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09.コニャックは唐突なアプローチに驚愕する。


 どん、と分厚い衝撃と音を立てて、コニャックとジルヴェーユが部屋から飛び立つ。


『馬鹿な!』と、マキアが叫んだのを遠く背中に置いて、凄まじい速度で飛翔した。爆発的と言うべき推進力は、彼が空気の制御だけでもたらすことのできる領域を超えている。出力に慌てたコニャックは燃焼させる空気の供給を断ち、減速させる。


 街外れ、夕焼けの只中で静止して、二人はようやく深く息を吸った。


「いやはや感服だな、君の力には」


 コニャックの腕に抱えられたジルヴェーユはきょとんと目を瞬き、わからなさそうに小首を傾げた。


「私の……ですか?」


「空気の魔法だけでは、あんなふうに炎は出せないさ。君と、君の瞳に眠る劫火の魔神の力が、ようやく噛み合ったんだ」


 彼の流した血を介してその結び付きが成立したことの理屈は、コニャックにも完全には掴めていなかったが。何より重要なのは、彼女が自分の厄介な体質を制御する、その糸口を得たことだ。


 ジルヴェーユは、いかにも実感なさそうに彼女の手を見る。


「炎を操る魔法、ということでしょうか」


「そういうことになる」


「ですがそれなら、さっきお師匠を治せたのは……」


「あれは、言ってしまえば力業だな。膨大な生命力を注いだ上で、焼いて傷を塞いだ」


「私、そんな複雑なことは全然……」


「うむ。だから私が酸素と窒素を操り、止血を補助したのさ。精密な作業は君より、私の魔法向きだ」


 コニャックは、無邪気な気持ちで弟子に笑いかける。


「ジル。私たちの魔法は、相性が良いぞ。なんといっても火と空気は、互いを助け合う友だちなんだから」


「友だち……ですか?」


「そうとも」


 怪訝そうに言葉を繰り返してきたのに、コニャックはしっかりと頷いてやる。満面の笑みを向けた彼の頬に、ジルヴェーユの両手が触れた。


 顔が近寄り、唇が合わさる。


「――⁉」 


 コニャックが驚愕している内に、深い口付けは終わって。


 額をこちらの鼻先まで離したジルヴェーユが、熱のこもった視線で彼を見上げた。


「恋人や伴侶ではなく……ですか?」


 物欲しげにそう言われて、上下左右に目を泳がせてしまうコニャック。


「あっ、と、それは。えー。大変、難しい問題だな」


「難しい、ですか?」


「うむ、難解だ」


「お師匠」


「なな、なんだね?」


「落ちてます」


 あ! とコニャックが驚愕した時には、地面は樹々の背丈差がわかるくらいに近付いている。反射的に空気を制御し、ふよふよとまた宙を浮かんだ。


 事なきを得て締まらなくため息をついたコニャックの腕の中で、ぷっと吹き出すジルヴェーユがいる。それから静かに声を立てて笑った彼女を、コニャックは情けなくも温かい心境で眺めた。


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