04.幼いジルは悲しき切なさを語る。
ジルヴェーユの右眼には、異界の魔神が眠っている。
そのため膨大な力の余波は身体の他の箇所にも顕れていて、髪の毛や血液といった肉体の一部についても魔力を潤沢に備えたものなのだと、少女はコニャックから聞いていた。
中でも、涙は特別だ。眼球と密接な関係を持つその体液は、放置しておくに余りある絶大な力を有する。粒が一つ弾ければ、恐らくは周囲が消し飛ぶ程にだ。
だから一人で泣いたりすることがないようにと、コニャックはジルヴェーユの目に空気の封止を施して、さらには感情を昂らせないよう言い付けた。
――お師匠。
これも、昔の話だ。コニャックの自邸を少し離れた木立のそば、亡くした故郷の方角に立つ墓の前で、幼いジルヴェーユは彼に呼びかけた。
――なんだね?
――私、昔のことを思い出すのをやめようって思うんです。この、お祈りも……。
――……どうして?
――お言い付けを、守れなくなってしまいます。
――……そうか。
――昔のことを思い出すのは懐かしくて、温かいって思います。でもそのあと、胸が苦しくてどうしても、涙が滲みそうになるんです。
――ふむ。
――……。
――では、こうしてみてはどうだろう。
――……?
――ジル、君はこれから毎月一度、私に昔のことを話して聞かせなさい。
――それ、は。……そんなの。
――楽しかったことは、きちんと思い出さくてはだめだ。君のためにも、ご家族やご友人たちのためにもね。もしもそれで悲しくなるのなら、私がそばにいよう。涙が出てしまったなら私がなんとかしよう。君は確かに厄介な体質だが、それで思い出を手放すなんてことがあってはならない。
……命日の祈りの席で交わした、その会話の後。
提案通りに村でのことを話すようになって、けれども今まで、泣いてしまうようなことはない。
話す彼女を見つめる師の顔があまりにも、穏やかできらきらとした笑顔だったから。
だから、思い出でぬくもった気持ちが急に冷めてしまうようなことはなくて。
それらはいつでも熱いスープみたいにじんわりと胸に溶け込み、穏やかなものを腹にもたらした。
師の姿も、そうだ。
それから――ずっと。
ジルヴェーユには、きらきらと光って見えた。




