で、孤独な血の海の中で壊れさせるか。……それとも、君がその隣で、一緒に血を流してあげるか」


 レナの瞳に、決意という名の狂気が宿る。

 彼女は、耳に付けた「星襾」モデルのイヤリングに触れ、ぐっと眉をしかめた。


「……なるよ。魔法少女に」


 アヤメは、その場に崩れ落ちた。

 一度、魔法少女になると言った者の決意は、容易に曲げられない。

 そのことを彼女はよく知っていた。


 ……救いたかった。茉昼を、この泥沼から引き上げたかった。


 しかし、自分の足掻きこそが、茉昼にとって唯一の「救い」であったはずのレナまでも、この底なしの闇へと引きずり込んでしまった。


「契約成立だ、レナ……いいね、最高の演出だ。シール・ライブにもう一人、愛らしい供物が増えたよ」


 夕闇の中で、シロフの冷たい笑い声が響き渡った。

 一人は至高の光を守るための「濾過装置」として。

 一人はそれを繋ぎ止めるための「人質の部品」として。


 破滅へのシール・ライブまで、あと六日。

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