番外編~勘違い
番外編、蛇のお話です。
彼が何故ああなってしまったのか。
私は昔からとても偏屈な人間だった。
師にはよく「お前には愛想がたりない」と嘆かれていたし、数少ない友人の一人でもある兄弟子に「お前もっと人生楽しめよ。こう何か魔法以外に入れこむようなもんとかないわけ?」と問われれば「ない」と即答していたものだ。
魔法以外に興味がなく、他人と接触することに何の意義も見出せなかった私はただただ毎日を魔法のために過ごしていた。
学び、使い、更にそのより深くを探求する-・・ソレだけが私の全てであり生活である。
それ以外に私の心を動かすものなど何があったのだというのだろうか。
魔法の探求に勤しみ、気づけば師や兄弟子と同じ魔法使いの中でも最高の栄誉であり地位でもある"魔術師"の称号を得ていた。周囲からは賞賛の声ややっかみが聞こえもしたがそれすら私にとってはどうでもいいことでしかない。
それから数年、師から王城魔術師筆頭"蛇"の号を受け継いだ時も周囲と私の反応には大きな温度差があった。
"蛇"は私にとって魔法の研究を更にしやすい環境にしてくれただけのモノでしかない-・・しかしそう思っていた矢先、師は私にこう"予言"した。
「お前はこれから先、そう遠くない未来にお前の"生きがい"に出会うよ」
おかしなものだ、師だって知らないはずがないだろう私にとっての魔法はすでに見つけてしまっているではないか。
-・・だが先見の力に優れている師の言葉の重みは弟子である私が充分に承知している。
では私が出会うであろう"生きがい"とは?
その予言を胸に秘め、更に数年。
私はついに出会ってしまった。
城付きの"蛇"となった私は生来の性格も相成ってますます篭もりきりの生活を送っていた。
与えられた研究塔でもくもくと日々を探求のために過ごす-・・人付き合いも必要最低限で済ましている
私の塔を訪れるものは極端に少ない。
だがその日、塔を訪れたのは珍しい人間たちだった。
現王の数多いる側室の一人から使わされたという側室付きの侍女たちは慌てたように塔を訪れ半ば引きずるように私を塔から連れ出したのだ。
有無を言わせず連れ出されたのだから私の気分は最悪だ-・・しかし渋って途中帰ろうとすれば彼女たちは泣きじゃくる始末。・・・面倒くさくなった私は諦めにも似た境地でおとなしく連れて行かれることにした。
せめても、と嗚咽の中説明を求めればどうにも呼び出した側室が無事出産を終えたものの
(元々そんなに体は丈夫じゃなかったようだ)体力を使い果たしてしまったのか危篤の状態に陥っているらしい。
朦朧とする意識の中で、最後にせめて無事生まれた我が子に祝福(魔術師によって赤子にかけられる一種の厄除け)を授けられるところがみたいと願った、とのことだ。
ならば魔術師の中でももっとも力のあるものを-・・と主の最後の願いを存分に叶えようとした彼女たちが目に付けたのがこの私。
部屋に通されれば、仄かに漂う血の匂いが鼻をついた。
その奥、広めの寝台の上には(元気な頃にはさぞ"美しい"部類に入っていただろう)頬のこけた蒼白な女が一人とそれ囲む悲嘆にくれる数名の侍女や医師たちが目に入る。
そのすぐそばに置かれた小さな揺り篭。
周囲に促され横に立ち中を覗き込めば真新しい産着にくるまれた小さな体-・・そして"赤"
生まれて間もないというのに美しく輝く白い肌、桃色の頬と小さな唇、更にその中でも一際映えるその色彩、わずかにだが頭皮に生えた鮮やかな"赤"色。
「蛇殿」
自分を呼ぶ声に我に返り-・・自分はその鮮烈な"赤"に見惚れていたのだ、と気づかされた。
今まで"美しい"と感じたことはある。魔法の術式やその形成されていく形、色合い-・・しかし魔法が絡まない中でここまで"美しい"と思ったことはない。
初めての感覚に戸惑いを隠せない私はソレを誤魔化すようにその小さな額に指を置いた。
「そなたに祝福を」
指を通して"祝福"という名の魔法が赤子に流れ込んでいく。
「その身は美しく、その心は清らかに、健やかな命を」
最後にその額に口付けを落とす。これで祝福は成された。
背後であぁ-・・と小さな悲鳴が上がる。ついで側室の名を呼ぶ声と嗚咽、急にあたりが騒がしくなった。
(・・・祝福を授けたばかりだというのに)
その時ガラにもなく目の前の赤子が不憫だと思った。
そして同時に先ほどからどうにも調子がおかしいそんな自分の様子に戸惑い、さっさと塔に帰ってしまおうと屈めていた身を起こそうとしたー・・が、それはあえなく失敗に終わった。
垂れた私の白髪をしっかり握って離さない小さな手、そしてすぐ目の目には閉じられていたはずの二つのルビーの眼がこちらを見ていた。
「-・・っ!?」
体に雷が落ちた-・・とでも表現すればいいのだろうか、とにもかくにもその時私が受けた衝撃というのはそれほどのものだったということを理解してもらいたい。
急に心拍があがり、身の内に宿るほのかに熱を帯びたむず痒いような不思議な感覚を覚えた-・・今までにない体の不調に一体どう対処すればいいのかさっぱりわからない。
それ以上動くことも出来ずに・・・いや違う、動きたくなどなかった。ただそのままその眼に捕らわれていたかった、もっとその眼を見続けていたかった。
本当にいったいどうしてしまったのだろうか、私は?
「あー・・」
赤子の手が漸く髪から離れ、その小さな両手がこちらに伸ばされた。
「・・・・・・」
そのまま身を引いてその場から立ち去ってしまえば私の人生は何も変わらなかったかもしれない。
・・・しかし私は出会ってしまった。
小さなその手を片手で握りもう片方の腕でその身を抱き上げる。
その体はいとも簡単に壊れてしまいそうなぐらい小さくて華奢だ、だが抱いた腕に伝わる暖かな熱はその小さな命の輝きを主張していた。
「あー・・!」
腕の中の彼女が笑う。
・・・あぁわかった、この"気持ち"が一体何なのか。
「姫、私が」
そういえば昔、兄弟子に借りた書物の中にこの"気持ち"と似たようなことが書いてあったのを思い出した。そうこれは-・・
「私が貴女の"母"になってみせましょう」
母性だ。
*
庭園に足を踏み入れれば茂みの向こうからこちらに駆けてくる小さな人影が視界に入る。
「へびー!!」
勢いよく私の足元に飛びついてきたその体をそのまま抱き上げれば彼女は嬉しそうにきゃっきゃっと笑った。
「へびー!たかぁーぃ」
「はぁい、私の可愛いロザリアご機嫌いかがぁ?」
「うるわしくってよー」
まだ舌ったらずさが残る3歳児をあやすその光景は微笑ましく-・・は残念ながら見えなかった。
原色カラーまぶしいオカマと麗しい幼女の図なんて傍から見れば怪しいことこの上ない。
だが周囲の誰もそれに突っ込めないのは見た目も中身も半端ない魔術師の実力を恐れてのことか、はたまたその幼女が異様にその魔術師になついているせいか・・・あるいは両方かもしれない。
「へびだーいすき」
「私も大好きよ~」
偏屈な性格の一人の魔術師がとてつもない勘違いの上に弱冠道を誤ってしまってから5年。
彼がその間違いと本当のその"気持ち"に気づくまでには、更にあと5年ほど時間を要するのであった。
まぁこういうわけですねw
母性っておまwってなるけどまぁ気にしない。
偏屈というよりはド天然の要素も入っているのかもしれません。
ちなみに"お母さん"発言をしたときたまたまその声を聞いてしまった侍女や医者たちはドン引きしたそうです。