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最上クラスお嬢様学園のマドンナが私みたいな貧困家庭の娘と真の友情を育めるわけがない、はず、なんだけど?

作者: 儀間朝啓
掲載日:2025/11/25

 不幸ばかりの人生だったけど。

 そんな中、突然降って湧いた幸福だったけど。

 あっという間に、こんな形で終わるだなんて……。


——


 私は、中高一貫私立のお嬢様学校に通っている。そこには高一から編入したのだけど、クラスには仲良しグループが出来上がってるから、これから友達を作るのは難しい。

 入学式が終わって、教室の机でぽつんと座っていたわたし。まるで石ころのように誰からも気にされていない、そう思ってた。


 ところが、

「あら、その書類は控えよ。今から提出するのは、こちら」

新学期だし編入生だしで、大量の書類相手に四苦八苦していたわたしに、隣の席の子が助け舟を出してくれた。

 ものすごく、気品のある声だった。

「分からないことは遠慮なく聞いてくださいね。外部の学校とは違う事ばかりですから、ここは」

「あ、ありがと、う……」


 彼女が明日香ちゃんだった。

 明日香ちゃんは学校一のお嬢様で、勉強も芸術も運動も得意で、クラスはもちろん学内でも人気のお姉さま。わたしとは正反対。

 でも彼女は、クラスの誰とも仲が良いけど、一定の距離を取っている感じがする。私に対しても、ひとりぼっちの転校生が隣の席にいるから、助けてあげようという親切心だと思ってた。

 だから初めて午後までの授業がある日、お昼休みにかけられた言葉には驚きしかなかった。

「わたくしと、一緒にお食事しませんか?」


 学園のマドンナからの直々のお誘いに、私は激しく緊張した。

 自作のお弁当は母子家庭の我が家では質素なものしか入れられず、あまり見せたくはない。でも、彼女には休み時間のたびに多くの女子が群がるので、その中の一人としてモブ的に参加すると思っていたから、何とか誤魔化そうと思ってた。

 ところが昼休みになると、明日香ちゃんは私の手を取って、

「今よ!」

と言って、取り巻きの女子をまいて、中庭の人気のない所へと乗り込んだ。ま、まさか、二人きり? 私の心のあせりは急上昇した。

 理解がついて行かずに呆然としている私を尻目に、明日香ちゃんは突然、芝生に腰掛けた。

 そして、

「ふう、良い子ちゃんごっこも疲れるぜ。あ、ユンも座りな?」


 ……はい?

 私は、彼女の豹変ぶりに、これまで上がりに上がった心拍数が一気にマックスになったような気分だった。

「なんだよ、鳩が豆鉄砲喰らったような顔してさ」

「え、だ、だって、学園の聖女の、あの」

「明日香でいいよ、つか、ここでは丁寧な呼び方禁止。敬語も禁止」


 実は明日香ちゃんは、お嬢様というより、姉御といった感じの子だった。そして、名家の令嬢という生まれも、学園中でもてはやされることも、そして何より、それに相応しい振る舞いを続けることが大嫌いだと、私だけに告白してくれた。

 「アタイに近づいて来る人間は、おしとやかに取り繕った嘘のアタイしか見えてないんだ。嘘の自分にチヤホヤされても嬉しくないし、なかにはウチの家柄や金目当てで親しくなろうという奴もいる。大体、親の差し金だよ。そんな奴らと友達になんか、なれやしねえぜ」

 なるほどね、それなら私は適役かもしれない。母子家庭でギリギリの生活で、運動が苦手なこともあっていじめられて不登校になって、引きこもってるうちにどんどんコミュ障になって。

 高校進学するかどうかも迷ったけど、この名門お嬢様女学園はなかば慈善事業のごとく、私のような進学困難者を推薦入試で学費無料の特待生として受け入れていて、そこを(名ばかりの)担任に勧められた。幸か不幸か、貧乏で引きこもりの私が家でやる暇つぶしといえば勉強くらいしかなかったので、試験に無事合格したのだった。


 それにしても、それだけの理由だろうか? 私は思い切って聞いてみた。

「でも、どうして私は良いんですか……、良いの? 貧乏だったらなおさら、お金目当てで近づきそうなのに」

明日香ちゃんは、突然にやりとして、私に向き直った。初めてみる笑顔。いつもの作り笑顔ではない、むしろ邪悪な感じすらある。そして一言、

「偽善と打算」。


 「どう取り繕ったって、アタイとユンの経済格差ってやつは埋められないからさ。いくら真の友になろうと思ってもどこかでボロは出るんだよ。だったら、最初から可哀想な編入生を助けてあげてます、ってスタンスの方が良くね?」

ニヤニヤ顔と、皮肉ぶった口調。見よう聞きようにようっては、わざと怒らせようとしてるようにも思える。

 でも、私はその手には乗らなかった。

「良い心がけじゃん」

今度は私の顔が邪気を含めたニヤリ顔になっていたと思う。

「正直なのは良いことだよ。そもそも私だって、ずっと友達なんか居なかったんだから、本物も偽物も分かんないし。気づいてるでしょ? 私が受かった推薦入試って、お金だけじゃなくて、他の問題を抱えた困ったちゃんが受かるんだってことくらい」

そう。お金がないだけなら近くの高校には一般入試からの奨学金制度もあるし、公立高校でも良い。

 明日香ちゃんは、私が「問題児」だってことを知っているはずだ。それなのに、私に関わってくれた。

 これまで、私を取り巻く人たちといえば、同級生は私を嫌っていじめるか、見て見ぬふりして距離を取る、大人は哀れみの目でみつつ、腫れ物を触るように接してくるし、助けてもくれない。

 だけど、明日香ちゃんはハッキリと偽善と打算だと言い切った。それがむしろすがすがしかった。だから私は最後にこう言った。

「じゃあ、友達になろうよ。計算ずくで」。


——


 「せっかく友達になったんだから、部活も一緒にしない? 何かやりたい事、あんの?」

「うーん、特に無いけど……」

私たちはすっかり意気投合し、仲良くなった。でも相変わらず取り巻き連中が付いて来て離れないので、いっそ同じ部活に入り、せめて一緒に活動しようという事になった。

 「やりたくない部活なら、いくらでもあるけど……」

スポーツどころか体育の授業もロクにやってないから、運動部はムリ。あと恥ずかしいので人前に出たり人に自分の作品を見せる芸術系の部活も入りたくない。華道とか茶道とかは穏やかで良いけど、人との距離が近いからコミュ力に不安が……。

「ちょっと待った、ユンの消去法で行ったら入るとこ無くならね?」

だって、どこも入りたくないのが本音だもん。

「いいよね、明日香ちゃんはいろんな部から引っ張りだこで」

全知全能、天に百くらいの才能を与えられた少女こと明日香ちゃんは、あらゆる部活からスカウトの手が伸びている。実際彼女が入ったらインハイだったり芸術祭だったりの上位は余裕で狙えるだろうし。

「それが嫌なんだっつの。だからユンと一緒に、目立たない部に入ってまったりやろうと思ってるのに」


 つーか、明日香ちゃんのその望みは叶わないと思う。お嬢様って教養の一環として、部活動で色々なことを身につけて、それを売りに社交界デビューしたり、両家の妻となる準備をしたりするみたいだから、どの部活もけっこう盛んなわけで。

 部活のポスターをずらっと見ても、どの部活も大人数だし、良い実績残してるし、そもそも部費に困らないのがいいよね、だから……、

「あれ?」


——


 「ようこそ探検部へ。いやーしかし、平成令和を通して一番のカリスマを誇ると噂のチミが、まさかうちの部に来るとはねえ」

「いえいえ、わたくしこそ自分で自分が信じられませんわ。まさか先輩が今年も在学してるだなんて、いや、必然かな?」

 部室棟の隅っこにひっそりとたたずむ、探検部の部室。そこには部長にして唯一の部員、信重先輩の姿があった。

 先輩は学園の有名人らしく、明日香ちゃんは言うまでもない学園の超人気者。互いに知り合っているのは、気も合う仲間同士だから。


 探検部は文字通りあちらこちらを探検する部活動なのだが、所詮はお嬢様のお遊びなのでピクニックに毛が生えた程度のものだった。

 ところが、信重先輩の代になって急に過激な探検というか冒険へのトライが始まり(というか信重先輩が全員を巻き込んだ)、結果、恐れをなした新入生たちは部に近寄りもせず、信重先輩の代が三年生になったら自然消滅する予定だった。


 ところが。

 先輩はあまりに探検が好きすぎて、ひとり授業をサボって海へ山へと行ってしまうので出席日数が足りず、留年したのだという。

 でも、そういうところが明日香ちゃんと気が合ったんだと思うし、そのおかげで探検部という、私たちしか入らないようなマイナー部活をたった一人で残してくれた。

 でも流石に、今年こそは勉学に本腰を入れるため部活を引退するという。

「このまま中退になっても良いかなって思ってたけどさ、ちょっと頑張ってみようと思って」

先輩は微笑みながら言った。でもその理由は決して殊勝なものではなく、

「上の大学に進めば、あと八年学生やれるっていうからさ。探検サークルを元同級生が作ってるからそこでまた楽しもうと思うよ」


私たちは入部を決めた。信重先輩は優しくて、私にも明日香ちゃんにも分け隔てなく接してくれた。

 探検と言いつつも、先輩は運動音痴の私に合わせてハイキングのような所からスタートしてくれた。そして無理のない範囲で少しずつ難易度の高いクエストに挑んでいき、それと共に私もだんだん体力が付いてきた。


 夏休みになると、強化合宿と称して海へ山へと泊まりがけで出掛けた。旅費だったり、その他もろもろの経費は信重先輩が投資で儲けて賄ってくれた。他の部活では親がぽんぽん大金を出してくれていたけど、それが出来ない我が家にとってはありがたかった。

 毎日が充実していた。でも私たちはいつのまにか、普通の高校生が立ち向かうにはレベルが高過ぎるゾーンに入り込んでしまっていた。


——


 秋になり、私と明日香ちゃん、二人だけの部活動が始まった。先輩は投資用資産をそっくりそのまま部に譲ってくれたので、引き続き活動費には困らない。

 私たちは精力的に活動を続けた。週末ともなれば朝いちの初電に乗るか、ときには夜行バスを使って、あちらこちらに足跡(そくせき)を残していった。

 二学期は三連休が多いので、遠出も可能だった。今年は残暑が長引いていたので、おのずと標高の高い山を目指して、厳しい探検でも気温だけは快適に保つようにしていた。

 そしてそれは、ようやく長い夏が終わりを告げようとしている、そろそろ紅葉をターゲットにしようかと話し合っていた頃だった。


 信重先輩が悪しき前例を作ったこともあって、探検部の活動は公欠扱いには出来ない。活動は公休日に集めざるを得ないのだが、そうすると探検日和ばかりとは限らない。

 もちろん、少々の雨や風なら平気の平左で予定を決行する図太さを手に入れた私たちだけど、遅れて来た秋雨前線が激しい大雨をもたらす予報を見逃してしまった。楽しみが先行したがための痛恨のミスだった。


 完全防水のレインウェアは濡れから体を守ってはくれるけど、雨脚があまりにも強烈で、フード越しに当たっても痛いくらい。足元は水流がそこかしこに出来て、トレッキングシューズでは間に合わず、アウトドア用のレインブーツ、それもロング丈じゃないと足を水から守れない。

 雨具で完全防備しているのでその意味でなら進むことは出来るが、鉄砲水や沢の増水、土砂崩れなどの危険がある(逆に言えばそんな豪雨でもそれだけなら普通に外を歩けるようになってしまった)。


 ただ幸いにも、避難するに適した洞穴が目に飛びこんできた。明日香ちゃんがルートを見つけ、私はやっとこさ付いていく。ようやく到着した時には、すっかり息が上がっていたけど、明日香ちゃんはケロッとした顔で、

「そこの岩陰、火が使えるか確認して来る。ユンは先に休んでてくれ、遠慮は禁止、今のユンには体力回復が一番の仕事だぞ」

と言って、再び豪雨の中に足を進めた。休めという命令は、私の身体を気遣って? それもあるけど、私がバテたら足手まといになるという気持ちもあるかも。

 勿論、お言葉には甘えさせてもらう。水滴がしたたって小川の如きレインウェアを脱ぐと、中はカラッカラに乾いたジャージ上下。身体の冷えは感じないし、寒くなったらシュラフに潜ってしまえば良いんだし。

 すっかりリラックスしていた私。


 それなのに、その恐怖は突然やってきた。私たちの物音に反応した何者かが、洞穴の奥からやってきて、不気味な咆哮がその中を響き渡る。少しずつ近づいて来た声の主は、突然、私の目の前に姿を現した。


——


 「ク、クマー!」

その洞穴は、熊の住処だった。日本各地の山里どころか市街地にまで野生のクマが出没しているというニュースが日々飛び交っているなか、わざわざ人気のない山奥に分け入れば、彼らと遭遇するのは自然なことでもある。

「あ、明日香ちゃ……」

呼ぼうとしても、声が出ない。思わず出たクマーとの叫び声で声帯が力尽きたかのように、音声は吐息にしかならない。

 私とクマとの距離は一メートルも無いだろう。ただただ私を睨みつけているその顔は、童話に出て来たくまさんとはかけ離れた、鬼のような形相。

 逃げなきゃ。でも動けない。全身がガタガタ震えて、力が全く入らない。


 ダメだ。もう、助からない。

 クマは片手を振り下ろした一撃で人間の顔をえぐり取る怪力だとか、ネットで読んだ。もしやられたら命に別状が有ろうが無かろうが関係ない、だってここは秘境のなかの秘境、病院に搬送どころか救援が来る前に出血多量で死んでしまう。

 目の前のクマは殺気をみなぎらせている。次の瞬間に私の首がかっさらわれてもおかしくない。

 どうしよう、私、死んじゃう。怖い、怖いよぉ……。


 女の子座りしている太腿が急に、じわり、じわりと暖かくなった。その源は自分のお尻のあたりで、じわじわとそれは広がってゆく。

 私は恐怖のあまり、「着たまま出てしまった」のだ。生暖かい液体が私の下半身を濡らしてゆく。高校生にもなって幼子のようなことをしちゃったことへの羞恥心と、目の前に迫った死の恐怖とがないまぜになる中、せっかくレインウェアが守ってくれた私のジャージパンツは容赦なく濡れていった。

 もう、終わりだ。私、こんな身体で遺体となって発見されるんだ。さよなら、お母さん、さよなら、私の唯一の友達、明日香ちゃん。偽善と打算でなった友達だけど、嬉しかったよ。でもこんな無惨な死に方する私なんか、無理に友達と思わなくても良いからね……。


——


 「シュッ!」

何もかもあきらめて目をつぶって、猛獣の一撃による激痛と大出血に恐れおののいていた私の前を、鋭い音が通過した。

 そして、

「私の親友に手ェ出すな、このケダモノ!」

聞き慣れた声。そこに追い討ちをかけるように、次々と何かが私とクマとの間を横切る寸前でとどまって行くのを感じた。

「明日香ちゃん!」

頭の処理が追いつく前に、声が出ていた。


 目を開くと、クマの姿は格子戸の向こうにいるかのようにシルエットと化し、野生動物ならではの雄叫びも負け犬の遠吠えのようですらある。

 そして目線を洞穴の入り口に移すと、どんなに困難な道程でも難なくこなしたはずの明日香ちゃんが息を切らし、手には今なおリリースしようとするかのように見える、大きな枝。

 私がクマに襲われそうになったと気づいた明日香ちゃんはすぐさま洞穴に戻り、焚き木のつもりで雨の当たりにくいところで集めた木の枝を絶妙なコントロールで私とクマとの間に投げ込んだのだった。

 まして明日香ちゃんは、古今東西の淑女が身につけておくべき護身術を会得している。例えばそれはなぎなたで、過去の強風などで溜まっていた大きな枝などを、刀や槍を振り下ろす要領で洞穴の中にある土だまりに突き立て、即席のバリケードを作ったのだった。

 とは言え相手はクマなのだから、それが持つのは時間の問題。明日香ちゃんは私の元に飛ぶように移動して来ると、私の身体を荷物ごと抱き抱え、洞穴の外へと飛び出した。

 私が居たところには、大きな黄色い地図が出来ていたけど、そのことに明日香ちゃんは触れなかった。


 命拾い、した。

 私は明日香ちゃんに再びレインウェアを着せられ、雨粒は容赦なく叩きつけるけれど土砂崩れなどの心配がなく、クマも襲って来るにはその雨脚と、雨で倒された木の枝が邪魔する安全な場所に連れていかれた。そこで私たちはひとつのシュラフに潜り込み、防寒用のアルミシートに二人でくるまり、したたかに叩きつける大雨を感じつつも体温は保てる状態を確保して夜を明かすことに決めた。


 ありがとう、って言わなきゃ。命を救ってくれたんだから。気恥ずかしいなんて言ってらんないし、礼は要らねえなんて口癖のある明日香ちゃんだけど、言わなきゃ。

「あ、あの」

「ありがと」


 え?


 「そ、それ、私のセリフなんだけど」

「いいじゃん、言いたいから言っただけ」

私は気づいている。明日香ちゃんは意外と照れ屋で、自分の本当の気持ちを表に出すのが苦手だし、恥ずかしがるってことを。

 だったら、私はこう返す。

「嬉しかったんだ? 天下のウルトラお嬢様が、いま世間をお騒がせのクマさんからの人命救助。売名大成功! ってことで」

偽善と打算の友情だもん。どうせ、そういう魂胆なんでしょ? ってね。


 わ、わ、わわっ!

 な、何なのいきなり。さっきのクマさんより強力なんじゃないの、っていうか、いきなりハグとか、どうしたの!?

「良かった、生きてて!」

私を強く抱きしめる明日香ちゃんの、キラキラした両目から大粒の涙がボロボロ流れ落ちた。

「ユンちゃんがいなくなったら、あたしだって生きていけないもん! 良かった、良かったよおお、う、う、うえええ〜」

 とうとう嗚咽を響かせ始めた明日香ちゃん。一瞬面 食らったけど、急にこれまでをはるかに凌ぐ愛おしい感情が芽生えた。まるで血を分けた肉親か、前世からの運命で結ばれた同士か、というくらいの気持ちで、彼女を受け止めねばと思った。

「明日香ちゃん、泣かないで。私、明日香ちゃんに救われてばっかだよ。明日香ちゃんは私の親友。偽善とか打算とか、ウソついちゃダメ。私もあなたも、お互い真のお友達、ぜったい、そう!」

 歯の浮くようなセリフが、ひとりでに口から出て来た。

「ば、ばかあ! 泣かせるな! もう、ユンのばかあ!」

明日香ちゃんの泣きっぷりはますますひどくなった。私はそんな、弱みを見せる明日香ちゃんがますます愛おしくなり、強く、強く抱きしめた。


——


 そんなことがどれだけ続いただろうか。泣き疲れ涙も枯れた明日香ちゃんはぐったりして、おねむな感じで私にもたれかかりながら、少しばかり舌ったらずに話す。

「このまま、朝までいようね。明るくなってから動こうね」

すでにあたりは真っ暗。人工の光のない真の闇。

 雨の最盛期は過ぎたようだが、それでも線状降水帯がまだ残っているのか、コンスタントにかなりの雨量があり、それが防寒シートのミノムシと化した私たちに降り注ぐ。

 でもこうやって、二人で身体を寄せ合っていれば寒くない。レインウェアのおかげで、冷たい雨に濡れることもない。

 なんか不思議な感覚。雨粒の感触は全身に感じてるのに、身体はびしょびしょでも何でもないなんて……。


 あ。

 私、ジャージのズボンは濡れてるんだった。さっき、出ちゃったから。

「ねえ、明日香ちゃん」

「なあに?」

「私が、その、漏らしちゃったこと、誰にも言っちゃイヤだかんね?」


 「言わないよ」

明日香ちゃん、即答。

 本当に? と私が聞き返す間もなく、明日香ちゃんは説得力溢れる理由を答えた。

「だって、アタイだって、ここでするしかないじゃない?」

 大雨の中、アルミの防寒シートにくるまってるから、暖かさをキープ出来ている、私たちは。だからこの姿勢を崩すわけにはいかない。

 「それにさ、一歩でも動いたら谷底に真っ逆さまだよ?」

どうして雨による災害も、クマの襲撃も心配ないかといえば、ここが谷川の上部、断崖絶壁の上にかろうじて出来上がった踊り場のような平らな岩の上だから。少なくとも夜明けと雨の収まりを待ってからでなければ脱出ルートに挑めない。

 したがって、したくなっても、ここでしてしまわなければならない。


——


 そして。

「あったかい……」

「うん、ほっかほか……」

二人一体でお饅頭のようにシートにくるまった私たちは、それぞれの身体から出るあったかなお水で互いを暖めながら、有情を深めていった。

 けれど。

「なに気持ち良くなってんだよ、お漏らし野郎、キモっ」

「お前もな」

およそお嬢様には不釣り合いな会話が、まだまだ大きな雨音と、静かに伝わる暖かな水の感触とともに、しばし続くのだった。

 


 






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